【第95回】M&A(前編)

M&Aという言葉をご存知だろうか?
これはチョコレートの名前ではない(m&mですな)。ある経済行為の名称である。
日本でも近年この動きが活発化しており、年間1,000社近くがM&Aを行っている。
最近では全国の市町村も合併を繰り返している(平成11年に3,232あった市町村が平成18年には1,820に減っています)。

M&Aとは以下のような経済行為である(以下引用)。


■M&A(Merger and Acquisition)

企業合併[きぎょうがっぺい]、企業買収[きぎょうばいしゅう]
企業の合併・買収のこと。
世界的にみるとM&Aは低迷しているが、野村證券金融経済研究所の調べによると、2004年上期の日本企業に関連するM&Aの状況は、総件数は959件で前年同期比5.4%の減少となったが、依然として水準は高い。
既存事業の強化、日本企業による海外企業へのM&A(IN-OUT)を中心に大型案件が多く、金額は大幅に増加した。形態別では、株式交換を中心とする株式買収が268件(前年同期比10.3%増)で過去最高の水準となった。
日本企業がかかわる例をみるとM&Aの目的と形態は、次のようになる。

・M&Aを行う目的
 【新規分野へ進出】
  買収をした企業が新しくその分野に進出した場合
 【強化】
  買収企業による既存分野及び関連事業の強化
 【グループ再編】
  関係会社同士、および、親会社と関係会社との合併・買収など
 【関連会社等持株比率の引き上げ】
  出資比率50%以下から50%超への引き上げ

・M&Aの形態
 【合併】
   吸収合併、新設合併

 【株式買収(50%超の株式取得)】
   株式取得(現金による株式取得)、
   株式交換(株式交換方式による買収)、
   株式移転(株式移転方式による持株会社の設立)

 【資産買収(事業や固定資産の取得)】
   営業譲渡(営業権や事業部門の取得)、
   会社分割(会社分割制度を用いた事業譲渡)、
   資産譲渡(固定資産の取得)

 【資本参加】
   50%以下の株式取得

(以上、野村證券ホームページ「証券用語解説集」より引用)


銀行も90年代初めの都銀13行の時代からメガバンク3行の時代に大きく合従連衡を繰り返してきたが、うまくいったという例はあまり聞かない。企業が合併すると、その規模の最大化とマーケットへの遡及力の最大化をもたらすと理論的には考えられるが、現実的にはそうなっていない。1+1=2にはならず、 1+1=1か、或いは1+1=0.8になってしまうケースもある。
売上100億のA社と売上200億のB社がM&Aすれば、A+B=150とか、A+B=100になってしまうことが多い。
これはなぜだろうか?

日本でM&Aで成功している会社、相乗効果をあげている会社は京セラグループと日本電産グループしかないとも言われている。後はほとんど相乗効果をあげられず、失敗に終っていると言っていいかもしれない。

筆者もかつてM&Aを体験したことがある。
その時は、米国の本社同士の合併に伴う日本の子会社同士の合併であった。
インターネットのあるサイトに、「あったら愉快、こんな合併」というホームページがある。

 間組+関西ペイント = 間カンペイ
 カワイ+ソニー    = かわいそにー
 ポッカ+コカコーラ  = ポカコーラ

このような架空の企業合併を行って、面白い新社名を発表していたが、現実の合併はそんなに楽しいものではない。
先ほどの引用で、M&Aのパターンは合併(対等合併、吸収合併、新設合併)や、買収や、資本参加、等々あるが、従業員の立場からは合併が一番生活に影響する形式であろうと思う。

■ケース1 対等合併
対等合併は多くの場合うまくいかない。
対等合併は文字通り対等なので、全ての役職は対等にマッピングされ、そのままマージされる。
即ち、課長は課長、部長は部長、常務は常務という具合にである。これを実際に行うと、実は組織は劣化する。例えば、A社はB社よりも営業力が強いが、A社はB社よりも技術力は弱いとすると、下記のようになる。

 A+B = min(A+B) = min(営業力+技術力) = 1.0

即ち、片方の弱い方の実力が合併後の力として残ってしまい、結果的に強みを残すことはないということを言っている。

なぜこういうことになるのであろうか?

例えば、ここにA社出身の課長が5人、B社出身の課長が10人いたとする。これを対等合併させると、下の連中はどう思うかといえば、一番仕事のできる課長 のことはさておいて、仕事のできない一番ダメダメの課長を見て、「こんなものでも課長が務まるんだから、俺なんか楽勝だ。会社のレベルが下がって出世しや すくなったな。次回の評価が楽しみだ」となる。
これが、一番ダメ課長を降格する仕組みがあればまだいいのだが、対等合併の世界ではそのオペレーションは難しい。まして、一番ダメ課長がB社出身だとすれば、上司もB社出身の部長なので降格させることはない。
これで組織は劣化し、弱くなってゆくのである。対等合併から10年、筆者はその劣化の過程をつぶさに見てきたので、長い間に1+1=2どころか、1+1=0.8 になる推移を見てきたのである。対等合併は即刻、制度悪平等の人事を生み、悪平等の下の方から腐ってゆくのである。その結果、2つの会社の 一番低いレベルが最終的にその会社の実力として残るのである。
このことにより、1+1=3とはならず、1+1=1や、1+1=0.5になってしまうのである。
当然、会社の業績も100億+300億=100億という具合に落ちてしまうことになる。
これがトップの人事をたすきがけして進めると、何十年経っても両社は交わらず、結局は大きな派閥が2つ出現しただけにとどまって、合併した効果はいつまでもでないのである。
設備中心の会社なら規模の追求でこれでもいいのかもしれないが、技術中心の会社だとそもそも合併した意味がなくなってしまう。

■ケース2 吸収合併の場合
銀行などの合併に多いパターンである。この場合、吸収された側の社員は何らかの圧力を受けてその多くが会社を去ってしまうようである。
ある銀行が救済で合併した地銀を吸収合併した例があったが、その地銀の行員は1年後ほぼ全員が会社を去ることになってしまったのである。
こうなると、合併の目的は商圏にだけあって、人材には興味がないか、リストラしたかったとしか思えない結果となった。
これが製造業やソフトウェアの企業の場合、人材の流出=価値の低下になるので非常に重大なマイナスを生むことになる。

最近いろいろな業種業態で再編が進んでいるが、対等合併や吸収合併も食品、半導体、鉄鋼、銀行、流通、といろいろな業界ですすんでいるようである。
その影の仕掛け人は銀行(特に集中化されて同業種の顧客を重複して持つようになったメガバンク)であるが、表の仕掛人はいわずと知れた投資ファンドであ る。ハゲタカもハゲタカでないのも含めていろいろな顧客から“お金”という委任状をもらって、それをもとに“物言う株主”として株を買い占めるあの投資 ファンドである。

彼らの基本テーゼは“企業は株主のものだ”という米国から発信された論理である。この論理がいま日本の企業を脅かしている。
それに対し、ベストセラー「国家の品格」の著者である藤原正彦教授はその「国家の品格」の中で、 “企業は株主のものであるまえに従業員のものである”と喝破しておられる。
企業がもし株主のものなら、3月31日の午前零時付近で1時間だけ株を売買したデイトレーダーが(実際の株取引は3時迄ですが)364日分全く関係ないのに株主総会で発言権を得て代表質問をするかもしれないのである。
こうなると、その会社に大学を卒業した時から何十年も勤めた古参の社員よりも、パソコンでリターンキーを押して1時間だけ株を所有したデイトレーダーが重要であるということになる。
これは明らかに資本の暴力、金の力をかさに着た暴力行為であると筆者は思う。

次回に続く