【第52回】会社の医学事典

筆者は先日“不健康診断”に行ってきた。通常行われる健康診断は本当は“不健康診断”と表現されなくてはならない。
なぜなら、体のデバック、不良箇所を発見する行為だからである。一見、五体満足で何の支障もない生活をしている人の“不健康”な要素を科学的に発見する行為なので“不健康診断”なのである。
その不健康を抽象化してモデリングすることを(即ちオブジェクト指向設計における汎化・特化ですな)病気を診断すると言う。

風邪という一般的な病気があるが、その症状には個人差があって、Aさんの風邪≠Bさんの風邪であるが、とりあえず抽象化してモデリングして類型にあてはめるとAさんもBさんも風邪ということになるのである。

会社にもいろいろな病気があるが、サラリーマン社会の病気を治療する医者がこれまで存在しなかったので、個々の職場で時々起きる症候群には未だ病名すらついていないものが多い。

以下にいくつか珍しい病気や難病を解説してみたい。


●エリート無気力症候群
これは弊社では滅多に見られない病気であるが、非常に面白い症状なので紹介したい。
ある時、某有名商社の部長が「うちの新人で困った奴らがいるんだよね」とこぼした。
「何がですか?」と聞くと、「新入社員なのに全く覇気もやる気もなくしていて使いものにならないんだよ」と。
「能力がないんですか?」と聞くと、「そんなはずないよ、皆、東大とか京大のバリバリの新卒だよ」とのこと。
その部長の解説によると、その病気は以下のような生活習慣病の一種であることが判明した。
問題の新卒諸氏は幼少時から極めて優秀な良い子であった。それゆえ、幼少時より母親から「あなたは××大付属小、中、高に行って、東大法学部に進学して、 ○○商社か△△商社に入社するよう頑張りなさい」とミッションを与えられて、小学生のうちから毎夜10時まで塾通いして猛勉強を10数年続け、ガールフレ ンドも作らず、映画を観たりすることもなく、雨の日も風の日も一心不乱に勉強して遂に東大法学部に進学し、そこを首席で卒業して一流商社に入社したのであ る。
その時点で彼の人生の目標は達成されてしまったのである。あとは何もやることがないのである。
人生の目標を達成してしまった彼は、もはや死を待つばかりの境地に至る訳である。それで無気力で使いものにならなくなるのである。

☆治療法☆
この病気は何十年にもわたる生活習慣病なので、決定的な治療法はない。母親から次のミッションを与えられるか(30歳までに結婚しなさいとか、35歳まで に年収1,000万もらいなさい、等)、達成してしまった境地を捨てて(即ち、せっかく入社したその一流商社を辞めるということですが)、母親と縁を切って ガールフレンドでも作ってプータローになるしかリハビリの手段はない。


●出来ないノイローゼ
ノイローゼとは神経症のことで、しばしば混同されるが精神病とは別物である。ノイローゼは主に神経質から発展し発症する。強迫神経症、対人恐怖症、不安恐怖症、疾病恐怖症など様々な種類があるが、この“出来ないノイローゼ”は能力があるのに仕事が出来ない人に多く見受けられる。
一見、自分にとって負荷の重い仕事や困難だと思われた仕事を任されたときに、この患者は与えられた時間を全て使って“出来ない理由”ばかり考えるのであ る。出来ない理由しか考えていないので、当然仕事ははかどらない。時によっては全く着手されないこともしばしばである。但し、なぜ仕事が出来ないのか訊ねると、2時間でも3時間でも出来ない理由を理路整然と説明することができる。その能力を10%でも出来る方法を考えることに振り向ければ仕事は一気に片付くのであるが、その簡単なことに気付かないのがこの病気の厄介なところである。

☆治療法☆
これは神経症の一種なので心の弱い人がかかりやすい。
“できない理由”を考えるほうが“できる方法”を考えるより楽なので、ついついできない理由ばかり考えて、自分をできない方向に持っていってしまうのである。
この本質的な治療法はマイナス思考からプラス思考への転換を図ることである。周囲からアドバイスして背中を押してやるのも有効な手段ではある。


