【第87回】バーの愉しみ -How to BAR

筆者は寄る年波で最近はほとんどバーに立寄らなくなったが、昔はそれこそ飲んだ後の仕上げのラーメンを食べるように、どんなに泥酔してもバーのカウンターで一杯ひっかけながら帰ったものであった。
人によっては家に立派なホームバーを作って、たくさんのスピリッツかリキュールを揃えて、自前でシェーカーを振る趣味人もいるようであるが、筆者はそれはあまり意味をなさないと考える。
なぜ、バーなる店が存在するのかを考えればそれは自明である。あれは一種の酒の図書館なのである。

例えば、あるバーに行って、マティーニを1杯飲んで、アイラモルト(ex.ラフロイグ)をtwice upで1杯飲んだとしよう。ホームバーでこれをやると、このくらいかかる。

 ・ブードルスジン     1,500円
 ・マティーニベルモット  1,500円
 ・オレンジビタース     500円
 ・ラフロイグ10年     3,000円
 ・ハイランドスプリングス  500円

合計で約7,000円の材料費がかかるのである。
その上、グラス類も含めると、たった2杯の酒をあおるのにも散財してしまうことになるのである。

 ・バカラのグラス     15,000円
 ・モルトtwice upのグラス 15,000円 
 ・ミキシンググラス      3,000円

バーで飲めば2杯で2,000円から3,000円である。しかも酒は一度封を切ったら劣化が始まって6ヶ月も風味がもたないのである。それゆえ、相当な酒呑みでない限りはカクテルを作るだけの材料を用意してもそれを維持することは難しい。
そういうわけで、バーというのは酒の図書館の役割を果たすのである。
個人で買ったら巨万の富を必要とする何万本もの酒を1杯1,000円~1,500円で少しずつ引き出して楽しめる酒の図書館なのである。

そのバーに初めて行って、“通”と呼ばれたいと思うのは単なる男の見栄だけではない。 “大人”と呼ばれるに等しいダンディズムがその思いを増長させるのではあるまいか。

では、初めて行ったバーで何を頼んだらよいか?
今回はそのマニアな世界を覗いてみよう。

まず、バーテンダーという職業は酒の図書館のコンシェルジェであるから素直に何でも聞くのがよい。
“フルーツ系であまり強くなく、ソーダで割ったカクテル”だとか、 “おすすめのドライなカクテル”などのように、自分の好みを言えば大抵は対応してくれるし、カウンターのバックヤードに並んでいる酒を見て、 “あの哺乳瓶のボトルは何の酒ですか?”と、素直に聞けばよろしい。バーテンダーは喜んで答えてくれるはずである。
そうは言っても、彼女を連れて行った手前、あまり素人、素人していると格好がつかないので、初めてだろうが、100回通おうが、一目置かれたいと思うのは男の本懐であろう。

バーにはバーテンダーによっていろいろな特長がある。カクテルを得意とする店、モルトにこだわった店、ワインを中心とした店、等々、いろいろなタイプがあるが、一応、バーと名がつく以上、最初の一杯はカクテルに挑戦してみよう。

よく、バーと言えば、タフガイ、タフガイと言えばマティーニと思い込んでいる人が多いが、マティーニという飲み物は極めて曖昧なカクテルで店によってレシピは全て違うので、“タンカレーで10対1で”とか、“バーモスリンススタイル” (ベルモットでミキシンググラスを洗ってそれを捨ててからジンを注ぐ作り方)とか、 “ブードルスを使ってあまりドライにしないで”だとか具体的に指定しないといけないので、最初の一杯目で勝負するなら、ギムレットである。
“OK, テリー、ギムレットにはまだ早すぎる”と、マーロウがのたもうたカクテルである。
このカクテルは実は非常に難しい。シンプルなカクテル程ごまかしがきかないからである。一流のバーテンダーになればなるほど、最初の客から一杯目にこれを頼まれると緊張するらしい。いろいろなバーでこれを試してみて経験を積むのも面白いかもしれない。

ギムレットの絶妙なバランスが気に入ったら、筆者ならば次は、ジャックローズを注文する。これもバランスの難しいカクテルで、色と味の両方を完璧に作れるバーテンダーは滅多にいない。

ウォッカ系で作るならば、ブラッディ・メアリ。これは単にウォッカにトマトジュースを割ったものではない。バーテンダーの工夫が随所に出る面白いカクテルなのである。
まず、使うウォッカが重要で、アブソルート(Absolut)に唐辛子を漬け込んだり、アブソルートのペッパーと普通のアブソルートを半々で使ってみたり、そのバー特有の工夫や仕掛けがある。
トマトも同じで、単なるトマトジュースではなく、完熟生トマトをミキサーにかけ、リーペリンソースやら、タバスコやら各種ペッパーやらの魔法のレシピがあり、その店独自の工夫があって面白い。

筆者の知り合いの銀座のオーパスNo.1の三隅さんは、あるとき飛行機のビジネスクラスで、ウォッカで割ってブラッディメアリとして供されるただのトマト ジュース(ブラッディメアリミックスという名前です)があまりにも美味しいので、これに負けてはならないと一念発起し、今ではオーパスのブラッディメア リーはNo.1から10まで沢山のレシピで作られている。

