【第79回】平和の研究

世の歴史家は戦争や虐殺やテロが起きた原因と背景はよく調査するが、平和が起きた原因と背景には全く関心がないらしい。それは人類の歴史の中で戦争が起きなかった時代など皆無に等しいということも原因であろう。
パックスロマーナと呼ばれた、ローマ帝国全盛の時代、世界一の強国であった時代でさえも、実際には戦争だらけであったし、真に平和という状態ではなかった。どこにも敗けなかったという勝利の連続の下の“平和”であったのである。

筆者が先日ある宗教の解説を読んでいたとき、面白い事実を発見した(その本は根津美術館に茶道具を見に行ったときに偶然購入したのですが、よい本なので紹介します。
「すぐわかる日本の宗教」出版:東京美術社、監修:山折哲雄、執筆:川村邦光)

皆さんは過去1000年の歴史の間で約600年もの間(その前の1000年は正確な記録歴史が残ってないのでカウントできないだけで、実は実際にはもっと 長いかもしれません)、全く戦争をしないで平和に暮らした民族がいることをご存知だろうか?この記録は人類史上、実に稀有な現象である。逆に10年以上平和が続いたことのない民族、国家が存在するくらいだ。
1国の国民が約1000年のうち、通算約600年間戦争することなく平和に暮らした国はどこか?
それは日本である。これは冗談ではない。
前述の著者である、大阪大学教授の川村邦光氏の見解を以下に引用してみよう。


平安時代は平安遷都から保元・平治の乱まで350年、江戸時代は家康による開幕から明治維新まで250年のあいだ、平和で安定した時代が続いた。このよう な長期にわたって、しかもそれが二度も続いた例は西欧においてはみられない。中国やインドにおいても皆無であった。ほとんど世界史の上で日本列島において のみみられる稀な例だったといわなければならない。
いったいどうしてこの日本列島においてのみ、そんなことが可能だったのだろうか。
これについての研究がこれまでほとんどなかったといってよい。歴史学からも宗教学や宗教史の側からもまったくなかったのである。戦争や革命の論議はわれわ れの眼前にうずたかく積み上げられているけれども、それにたいして平和にかんする研究や議論は寥々たるものだった。否、ほとんどおこなわれてはこなかった のである。
(以上、「すぐわかる日本の宗教」より引用)



藤原正彦数学教授は、ベストセラー「国家の品格」の中で、“日本人は世界の中でも特異な民族であり、その優れた美質を米国化させて変える必要などない”、と喝破しておられる。
この特異な美質は600年の平和を享受した民族の特異な遺伝子によるものなのである。
日本は戦後、憲法9条によって戦争を放棄しているので、約50年間まったく戦争を経験していない。50年というと、一世代、一人生のサイクルであるから、“平和ボケならぬ平和慣れ”した国民ができあがったのである。

その平和慣れした国が、イラクのサマワに初めて軍隊を派遣した。派遣した当初はいろいろニュースになったが、その後の顛末がどうなったかは殆ど報道されていないようだ。
実はサマワの自衛隊は7月29日に1発の銃弾も発射することなく、全員無事で学校や道路の補修、給水支援、医療支援を行って、サマワの全住民に感謝されな がら赴任地を後にしたのである(その後は再び内乱状態に戻りましたが)。最後の方ではサマワで日本軍の隊列が通りかかると、先頭を走っていた他の国の軍隊 が日本軍の後方についていくという、珍現象まで生まれたそうである。
一発の銃弾も発射することのない腰抜け平和軍は、一発の銃弾を浴びることなく帰還できたのである。これは奇跡に近い珍事である。
“目には目を、歯には歯を”と、報復と復讐を繰り返して殺しあう社会に“平和”を持ち込むことに成功したのである。 このことは歴史上とても重要なことで、軍隊に戦後の復興平和維持などという役割が果たせることを日本人は初めて世界に証明したのである。

今回、安倍政権が誕生して、“戦争を知らない”首相が誕生することになった。
団塊の世代の上の戦中世代は、団塊の世代を“戦争を知らない子供たち”と揶揄して対立を生んだが、筆者は“戦争を知らない”ことに何のコンプレックスも感じる必要はないと思うのだ。
なぜなら、平和は平和からしか生まれないからである。戦いの因果を断ち切るためには、じっと我慢して、怒ることなく、報復することなく、全ての怒りと闘争心をじっとかみ殺して、平和の初転法論をまわすことが重要だからである。平和を量産するMRPをまわせる民族は日本人しかいないのである。
外国のスラム街を観光気分で歩く“平和ボケ”はただの阿呆であって、決して平和にポリシーを持っている人々の行動ではないが、“平和慣れ”はもっと輸出すべきかもしれない。

聖徳太子の、“和をもって貴しとす”と曰うた十七条の憲法の精神は、我々の平和の遺伝子の中に今も生きているのである。