【第92回】日本酒談義

筆者はもともと大酒飲みの飲んだくれなので、酒と名前のついたものなら何でもござれなのであるが、例の焼酎ブームの時に焼酎を一切飲まなくなってしまった。
森伊蔵や魔王や伊佐美や佐藤から始まった芋焼酎ブームの真っ只中にあって、あるとき、いつものように“ヘルシー”だと思っていた焼酎を口にしたところ、 “あれっ?”と思ったのだ。何が“あれっ?”なのかというと、どうして自分はわざわざお金を出してこんなまずい酒を飲んでいるのだろうと感じたのである。
それ以来、焼酎をウィスキーやワインや日本酒のように純粋な嗜好品として賞味するようになったのである。
その結果、サワー類はともかく、焼酎などというのは味のないマズイ飲み物であるとの結論に至ったのであった。皆さんの好物でもあると思うのでこの意見には 異論反論が山ほど出ると推察されるが、“焼酎”は大して美味しい酒ではなく、料理と一緒に賞味するような代物ではないというのが筆者の結論であった。それからは一切焼酎を飲まなくなった。
そうなると、ビールも嗜まない筆者としては、食事の時に合わせる酒がワインとシャンペンしかなくなってしまうのであった。
これが昭和40年~50年代のように巷にあふれている酒がビールとウィスキーばかりの時代であったならば、飲める酒が全くないので今のようにアルコールを嗜んでいなかったかもしれない。
実は、昔のおじさんは水割りを片手にご飯を食べていたのである。
今から考えると、とても珍妙な食文化であったと思う。これはどんな料理にもマッチせず、唯一相性がいいのが、開高健の発見である、“ほや”のみである。彼はウイスキーの水割りとほやの組み合わせを発見したはじめての日本人であったのだ。
ちなみに、ウィスキー全般ではないが、生牡蠣にアイラモルトのボウモアを垂らすととても美味である。ボウモアは生牡蠣を美味にするために醸造されたウイスキーであると勘違いしてしまうくらいよく合う。これは皆さんぜひ試してください。こういう話がトピックスになる程、ウィスキーは料理に合わせるのが難し い。
同じ理由で、ブランデーも最近では食後酒としても飲まれなくなったと思う。とにかく、飯がまずくなる酒なのである(当たり前か?)。

そうなると、再びなくなった選択肢を呼び戻すために日本酒が登場することになったのである。日本酒は二日酔いするので普通の日は飲まないという人が多い。それは当たっている。原因は強烈な防腐剤である。
筆者も二日酔いするので日本酒を避けていたのだが、ある時、新潟に行ったときに、ひやおろしの生詰の酒を数本買って飲んだくれたところ、相当量飲んだにもかかわらず全然頭が痛くならないことを発見したのであった。
日本酒の防腐剤は常温で保存するために必須であるが、防腐剤を入れていない要冷蔵(要冷蔵でも生ではないのがあるので流通ルートをチェックしないといけません)生詰の日本酒は酔い口がさわやかなのでたくさん飲んでも大丈夫である。
しかも、ワインのように高くないので(四合で1,200円~1,800円)リーズナブルといえる。旨いのは圧倒的に日本酒である。食事にもよく合う。
という訳で、今回は日本酒に関するウンチクを語ってみようと思う。

日本酒の醸造の歴史は不真面目の歴史である。皆さんは“三倍増醸”という言葉をご存知であろうか?
戦後30年間、全国の日本酒はこの製法で作り続けてきた。その結果、日本人は日本酒を飲まなくなってしまったのである(以下、引用)。

 


■三倍増醸清酒(さんばいぞうじょうせいしゅ)(通称三増酒)とは、第二次世界大戦中に米不足の中開発された清酒の一種。

・製造手法
本来の清酒の原材料である白米・米麹で作ったもろみを清酒と同濃度に水で希釈した醸造アルコールで3倍に希釈し、これに水飴等の糖類と、グルタミン酸やコ ハク酸などの調味料を添加して味を調えて醸造する。つまり、本来の米だけから作る清酒を合成清酒で3倍に水増しした清酒である。

・普及の背景
戦後、米不足が解消した後もメーカーの利益率が高かったこと、安価な清酒を大量生産でき、清酒の消費拡大ができたこと、消費者が三倍増醸清酒の味になじん でしまい、米の味が濃厚な本来の清酒の味をしつこいと感じる者も増えたことなどによって、戦後の清酒の主流であり続けた。1980年代半ばから次第に本来 の清酒への回帰志向の消費者が増え始めたために、希釈率の低い本醸造酒や、本来の日本酒である純米酒の生産が増え始めた。