ちなみに、ホテルのバーは町場のバーと違って材料が自由に手にはいらない。飲料部という会社の購買部が仕入れるので最新のリキュールなどは使えない。当然材料が限られているので町場のバーに比べると酒の種類が圧倒的に少ない。また作り方もHBA(ホテルバーテンダー協会)の技術指導でメジャーカップを使わないので、1/4オンスとか1/5オンスとか2ティースプーンのような微妙なレシピだと、どのバーテンダーも正確に対応できないようだ。
それゆえ町場と比べるとカクテルを楽しむという点ではあまりいいバーはない(建物や人材がちゃんとしているだけに残念なことだと筆者は思っています)。

さて、ここで試験問題を出してみよう。
以下のカクテルの中で飲んだことが一度もないカクテルがあったら、一般常識のためにすぐにバーに駆けつけるべきである。

***ウイスキーベース****
・ウイスキーサワー
・マンハッタン
・ロブロイ
・ミントジュレップ

****ジンベース*****
・マティーニ
・ジントニック
・ジンリッキー
・ジンバック
・ギムレット
・スロージンフィズ
・ジャックローズ
・シンガポールスリング
・ギブスン
・ピンクレディ
・ジンフィズ
・トムコリンズ

****ウオッカベース*****
・スクリュードライバー
・ブラディメアリ
・モスコーミュール
・ソルティドック

****ラムベース******
・マイタイ
・ホットバタードラム
・キューバリバー
・モジート(モヒートス)
・ダイキリ
・パパドブレ(別名「ヘミングウェイ・ダイキリ」これはないか)

*****ブランデーベース****
・サイドカー
・ブランデーサワー
・アレキサンダー

****テキーラ*****
・マルガリータ
・テキーラサンライズ

****その他リキュール*****
・ロングアイランドアイスティー
・カンパリソーダ
・スプモーニ
・ディタリッキー
・チャイナブルー
・ピーチツリーフィズ
・キール
・キールロワイヤル
・カシスソーダ
・カシスウーロン
・カルーアミルク


もしそのバーがモルトウィスキーの専門であったら、次のような会話がよい。
「アイラモルトは何がおすすめですか?」
そうするとバーテンダーは、シングルカスクやボトラーズものの特別なアイテムを何本か並べて説明するはずである。注意しないといけないのは、きちんと値段を聞かないと、中には1杯5,000円や10,000円もするようなレアなものもあるので、年代ものは特に値段を確かめる必要がある。
気に入った1本を選ぶと(ex.アードベック30年、カスクストレングス、シェリー樽)、「飲み方はどうしますか?」とバーテンダーが聞く。
「twice upで。最初はストレートで、あとで加水してください。水はハイランドスプリングスがあれば。なければ富士ミネラルウォーターか、硬めの水でお願いします」(ちなみにカスクストレングス(樽出し原酒)といって、加水して白濁しなかったらニセモノの可能性大です)。
この会話から、あなたはウィスキー通と呼ばれるに違いない。用語を解説しよう。

まず、なぜ、マッカランやグレンフィディックでなくアイラモルトなのか?ここが重要である。アイラ島(Islay)とは何か?
アイルランドとスコットランドの間にある小さな島で(隣のスカイ島のタリスカーも有名ですが)、ブレンドウィスキーの味を決めるモルト(原酒)の産地であ る。ここには8つ(今は7つで、ポートエレンが1983年から操業停止)の蒸留所があって、他の地域にはない強い個性(香り)のモルトが育つ地でもある。 ここには何千万年もの間、海鳥が海草を食べて堆積して炭化したピートという泥炭の層があって、それが燻上されてピート臭と呼ばれるアイラ島独自のヨード臭 いモルトウィスキーが産出されるのである(ちなみに、ボウモアを初めて飲んだときはヘアートニックをまちがって飲んだかと思いました)。
ラフロイグ(LAPHROAIG)、ラガブーリン(LAGAVULIN) 、ボウモア(BOWMORE)、カリラ(CAOLILA)、ブルイックラディ(BRUICHLADDIC)、アードベック(ARDBEG)がその代表銘柄 で、近年の日本のモルトブームの主役である(ちなみに、筆者はラフロイグ10年の愛好家であります。チャールズ皇太子もファンだそうです。これは15年ものよりも20年ものよりも10年ものが美味しい不思議な酒です。スモーキーでヨードチンキのような香りがします)。
Twice upという飲み方は、水とウィスキーを半々で割るやり方で、一番香りを引き立たせる飲み方である。もちろん氷は入れない。
ハイランド・スプリングスは最近日本で手に入らなくなった(というのはヨーロッパで人気なので日本には出荷しなくなったのです)のを知っていてわざと注文するのが “通”ぶっているところである。ちなみに、スコットランド水は硬い水で(マザーウォーターという言い方もします)、富士ミネラルウォーターは知る人ぞ知 る、日本のミネラルの中で最もマザーウォーターに近いといわれる水である。
このわずかな会話の中にウィスキーのウンチクが語られているわけなのである。

ちなみに、ここいらでウィスキー・オヤジギャグを飛ばすと連れは喜ぶであろう。

“俺はスコッチはスコッチ(少しも)も飲めない”
“マッカランが高いのはマッカラン(負からん)からさ”

ご参考までに、ウィスキーの教科書は、最近、日本語訳が出版されるようになった、マイケル・ジャクソン著、“モルトウィスキー・コンパニオン”をぜひお薦めする。このスコアを見るのが実に楽しい。