ゾンバルトにおけるベンチャー企業 ~ついでに言うと日本人の百姓エートス

100年前の本を調べていて面白いことがたくさん分かった。前回の本コラムで、マックス・ウェーバーがプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(エートス)をプロテスタンティズムの倫理に求めるのはおかしいと書いたが、100年前にウェーバーの友人のヴェルナー・ゾンバルトがやはり同じように感じていたようである(彼もまたベルリン大の教授であった)。

ゾンバルトは忘れ去られた学者である。20世紀初頭までベルリンに在住し第二次世界大戦中に没している。彼の著作はちょうどウェーバーと同じ時代、100年前の本である。
ゾンバルトはウェーバーが解き明かせなかった資本主義の精神をユダヤ人に見出し、また恋愛と贅沢(要するに間接的にはおねえちゃん)に見出したのである。

そのゾンバルトの1927年出版「ユダヤ人と経済生活」という本の中に世界システム論を主張した、イマニュエル・ウォーラーステインの主張するヨーロッパのヘゲモニー国家の変遷が17世紀のオランダからではなく15,16世紀のスペインやポルトガルから始まって(当時スペインの植民地でプロテスタントだった)オランダに移り、その後19世紀イギリスに移り、それから20世紀にアメリカに移った過程を今は再現不能な豊富な文献と共に説明している。ただゾンバルトは1941年に亡くなったため、また、「ユダヤ人と経済生活」の著が1927年の出版であったせいもあって、世界恐慌、第二次世界大戦、ベトナム戦争やソビエト連邦および共産党中国を知らない。それでも十分に歴史を予見する記述をしていると言える(ちなみに、17世紀オランダがヘゲモニー国家になった背景に、16世紀にスペイン、ポルトガルを支えたユダヤ人が宗教によって追放された背景がある)。

著書の中でゾンバルトは、タルムードに代表されるようなユダヤ教の経済的思想的な特性も述べているが、彼らの成功した資本主義の方法が今日のベンチャー企業の成長の条件を説明しているようで面白い。

ゾンバルトは競争に打ち勝つ企業を作り上げる特別な能力を2つに分析した。(大本はファウストの引用ですが)その2つの要件とは、企業家と商人である。

ここでいう企業家とは、1つの課題を遂行し、その充足のために己の命を捧げる人物である。また、その人間には発明家と発見者と征服者(ありとあらゆる障害を除去する決意と力)で、かつ組織者であると説明している。

また、商人とは、有利な仕事をしようとする人物である。彼のすべての観念の世界、感覚の世界は貨幣価値のある状態と行動の意味に左右され、従って、彼は常にすべての現象を金に換算する(ここで商人と呼んでいるのは、特定の職業についている人ではなく、資本主義経済の過程の中でこれと決まった機能を果たしている人で、商人とは職業的に物品の販売を行っている者、一般に「商売人」と考えられている者ではない)。

また、ゾンバルトは著書の中でこうも語っている。「資本主義経済の過程においては企業家が定数を、商人が変数を作り出す」

この企業家と商人の組み合わせは重要であると筆者も常々考えていて、筆者の解釈では「企業家とは0から1を作る人(無から有を創造する人)、商人はその1を100にする人(または10を1,000にする人)」であると考えている。

井深大が企業家であるとすれば盛田昭夫が商人で、本田宗一郎が企業家であるとすれば藤沢武夫が商人であるような関係である。

ベンチャー企業はこのパターンを有したときだけ飛躍的な発展を遂げるのである。

商人は学校で訓練した秀才でもできるが、企業家は天才でないとできない。人間的には明確な相違があるが、これを特に日本人は認めない。日本は天才を否定する社会である。努力した秀才が100年かかってもできないことを天才は一瞬で実現(発明)してみせる。0から1を生み出すということはそういうことである。0×10=0だし、0×100も0なのだ。ついでに言うと、0×10,000,000,000,000,000=0なのである。秀才の努力は何のイノベーションも起こしえないのである。そのことを日本人はまったく認めようとしない。それは農耕民族の人生を否定することになるからである。


~昔々、田吾作Aと田吾作Bがいましたとさ。田吾作AとBは村一番の働き者でしたとさ。Aは朝5:00から夜遅くまで休みなしで一年中働きましたとさ。あるときBが収穫を10倍にする品種改良に成功してBの収穫は10倍になったとさ。Aは自分よりも働いてないBに嫉妬して憎んだとさ。そして事あるごとにBをいじめてついには村から追いだしたとさ。めでたし、めでたし、日本のエリート~


さて、15,16世紀のスペイン、ポルトガルの大航海時代、17世紀オランダ、19世紀イギリス、20世紀アメリカ。これらのヘゲモニー国家を支えたのはすべてユダヤの資本であり、ユダヤ人の能力であった。砂糖、アヘン、紅茶、ダイヤ、金、石油、等々、時代時代を牽引する物資を独占的に扱ったのもユダヤ人である。近代資本主義のエートスと資本はユダヤ人からでていたのである。

これを欧米人は長い間、ダブルスタンダードの歴史観を駆使して無視していたのである。ないことにしていたのである。マルクスも唯物史観を駆使してなかったことのような説明をしていた。

いま筆者の手元には、ドル紙幣と日本紙幣がある。日本紙幣には日本銀行券と書いてある。日本政府が日本の保証で発行したということである。
ところがドル紙幣には、「FEDERAL RESERVE NOTE」と書かれていて、一般的には連邦準備券と訳されているが、これはFRBからの一種の借用書である。そしてそのFRBは10人の株主からなる私企業であって米国政府とは何の関係もない。ヒラリー氏がFBIのメールで落選したと言われているが、その国務長官時代のメールには一体何が書いてあって何が問題となったのか?なぜ米国の発達したマスコミが今回はあんなに無力(ウソだらけ)だったのか?ISを立ち上げた資金やアルカイダを立ち上げた資金は一体どこから来たか?

実はすべての答えの源流はすべて同じところにあるのである。ISなき今、次のヘゲモニー国家を作るしかけは何か?金融でとてつもない大恐慌が再び起きるのか?すべてはここから50年の間に決まるであろう。