・特徴
酒質は全体に甘ったるく、悪酔い(二日酔い)を引き起こしやすい。

(以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)



昔(20~30年前)の日本酒はこの製法によって大量の水飴が使用されていたので、手にべたべたくっつき、全般的に甘口であった。今では考えられないこと だが、旧東北人の筆者は最近まで秋田地方の日本酒を全て極甘であるという印象を持っていたくらいである(最近はかなり改善されていることを知りました)。
最近はどのメーカーも品質改善が進んで、本醸造とか、純米だとか吟醸だとかを出すようになったが、防腐剤は相変らずきつく二日酔いをなくすところまではいたっていないようである。
一時期、今から30年程前、剣菱が大流行したことがあった。これは“辛口”という称号のもとに大ヒットした銘柄であった。それくらい日本酒はベタ甘の代物 ばかりだったのである。その剣菱も日本中で爆発的にヒットしたものだから、製品の供給が間に合わず、樽買いと称するOEMに切り替えたために品質が守れず にいつのまにか飲んべえの噂にのぼらなくなってしまったようである。
越××梅も伝説の杜氏の引退とマスプロ化によって同じ命運を辿りつつあることは筆者は大変残念に思っている。
日本酒の味を判定することを利き酒という(以下、引用)。

 


■利き酒(ききざけ、きき酒とも)は、酒の品質を評価すること。本来は酒蔵において酒質が出荷できる品質を満たしているかをチェックするための官能検査で あるが、居酒屋や酒販店が「利き酒会」と称して単に酒の味見をすることにも使われ、またその能力を競う競技会も開かれるようになった。
フードビジネスの世界ではワインにおけるソムリエのように、客の好みに合せたアドバイスを行い、食べ物との相性を知る為にも必要な技術である。ワインテイスティングや焼酎についても利き酒と呼ばれることがあるが、本項では日本酒の利き酒について述べる。

・手順
利き猪口、通称「蛇の目」と呼ばれる、白地で底面に二重の紺色の同心円が描かれた陶製の容器を用いる。プロは正二合 (360ml) 入る大振りのものを使用する。
チェックポイントは色・香り・味の三点。
猪口に酒を八分目程注ぎ、外観を見る。白地の部分で色を見、藍色と白地の境目で透明度(テリ)を見る。新しいものは青みがかり、古いものは黄色みがかる。赤いものは鉄分を含んでいるので良くない。透明度が高いものは炭素による濾過率が高いため、風味も淡い場合が多い。
次に鼻をゆっくり近づけていき、香りを利く(上立香)。吟醸香、果物香のような良いものと、袋香(絞った袋の匂い)、フーゼル油臭、老ね香(時間が経って 劣化したもの)、生老ね香(火入れ前の段階で既に劣化したもの)、付け香(ヤコマン、発酵時の果実香を集めて後から添加したもの)、木香(きが、樽の匂 い)などマイナスポイントをチェックする。
少量(4ml程度)を口に入れ、舌の上で転がして味を見る。口先から空気を吸い込み、鼻に抜いて香り(含み香)も見る。その後吐き出し、後味(さばけ)を見る。のど越しを見る場合は飲み込むこともあるが、大量に利くことは出来ない。

・競技
複数の日本酒を用意し、一方に(1)、(2)、(3)…という風に並べ、もう一方に同じ酒をA、B、C…と順番を変えて並べる。まず片方の列を全て利き、次にもう一方の列も利いて一致するものを当てる。
たいていは5種類程度だが、全国きき酒選手権では11種類もの銘柄が並べられ、全て一致する確率は数学的には四千万分の一以下となる。

・資格認定
民間団体である日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会が、「きき酒師」及び「酒匠」(さかじょう)の資格認定を行っている。きき酒師は20歳以上であれば誰でも受けられ、同会の主催する講習会を受講した後、筆記・実技の試験に合格すれば認定を受けられる。
酒匠はより上位の資格で、きき酒師や焼酎アドバイザーといった資格を既に保有していることが受験資格となる。内容的にはテイスティング能力がより重視され、「日本酒の伝道者」たることが求められる。

(以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)



