【第91回】日本の現場力の危機(後編)

■ケース3 コンサルタントの言いなりにコストダウンして情報システム投資を減らし続けて弱体化した IS部門(EDP部門、情シス部門)の危機

皆さんは意外に思うかもしれないが、今から20数年前の日本の会社(特に製造業)は自分達のシステムを自分達で設計して、どんなに難しい仕様でも自由自在に作れた。それゆえ、下請けのプログラマは必要とされたが、システム企画や要件定義は全てユーザーのEDP部門が自らの手でこなしたのである。よって、パッケージ等は買う必要がなかった。自分達で作った方が安くていいシステムができたからである。またそれは、会社の“強み”を補強するもので、“差別化”とい う会社の競争力の源泉を維持するためには必要欠くべからざる投資だったのである。

1970年~80年代において、Japan as No.1 であった頃、情報システムはまさにその企業の武器として活躍していたと言えるだろう。日本の経営者はその後に、無能な外資系コンサルタントの言いなりになって、以下のような論理式で必要な投資まで削減してしまい、挙句の果てにはEDP部門要員を子会社に転籍させて、その会社を別の会社に売却するというパ ターンまで出現したのである。

 間接費=悪
 間接費を削減=善
 情報システム投資=間接費
 情報システム投資を削減=最善

情報システム要員は一朝一夕には養成できない。その会社に何十年もいて、いろいろなプロジェクトを経験し、現場の人間と話し合い、長い経験と時間をかけて養成される。これはまさに現場力そのものなのである。
日本の会社は必要な間接費か不要な間接費かをよく吟味せずにコンサルタントの言いなりになって、ただやみくもに間接費にメスを入れ続けたようだ。その結 果、現状のレガシーシステムをやっと運用するだけの人材しか残っていない情シスは、システムを刷新することも、新しいビジネスモデルに対して新システムを 企画することもできなくなってしまった。そこで、システム構築の素人である経営企画あたりが乗り出して外注のベンダーに丸投げするケースが目立ってきた。
その結果、未曾有の大赤字プロジェクトが頻発するようになったというのが現在の日本の姿である。
このままで行くと、情シス不在の企業は自社に合わないパッケージを我慢しながら使い続けるということになるであろう。
これは情報システムの必要性を全く理解してこなかったツケでもある。
“動いて当たり前”の世界はもはや既にない。


■ケース4 能力成果主義で荒廃したF社とS社 -何故そこまで米国流を墨守する必要があったのか?

日本の現場力を衰退させた元凶は実に明快である。米国流経営の盲滅法の導入である。背景にあるのは外資系コンサルタントや米国崇拝主義の玉子(王子“おーじ”ではない。中身が黄色人種なのに外側が白色人種である竹中さんみたいな人々ですな)
MBAの存在である。その代表例が“能力成果主義”である。
実は、文藝春秋2007年1月号へ、S社元常務で、ペット型ロボットの生みの親である、土井利忠氏が天外伺朗というペンネームで、「成果主義がS社を破壊した」という寄稿を寄せている(以下引用)。

 


S社ショックの二年ほど前から社内の雰囲気が非常に悪くなっており、心身に変調をきたす社員が激増していた。
S社が輝いていた時代と現在との違いを考えたとき、まず言えるのは『燃える集団(注:燃えるエンジニア)』がなくなってしまったということだ。
今のS社の社員は、大切な内発的動機を失ってしまったように見える。それはなぜなのか。私は成果主義が導入されたからだと思っている。
成果主義が導入されるにつれ、社員は次第にやる気を失っていった。これでは『燃える集団』など生まれるはずもない。
そもそも成果主義とは人間のパフォーマンスを数値化して、客観的で公正な評価をくだそうというものだ。しかし『客観的で公正』な評価など可能だろうか。私は無理だと思う。
成果主義の最たるものは、社内の雰囲気が悪化することである。
管理が強化されて、一見、合理的な査定が導入されると、そうした非合理的な行動(注:部下の成長を考えた温情や信頼感)をとる人間はいなくなる。自分が損をするだけだから、みんな責任逃れに終始する。これではチームワークなど望むべくもない。
『人のやらないことをやる』と独自技術を追い求める姿勢は、いまの収益一辺倒の MBA的な視点からすると失格だろう」
「いまやS社が『マネした電器』になってしまった」
「いま日本中の企業でうつ病などメンタルの問題を抱えた社員が増えている。それはダメ上司の導入した無責任な合理主義経営が、社員を痛めつけているからだ」
(以上、引用)



また、前述のF社の告発本にはこう記されている(以下引用)。

 


“「成果主義」は、当時としては、日本企業がしなければならない「大改革」のための最初の選択肢だったのだ。しかし、シリコンバレーのシステムは、アメリ カ企業を代表するシステムではなく、シリコンバレーという先端産業集積地の特殊なシステムに過ぎなかった。その証拠に、英語には「成果主義」を端的に表す 言葉がない。が、業績悪化に悩む経営陣は、これをアメリカ型システムそのものと誤解し、日本型システムからアメリカ型システムに転換すれば、すべてがうま くいくと思い込んだのである。
だから、「成果主義」を日本流に簡単に言うと、これまでの「長く勤めれば勤めるほど偉い」という発想から、「個人の成果を重視しよう」という発想への転換となるだろう。”

