【第179回】今そこにある危機 –Industrie4.0の裏側

テレビ、造船、液晶、半導体、パソコン、携帯電話、家電、高速鉄道など、これらの製品は長い時間と歴史をかけて先進工業国が牽引してきたハイテク産業であるが、現在ではどのようになっているだろうか?
新興国が仕掛けてきた圧倒的なコストダウンに負け、先進工業国の製造からは撤退を余儀なくされている分野である。
MRPシステム(見込大量生産)で作れる製品は新興国に早晩キャッチアップされ、1/10や1/100の価格競争に巻き込まれて敗れる運命にある。

かつて日本もそうであったように、繊維産業のような軽工業から出発した新興国はどんどん大量生産品目のハードルを上げてゆき(最近はインターネットの普及で知的財産権や知的所有権がいとも簡単にハッキングされてしまうので先進工業国が長年努力してきた成果はワンクリックで盗まれてしまう)、今時点で新興国が作れない大量生産の製品は自動車だけになってしまった。その状況はドイツも同じである。
そのドイツが国をあげて Industrie4.0 を提唱し始めている。

現在ドイツで提唱されている Industrie4.0 も新興国にキャッチアップされて製造業が衰退する先進工業国の未来へのシナリオとなっているのである。
ドイツで「マス・プロダクション(見込大量生産)から、マス・カスタマイゼーションへ」と叫んでいるのも、今そこにある危機があるからである。
同じ設備、同じ機械を使って新興国に作れない製品はない。先進工業国がこれから向かうべき方向は、マス・カスタマイゼーションによる高付加価値化や「GLOSCAM」に代表されるようなグローバルな最適主義の実現が必要なのである。

日本は2000年問題に端を発したERPの普及をそろそろ終える。
ERPの生産管理の本質はMRPシステムなのである。MRPシステムは見込大量生産を支える生産管理システムであって、見込大量生産で作ることができる品目はそろそろ新興国がしかけてくる安売り競争に敗れて先進工業国が消え去る(撤退する?)運命にある。
あれだけ機密を堅牢に守って作ったシャープの工場も、テリー・ゴー(ホンハイCEO)に売り飛ばされてしまうことを亀山や堺に工場を作った時に誰が想像したであろうか?
今こそ先進工業国はMRPシステムを捨てて、見込大量生産からマス・カスタマイゼーションやフル・カスタマイゼーションの世界へ生産管理システムの舵を切らなくてはならないのではないだろうか。
今こそ変革のときなのである。

今、新興国で作れない見込大量生産の代表的製品が自動車である。
自動車は中心にエンジンがあり、その動力を全輪に伝えるためのすべてのしくみ(これをパワートレインという)でできている。これがあと数年で革命的に変化する。それは電気自動車の時代になるからである。電気自動車になるとタイヤに直接モーターを取り付けてそのユニットを4つアセンブリするだけで自動車が完成してしまうことになる。すべての制御はソフトウェアである。電池もテスラのように小形のリチウム電池を何百個もつなげて電子制御すればよい。ついでに自動運転機能付きである。ソフトウェアはインターネットからハックすればすぐに最新をキャッチアップできる。今やスティルス戦闘機さえパクられる時代でインターネットに知的財産権も所有権もない。完全なる無法地帯である。我々はソフトウェアのようなものはコピーされることを前提として考えなくてはならない。
こうした自動車が現在の1/100の価格で量産されるようになったら、それこそ先進工業国の見込大量生産は崩壊である。パソコンや携帯電話と同じ運命を辿ることになるであろう。
その予見される新興国の追い上げに対して今こそ我々はMRPを捨てて日本型の「Manufacturing4.0」「GLOSCAM」を実現しなければならないのである。
このまま放置していたらすべての工業は我々の社会からなくなってしまい、英国や米国のような運命をたどることになるであろう。製造業が国から消えて金融業で暮らすことになるであろう。
歴史を振り返ると、先進工業国は必ず新興国にキャッチアップされてものづくりをやめてしまう運命にあった。我々が今まで歩いてきた道である。
幸い、筆者の生きた時代は日本が敗戦から立ち上がって欧米をキャッチアップする時代で、工業国になる流れの中にいた。

この予言が数年で実現しないことを筆者は祈るのみである。
もし車が1台1万円になって新興国から発売されてしまったら、どんなに品質に問題があっても売れると思うのである。壊れたら捨ててしまえばいいからである。その世界はもうすぐそこまで迫っているのである。

先進工業国最後の砦は何か?それはドイツも日本も自動車である。
まだ新興国が自動車を造ることはできていない。そして、自動車産業は国の裾野を支えるくらいの膨大な部品メーカーを従えている。あらゆる工業製品の頂点にある。
トヨタがハイブリッドをだしたことは正解であった。もし水素自動車または燃料電池車が1万円の電気自動車より早く普及していれば先進工業国の地位はまだ当分の間安泰かもしれない。トヨタはハイブリッドと水素自動車によって新興国には決してキャッチアップされない戦略を打ち出した。あとはどちらの王手が早いか、早く普及するかに勝負の明暗がかかっている。
パワートレインを残し、新興国のキャッチアップを防がなくてはならない。
そうでない自動車メーカーは部品表(製品)と顧客を連結させて新興国のキャッチアップを防ぐしかない。
この予言をもっと分かりやすく言うと、電気自動車に走らざるを得ないメーカーは10~20年後には自動車を造っていない可能性があるということだ。現時点(2016年3月)で日本のメーカーは携帯電話・スマートフォン事業から撤退・縮小しているが、10年前に誰がこの現状を予測しただろうか?新興国にキャッチアップされれば必然的に価格競争に巻き込まれて撤退する運命なのだ。

今こそ顧客と製品を直結させ、顧客のフル・オプションのオーダーを工場と直結させ、そのオーダーを2週間で納車することを世界中で実現すべきではないだろうか?
歴史を覆す、あるいは筆者が生きている間だけでも日本が先進工業国として繁栄を続けるためには、今ここにある危機を乗り越えなければならないのである。
日本とドイツが先進工業国から転落するとは、かのアルビン・トフラーも予言していない。

上記の内容は本年6月にダイヤモンド社から上梓予定の拙著「最適生産とは何か?」に詳述されているので、興味のある方はそちらを参照いただければ幸いである。