日本酒の利き酒はワインよりもずっと難しい。なぜなら、同じ酒蔵で作り方によって全く味が変わるからだ。それ程変化に富んでいるし、使う材料もワインのテ ロワールのような厳密な概念がないし、何よりも近代グラインド技術の発達によって、江戸時代にはなかった吟醸酒を作る精米技術(米を磨く技術)によって自由に味と香りをコントロールできるので非常に判定が難しい。
しかも作り手(杜氏)の設計思想が非常に強く味に反映されるため、酒蔵を実際に見学して吟味しないと本当のところが判らない。

人形町に、きく家という、高級和食屋(料亭?)がある。そこの名物女将は自ら全国の蔵を訪問して自分の舌と鼻で名酒を手に入れて料理に合わせてふるまってくれる。日本酒通にはたまらない店である。
いつも仕事で使うときには、料理も酒もそっちのけであまり味わう余裕がなかったが、ある時、カウンター(普段は個室ですが)に座る機会があって、女将さん に「どういう基準でお酒を選ぶんですか?」と聞いてみたところ、3つの重要なポイントをクリアした酒蔵からしか仕入れないという答えが返ってきた。
その条件とは以下のようなものである。

1.付け香をしていないこと
2.炭を使いすぎていないこと
3.自然な発酵時間を守ること

1.の“付け香をしない”という意味は、日本酒の発酵中に出る香りを集めて冷蔵した捕香液をできあがった日本酒に添加して立ち香を変えることを付け香とい う。実は利き酒の重要なポイントは、この立ち香と酒を口に含んで鼻から出した香り(これを“含み香”という)の差分をチェックすることも重要なのである。

2.の“炭を使いすぎない”という意味は、日本酒(特に新潟の酒に多い)を淡麗な味に仕上げるために活性炭を使って炭素ろ過を行うことを指す。ちょうど ウォッカの製法とよく似ている。これをやり過ぎると、冷やで飲むと飲み口がスッキリしているが、燗にすると炭のエグミが出てとても飲めた代物ではない。上 ××水などは炭の使いすぎの代表的な銘柄で、とても燗酒にはできない代物である。きく家の女将はこの観点から新潟の酒をあまり評価していないようである (筆者は新潟の生詰原酒は好きですが)。

3.の“発酵を自然に任せる”というのは、日本酒はしばしば発売日のようなものが決まっていたりすると、発酵が十分でなくても出荷してしまうケースが多い のである。要するに、商業的でなく、いい酒にこだわる蔵元かどうかということを判定する基準である。発酵の時間が中途半端であると、りんごやバナナの香の ようなエステル酸(要するに発酵が完全に終わっていないがために残る香)が残っていたりするからである。

以上の3つの基準をクリアした蔵元からしか仕入れないというポリシーなのである。
女将の話を総合すると日本酒の味と風味は以下のような公式になるらしい。

日本酒=Σ((酒米×精米度×酵母)×杜氏設計思想×蔵元ポリシー)

皆さんもいい日本酒を手に入れたかったら、直接蔵元を訪ねて見学してください。予約していなくても見せてもらえます。
東京近辺だと、青梅線・沢井駅にある、澤乃井がいいと思います。

ちなみに月桂冠のホームページに吟醸酒と吟醸酒の歴史があったので下記に引用します。

 


■吟醸酒
純米酒または本醸造酒の中で、精米歩合60%以下(精白度40%以上)という高度に精白した米を使い、低温でゆっくり発酵させるなど、特別に吟味して醸造した酒を「吟醸酒」と呼んでいます。
吟醸造り専用の優良酵母や、原料米の処理、発酵の管理からびん詰・出荷に至るまでの高度な吟醸造り技術が開発され、それが普及することによって商品化が可能となったものです。
この醸造方法では、高度精白米によって酵母に対する栄養分をわざと不足させ、また低温で発酵させるなど、酵母にとってきびしい条件とし、発酵途中で数多く の高級アルコールを生成させ、それらが酸と結合して数多くのデリシャスリンゴやバナナのようなくだものを思わせる独特の芳香をもったエステルを造らせま す。
このフルーティーで華やかな香り(吟醸香)、淡麗ですっきりした上品な味、のどごしのなめらかさなどが吟醸酒の特徴です。
吟醸酒は、フルーティーな芳香と微妙な風味が生命ですから、「冷や」または「ぬる燗(かん)」にて賞味する酒です。

