【第126回】論語と算盤 -今こそ問われる日本のエートス その1

筆者は何年も前からこのメルマガを通じて、小泉竹中改革が日本に持ち込んだグローバリズムを批判してきたが、その竹中改革によって失ったものは本質的には企業の良心であり、社会と企業の信頼関係であったように思う。これで日本の資本主義は根本から崩れていったのである。コンプライアンスとJ-SOXで日本中の大企業に性悪説が染み付いた今、再び日本の資本主義を考えてみたいと思ったのである。竹中改革は金融庁発足と金融マニュアルによって銀行から良心を奪い、大店法を改正して流通から良心を奪い、雇用法を改悪して製造業から良心を奪い、地方や医療を改革して福祉政策から良心を奪い、日本を本当に暗い社会に変えてしまった。彼の改革は人々が不幸に向かう改革であった。

ここで本来どうであったかを渋沢栄一とマックス・ヴェーバーの視点を通じて考察してみたい。
マックス・ヴェーバーは、西洋で17~18世紀に資本主義が発達したのはプロテスタンティズムによる厳格な倫理観が西洋社会に勤勉と信頼と資本の蓄積を生み出したと論陣を張った学者である。
実は日本の社会も渋沢栄一によって正しい商道徳により資本主義を生み出した。その原点に立ち返って歴史を考察してみようと思う(というわけでこれから話は長くなります。悪しからず)。

筆者は学生時代から論語を愛読していた。別に漢文が好きだったわけでもなく、貝塚茂樹博士(湯川秀樹のお兄さん)の訳で普通の思想書として読んでいた。論語にのめり込んだキッカケは、中島敦の著作「弟子」である。直情径行で義に厚い熱血漢子路を主人公にした短編であった。
論語の面白さは、その弟子達の個性によるところが大きい。高弟の順から言えば、孔子一番の高弟である「顔回」、頭脳明晰な「子貢」、忠孝の士「曾子」、熱血漢「子路」、過ぎたるは及ばざるが如しと評価された才英の「子張」、孔門十哲で政事に優れた「冉有(ぜんゆう)」、秀才の「子夏」や徳行の「閔子騫」等々、面白い弟子たちがたくさん登場する。
論語をどのように見るかという問題はとても重要なことである。論語は孔子の言行録であり、キリスト教で言うならば、福音書に相当する伝記でもある。仏教で言うならば、さしずめ法句経(ダンマパダ)ということにもなるであろうか?
論語は、学而、為政、八佾、里仁、公冶、雍也、述而、泰伯、子罕、郷党、先進、顔淵、子路、憲問、衛霊公、季氏、陽貨、微子、子張、件堯曰の二十編から成り立ち、最初の学而辺りでは、“子曰く”の言行録に近い記述であるが、後の方の李氏辺りになると、“孔子曰く”となり、その記述もスローガンのように編集されていて孔子の言行録というよりは、後代に孔子だったらこんなことをきっと言ったに違いない、というような記述になっている(筆者の言語感覚では、“子曰く”は直接その言動を聞いた人間が記述した生のインタビューであるのに対し、“孔子曰く”は、直接聞いた立場ではなく、仄聞したというような立位置ではないかと考えている)。
書いてある内容を比率で表現するのは適切ではないが、論語の内容を俯瞰すると、80%が政治の話で20%が倫理道徳の話ではないかと考えられる。つまり、論語は素直に読むと朱子学の立場にはならず、陽明学の立場になるのである。20%の要素を敷衍して100%の思想に転化するのはいかがなものかと昔から考えていた。

このコラムの主題は実はかなり学問的である(自分で言うのも何ですが)。と言うのは、19世紀の大天才にして社会学の祖である、マックス・ヴェーバーの理論を完全に継承して進化させるものだからである(本当かね)。
マックス・ヴェーバーは資本主義が西洋(プロテスタント社会)で発達し、東洋では発達しなかった要因を比較してカルバンから出発したプロテスタンティズムの精神を内面的倫理のエートスと定義し(参考書:「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」)、儒教による精神を外面的倫理のエートスとして説明し、孔子の思想である儒教からは資本主義は生まれなかったと結論づけたのである(参考書:「儒教と道教」)。
ところが、西洋に遅れること僅か40、50年で文明開化、殖産興業、富国強兵を成し遂げた日本は、どのようなエートスをもってして資本主義を開花させたのか?文明開化のエートスとは何か?このことは今日の社会学でも殆ど研究されていない。

日本の資本主義を先導した先駆者は渋沢栄一である(今日の産業のほとんどすべてを彼が立ち上げました)。渋沢栄一は日本の近代産業の父ともいうべき存在で、城山三郎の著作「勇気堂々」などにその痛快な生涯が紹介されているが、幕臣として徳川慶喜に仕え、大政奉還後は大隈重信に説得され大蔵省に入省したが、明治6年(1873年)に井上馨と共に退官したのちに、第一国立銀行(現:みずほ銀行)の頭取に就任し、以後は実業界に身を置いて日本の産業の勃興を担った人物である。第一国立銀行のほか、七十七国立銀行など多くの地方銀行設立を指導し、東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビールなど、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上とされている。
その彼は「論語と算盤」というエートスを持って日本の資本主義を開花させた。これが実に面白い。
中国で資本主義を開花させなかった論語のエートスが日本では殖産興業のエートスとなって社会や企業の信頼感や倫理観を支えながら健全な資本主義の開花を導いたのである。
マックス・ヴェーバーが論語(儒教)からは資本主義の精神は生まれないと喝破したが、渋沢栄一はその論語(儒教)から資本主義を開花させたのである。中国において開花し得なかった論語(儒教)のエートスが日本においては逆に働いたのである。これは偶然ではない。日本は論語によって資本主義を開花させたのである。実はそこにこそ、日本人と中国人の違いがあるのである。同じ書物から全く異なる歴史的結果を引き出したのである。それこそが典型的な和魂洋才なのである(正確に言うと、華魂和才ですかね)。