“さらに皮肉なことを言えば、最初にF社に「成果主義」を紹介した某外資系コンサルティング会社は、最近ではあちこちでチームワークを重視した人事制度を 薦め始めた。「これからは、個人の成果だけを評価するのではなく、チームとしての成果を測る仕組みが必要です」などと言い出している。
これは、考えてみれば、従来の日本型システムと「成果主義」の折半である。とすれば、彼らが最初に言い出した「これからは個人の成果を評価しなければ、会 社は発展しない」という理屈は、いったいなんだったのか?「責任を取れ」 と、日本人なら言いたくなる。が、コンサルタント会社の無責任さはいまに始まったことではない。彼らからすれば、「騙された方が悪い」ということだろ う。”

“日本人は「成果主義」そのものも誤解している。アメリカの企業が「成果主義」を導入するようになったのは、1980年代の初めに深刻な不況に陥り、その ために日本企業や欧州企業との競争に次々と負け、ついに雇用に手をつけざるをえなくなったからだ。つまり、パフォーマンスをあげる社員には、「雇用保障」 はしないが、昇進や給料アップで報いる。それ以外の社員は、リストラするというものだった。なんのことはない、日本と同じく、不況が「成果主義」を推進し たのだ。
しかし、そのアメリカでも、1990年代に経済情勢が好転すると、企業は「成果主義」より「雇用保障」を大事にするようになった。”
(以上、引用)



ついでに言うと、文藝春秋の二月特別号には、S社社長のC氏が、「S社神話を壊したのは誰だ」という、立花隆氏との対談でこうも語っている。

 


“私は、成果主義は正しいと思います。成果に基づかない評価はありません。しかし、成果をどう評価するかという指標が問題だったかもしれません。売上高、 P/L(損益計算書)、ROE(自己資本利益率)など色々な評価基準がありますが、99年にEVA(経済付加価値)を導入したことと、社内カンパニー制の弊害が現れた。
私はアメリカ型が何かを把握しているわけではないので、当てはめて考えるのは抵抗があります。
ただ、EVAは一定期間に、少ない投資で、どれだけ利益を得たかという指標です。百億を儲けるのに、五百億投資した場合と、一億投資した場合だったら、一 億で済ませたほうが偉いという発想。そこまではいいのですが、投資額ゼロで利益を上げればEVAの評価は高くなるのですから、短期の損益でみれば、投資し ない方がいい、あるいはアウトソースして自分で作らない方がいい、他人の金で商売したほうがいい、という考えに陥りやすい。
一時期「持たざる経営」という言葉が世界的に流行しましたが、やはりEVAの考え方の延長です。EVAの使い方を誤ると、社員は個人主義に走ったり、短期的思考に走る傾向が強くなる。中長期的視点を失うし、新規開発をしようという意欲が出てきません。”
(以上、引用)



これら、米国コンサルタントの源流は、P・F・ドラッカーによるGMの調査「会社という概念」という本から出発した。
ドラッカーはGMの経営からヒントを得て、“マネジメント”というテクニックを引き出し、それを一人歩きさせて、たとえ経営者の人格や理念や行動原理がいい加減でも、この“マネジメント”テクニックを駆使すれば魔法のように経営がうまく行くように吹聴した(それゆえスローンをはじめとする当時のGMの経営 陣はドラッカーに怒り、彼の著作も含めて完全に無視しました。“GMとともに”にも一行も出てきません)。
その手先となって暗躍したのが、外資系コンサルタントファームであった。
彼等は単に客から法外なコンサルタント料をもぎとるために、“マネジメント” テクニックを教導する大先生としてふるまったのだ。何が悲劇かといえば、暗愚な経営者ではなく、その“マネジメント”の巻き添えとなった従業員であった。
このような米国型の管理は、日本の現場の従順で勤勉な従業員ののりしろを奪い、現場は余力がなくなって一種の糖尿病のように長い間疲弊してゆくのであった。
もともと日本社会にあった豊かなのりしろはこの米国流の導入とともに消失し、自分のことしか考えないギスギスした官僚が跋扈する不健全な社会を作ってしまったと筆者は感じている。

惻隠の情や卑怯を憎む正義感はいまや完全にサラリーマンのお父さんからは消失して、どんな手を使ってもいいから“生き残る”社会になってしまった。もとも と日本はみんな漏れなく“生き残る”社会だったにもかかわらず不要な競争を煽り立てて無理な再編を促されてきたのである。
都市銀行を今のように4行に再編する必要があったか?よく考えてみれば自明であろう。結局、銀行再編は、行員にも預金者にも法人にも誰一人として喜べない不幸な出来事であった。
では銀行再編で一番得した人物はだれか?
それはM&Aを仕掛けたコンサルタントである。あとの関係者はみんな泣いたのである。

かくしてアホな経営者はMBAを取った外資系詐欺師とアメリカかぶれに延々と騙され続けるのである。
だれか彼らにつける薬はありませんかね。
そうでないと、現場で地道にコツコツ働いている人たちがあまりに可哀想です。