■「吟醸」のあゆみ
「吟醸」とは吟味して醸造した酒という意味合いで明治時代中頃から使われはじめた言葉です。
元醸造試験所長の秋山裕一氏らが「吟醸」の初見を調査されています。
江戸時代末期の酒樽の図や焼印雛型に「吟造」の文字が記されている。
明治27年(1894年)、新潟県の酒造家、岸五郎氏が著した『酒造のともしび』に「吟醸」の文字が見られる。
明治39年(1906年)発行の『醸造協会誌』(第1巻、第8号)に「吟醸酒」の文字が見られる。
明治42年(1909年)発行の『醸造試験所報告』(26、27巻)に掲載された、大蔵省の技官・鹿又親(かのまた・ちかし)氏の調査記録に「吟醸物」の記述が見られる。
「吟醸」の言葉は、明治時代、各地の酒造家が清酒品評会への入賞を目指して、精米・浸漬など原料処理、水質に合った仕込み、発酵管理など酒造りの技を高めていく過程で普及していったと考えられています。品評会は明治20年代に各地で相次いで始まりました。京都では明治22年(1889年)、伏見の酒造家が 品評会を開き、35社が出品したとの記録があります。明治40年(1907年)、日本醸造協会の主催で始まった「全国清酒品評会」(第二次世界大戦後は1952年から日本酒造組合中央会の主催で隔年開催、1960年終了)や、国の醸造試験所主催で明治44年(1911年)始まった「全国新酒鑑評会」 (2006年現在、独立行政法人 酒類総合研究所が主催)など、全国規模のコンテストも行われるようになりました。
昭和5~6年(1930~1931年)頃には竪型精米機(たてがたせいまいき)が登場、玄米を外側から40%~50%削り取る高度な精米(精米歩合 60%~50%)が可能となりました。これにより玄米の表面に含まれる脂肪やタンパク質が取り除かれ、でんぷん質を中心にした白米で酒を造ることができま す。その後の研究で、米の脂肪が分解してできる不飽和脂肪酸が、吟醸香の一つ、酢酸イソアミルの生成を妨げることが確かめられています。米粒の表層部分に 多い脂肪を精米により取り除くことで不飽和脂肪酸を少なくして、香りの高い酒を造ることができるのです。
昭和28年頃、吟醸酒造りに適した酵母として、リンゴやバナナ様の香りをバランスよく作り、発酵力にすぐれた協会9号酵母が見出されました。昭和40年代になると、吟醸造りの研究や技術開発に取り組むメーカーも除々に増え、吟醸酒の品質も向上していきました。協会9号酵母が全国の酒蔵で使われるようになっ たのは昭和43年からです。低温で長期間かけてじっくり発酵させることによって、華やかな吟醸香を持つ日本酒が誕生していきました。しかし、できた酒はもっぱら品評会用にごく少量造られたもので、市販はされませんでした。
昭和50年(1975年)、日本酒造組合中央会の「清酒の表示に関する基準」で製造方法による表示区分が実施され、市場にも吟醸酒が現われ始めました。平成2年(1990年)には「清酒の製法品質表示基準」によって、「吟醸酒」と表示できる条件が「精米歩合60%以下(玄米を外側から40%以上削る)の白米を使い、吟醸造りをし、吟醸酒固有の香味、色沢が良好なもの」と定められました。
現在では「吟醸酒」の言葉も定着し、その数量は市場で年々増えています。吟醸酒に関する研究開発の進展、吟醸造りの技術の洗練は、その他の酒造りにも影響し、酒質をよくするもとになっています。

(参考文献)
・秋山裕一『日本酒』岩波新書、1994年
・秋山裕一「吟醸造りと品評会の歴史から(その1)」『日本醸造協会誌』第94巻、第7号、1999年
・秋山裕一「吟醸造りと品評会の歴史から(その2)」『日本醸造協会誌』第94巻、第8号、1999年
・池田明子『吟醸酒を創った男―「百試千改」の記録』時事通信社、2001年
・大内弘造『なるほど!吟醸酒づくり―杜氏さんと話す』技報堂出版、2000年
・篠田次郎『日本の酒づくり―吟醸古酒の登場』中公新書、1981年
・篠田次郎『吟醸酒への招待―百年に一つの酒質を求めて』中公新書、1997年
・篠田次郎『吟醸酒誕生―頂点に挑んだ男たち』中公文庫、1998年
・伏見酒造組合『伏見酒造組合一二五年史』2001年

(以上、月桂冠株式会社ホームページ「お酒の博物誌・お酒の辞典」より引用)