本コラムでは、“プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神”のむこうを張って、“論語と算盤の倫理と日本型資本主義の精神”という新学説(?)を紹介したい(前置きが長くてすいません)。

論語には筆者が昔読んでいてどうしても理解できない点が3つあった(読み方によってはもっとあるかもしれませんが)。
1つ目は、なぜ孔子のように考えをしっかり持っている人物が、祝事や弔事の作法や順序や冠婚葬祭等々の形式にこれ程こだわったのか?実に論語は形式的な作法についてとても重要視していて、生涯を放浪の旅をした集団にはそぐわない形式論がとても多いのである。
実はこの疑問に答えたのは、前述のドイツの碩学で社会学の祖である、マックス・ヴェーバーであった。このことが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」と、「儒教と道教」を結ぶ重要な点と線になるのである。これは本メルマガの論旨なので、あとで詳細に解説したい。

2つ目は、なぜ孔子は顔回だけを仁の人と言い、特別扱いして高弟として遇したのか?
論語を読む限り、孔子はただひたすら顔回を賞賛していて、弟子の中で唯一“仁者”であるとさえ言っている。他の弟子と顔回は雲泥の差として表現されているが、筆者にとっては顔回がなぜ優れているかさっぱり不明だったのである。論語の中では、顔回が登場する章が17編ある。今回はそのすべてを読み返して見たのだが、やはりなぜ顔回が仁なのか今ひとつ合点がいかないのである。顔回が特別優れていると思われる言動記述が乏しいのである。筆者は素朴素直に「何で顔回はスゴイの??」と不思議に思ったのである。
この疑問に答えたのはこれまた意外で、日本では税金の専門家でコメディアンで政治家である野末陳平である。彼は著作「論語&老子入門」の中で孔子と顔回が同性愛ではなかっただろうかという仮説を述べている。この手の話は歴史上どこにでも登場する話であるが、筆者はマルクスとエンゲルスが同性愛ではなかったかという仮説くらい、この孔子と顔回の関係にある必然性を感じるのである。
以下の「論語」の章を読んでいただきたい(ちなみにマルクスとエンゲルスが同性愛であるとすれば彼らが宗教を否定した背景が明らかであると考えられます。つまりアンチ・カトリックですな。歴史の悲劇は案外こんなたわいのないものから発生するのかもしれません。このことは今日のチベットの仏教迫害まで通じています)。
(以下引用)


巻第一 為政第二 九編より
先生がいわれた、「回はわたしと一日じゅう話をしても、全く従順で(異説も反対もなく)まるで愚かのようだ。だが引きさがってからそのくつろいださまを観ると、やはり[わたしの道を]発揮するのに十分だ。回は愚かでない。」

巻第三 公治長第五 九編より
先生が子貢に向かっていわれた、「お前と回とは、どちらがすぐれているか。」お答えして、「賜(このわたくし)などは、どうして回を望めましょう。回は一を聞いてそれで十をさとりますが、賜などは一を聞いて二がわかるだけです。」先生はいわれた、「及ばないね、わたしもお前といっしょで及ばないよ。」

巻第六 先進第十一 四編より
先生がいわれた、「回はわたくしを[啓発して]助けてくれる人ではない。わたしのいうことならどんなことでも嬉しいのだ。」

巻第六 先進第十一 九編より
顔淵が死んだ。先生はいわれた、「ああ、天はわしをほろぼした。天はわしをほろぼした。」

(以上、「論語」金谷治 訳注/岩波書店 2008年 より引用)


野末陳平説が正しいかどうかは後世の研究に委ねられるのであるが、少なくともこの説を江戸時代に言ったならば打ち首は間違いなしであるし、明治・大正でも非国民間違いなしである。非常に危険な説であるが、昨今ではこの程度ではテロに逢ったり逮捕されることはない。実にこの2500年以上もの長い間、誰も言っていなかった説であることは確かである。

3つ目の疑問はズバリ、“仁”とは何か?“中庸”とは何か?である。
滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」ではないが、孔子の思想は、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」のような徳に対するプライオリティ付けがあって、その徳のリストの中の最強のカードが“仁”なのであるが、その“仁”という概念がいかがなものであるか、これまた“のようなもの”という感じのヘタクソなSEのドキュメントみたいに曖昧模糊としているのである。

論語の中では仁に関する記述がやはり17編出てくる。今回筆者はそれをすべて読み返してみたのだが、比喩的にあるいは象徴的に語っているのみで、核心を突いた表現はついぞ登場しなかった。これは禅の世界で、禅匠が修行中の雲水を唱導するときに馬鹿の一つ覚えのように使っている“悟り”を開くというのと同じ万能語なのである。


次回に続く