【第84回】平和の研究 その2 -非排中律のすすめ(前編)

まず、筆者はこの問題に特に関心があるわけではなく、従って、確たる主張もなく、一応、日本人だから愛国者(Patriot)ではあるが、この問題に関して日本およびアジア諸国に何ら物申す心算がないことを断っておきたい。
なぜこれを書こうと思ったかというと、この問題のアジア(特に中国の)主張と日本の主張の立脚点が全く違っていて、同じ施設の同じものを見ながら、その立脚している根底の事実にまったくの隔たりがあり、またそれが双方の国々の人々に理解されていないと感じているので、この問題の相方の見方が食い違っている ポイントを説明してみようと思う。

実は某G大の同窓会の会報に、桜友会報というのがあり、三島由紀夫の話や、昔単位をくれなかった、故田島院長の回想記事などが載っていたのだが、その中の 経済学部の講演会のスピーチに靖國神社宮司の南部利昭氏の「靖國神社今昔」という講演録があり、我々が知らない事実があったので以下に引用する次第であ る。

 


以下、“靖國神社今昔”より引用
全国に8万社あるといわれいる神社のほとんどは、包括法人である神社本庁に所属していますが、靖國神社は神社本庁に所属していません。戦前まで国家の手で運営されていた経緯から、いずれ国家に返すべき神社として、あえてこの神社本庁に所属していないわけでございます。
明治維新の時、戊辰戦争で国のために命を捧げた人たちの御霊を慰めるということで、明治2年明治天皇の思召しにより東京招魂社として始まり、明治12年に靖國神社と名称が変わり現在に至っています。
また、その後の佐賀の乱、西南戦争、日清、日露、第一次大戦、満州事変、支那事変、大東亜戦争、等で戦死された御霊をお祀りしています。さらに遡って、黒 船来航以降倒れた志士達、幕末に亡くなった人々、安政大獄等国事に尽くした人々もお祀りしており、吉田松陰、橋本左内、坂本竜馬、高杉晋作等の幕末の志士である御祭神を含めて246万余柱に及びます。

-中略-

今回、筆者が、あれ?と思ったのが下記の文章であった。

A級戦犯の問題
靖國神社は勝手に合祀しているのではありません。ソ連は8月15日以降、千島・樺太に攻め込んできて、8月末頃まで戦闘が続いていました。サンフランシス コ平和条約が発効したのは昭和27年4月28日です。連合国と完全に戦争状態が終了したのは国際法上、その日です。未だ戦争状態の中で行われた東京裁判、 これは軍事裁判であって、そこで処刑された方々は、戦闘状態の最中のことであって、つまり戦場で亡くなった方と同じなんだという考え方です。これは神社の考えではなく国の考えです。昭和28年国会で超党派援護法の一部が改正され、共産党を含む全会一致で可決されています。国際法上認められない東京裁判とい われていますが、そこで処刑された方々を国内法で救済する、戦死者と同じ扱いをすると、政府が公文書で通達しています。厚生省から、紋首刑になった方々を法務死、つまり法の努めで亡くなったとしています。重光葵、賀屋興宣は釈放後大臣として公務に就きました。「A級戦犯」だった彼らが指導的地位に就くこと に何ら批判はなかったのです。

(以上、「桜友会報」平成18年5月号より引用)



この主張だけ見れば、中国の参拝に干渉する政治的なパフォーマンスは、内政干渉のように見えるのだが、実は中国側の論理は全く別の視点から展開されているのである。
日中の国交正常化は、1972年9月29日に、日中共同声明に当時の田中角栄と周恩来が署名して実現された。
その時に、中国の指導部が中国人民に説明した論理は、“第二次大戦の中国侵略は日本の軍部や政治家の一部の権力者が暴走して実行した行為であり(実は大部分の日本人もそう思っています)、日本国民自体には戦争責任はない。従って、賠償もとらずに和解をしてあげようではないか”という説得だったのである。A級戦犯と呼ばれる人々に中国の指導部は戦争責任を負わせることによって、中国人民を納得させたといえよう。そこで、A級戦犯を靖國に合祀して、首相が参拝するという行為はその中国の和解の論理を根底から崩してしまうことになる訳なのである。日中相方共、同じ神社を起点としながら、その主張の根拠は大きく隔 たっているのである。
この論理の平行線上に靖國問題があるのである。

実は世界中に靖國問題を宣伝した朝日新聞辺りが、この誤謬をきちんと相方の国々に説明する責任があると思うのだがどうだろうか?

そう考えると、靖國問題は、靖國という土俵で全く違うスポーツをやっているような状態にあるといえよう。両方の国で判定している基準が全く食い違っているのである。

以上のように、お互いの主張を正面からぶつけると平和は実現しないし、和解もできないのである。
一神教と一神教同志が殺しあう論理も同じ背景から出発しているといえる。

どうしてそういうことになるのか?

次回に続く