●中間管理職性うつ病
ある日、電車に同乗した新任課長のAがため息をついた。
「ふー」
「どうした?」
「課長は大変だよ。上からはこづかれ、下からは突き上げられて」
「お前、主任の時はどうだった?」
「楽だったよ」
「そうか、じゃぁ、お前は課長になったからそんなに苦しいんだな。だったら、○○取締役に元の主任に戻してもらうように言ってやるよ」
「え、それだけはやめてくれ!!」

この病は管理職として業務を遂行する能力が無いのに昇進してしまったために起きるノイローゼの一種で、100%自業自得にもかかわらず被害妄想の症状を発病するのが特徴である。
多くは自分のことしか考えてない人に出やすく、実力も人望もないために皆から軽蔑されることを特徴としている。
当人は相当に苦しい自覚症状を持っているが、周囲の人間も迷惑することが多い。

☆治療法☆
降格が一番有効な治療法である。
だが、奥さんから怒られるので医師がその処方をすることは容易ではない。こういう患者の下についた部下が一番泣かされるので、しばしば社会問題として取り上げられることも多い。


●エリート膠原病
膠原病の症状とは、自己の免疫機能が自分自身を攻撃するために起こる病気で、痛風やリュウマチが代表的な症例である。
一部の大企業エリートの中にも(特に外資系に多いが)自己の免疫(自分を大切にする、自分を守る)機能のために人生が阻害される症例をエリート膠原病という。

ある大企業の部長が飲んだ席で愚痴った。
「最近送別会が多くていやになる。それも幹部クラスが突然やめるんだ。」
「クビになったんですか?」
「いや、すごいマネジメントなんだけど、その人の下では人が育たないんだよね。人望もいまいちだし。」
「しかもおれは年収3,000万で外資系社長で迎えられたとか後輩に自慢するのはやめて欲しいんだよね。そういう人たちは見てて痛い。なんでこういう痛い生き方しかできないのか不思議になるよ。もっと楽に生きる方法があるのに見ててとても痛い。」

この病気に罹る人間は一流大学を卒業してエリート街道を驀進して来た人に多い。
症状としては、個人の能力が非常に高いにもかかわらず、マネージャーとして人望がなく、人もなかなか育たないという特徴がある。また、常に孤立していて人を信じない。従って、部下や顧客に胸衿を開くことはなく、友人もいない。
こういう人に対して部下は、忠誠心を持たないので、真のチームワークを構築することはできない。周りにいる人間は上も下も同期も全てライバルなのだ。
また、根拠のない高すぎるプライドも特徴である。その高いエリートのプライドのため、いつしか周囲の協力を上手く得ることができず(なぜなら人に頭を下げて教えてもらうとか手伝ってもらうという基本的なことが出来ないからです)、目標を達成する見込みがなくなった途端、突然死(会社を突然辞める)して、天国(外資系の高給を自慢して辞めていく)に行くのである。ライバルに差をつけられるくらいならば死を選ぶわけである。
こういう人間は強いナルシズムと根拠なき昔の栄光の高いプライドが邪魔して、人と上手くコミュニケーションがとれなくて孤立するのである。
基本的に高学歴で人生観や職業観が希薄で(従って当人自身にやりたいことはなく、与えられたミッションにドーベルマンのようにくらいつくのです。点数のために受験勉強をやりすぎた弊害です)頭が固く、ユーモアのセンスに乏しい(ということは人生の潤滑油に乏しいということですが)人に多い病気である。
ドラスティックな外資系の人事政策のもとで大出世や大降格のストレスにさらされ続けることによって病状は進行する。 こういう人はリーダーシップよりマネジメントが重要と考えている(これはアルフレッド・スローンがP.F.ドラッカーに対して実践の立場から批判した本質です)。
人格が何より大事であり、人望が組織を動かすエンジンであることをすっかり忘れている。別の言い方をすると、心理学を学べば他人が何を考えているかわかる と思い込んでいる人のようでもある。マネジメントをいくら学んでも、実践する人の人格がゆがんでいてはマネジメントはうまくいかないのである。その基本的なことがこういうエリートは理解できていない。

☆治療法☆
まず、自分のことばかり考えることをやめて(利己心を捨てて)、部下や顧客が幸せになるために何をしたらよいか(利他心ですな)をいつも考えるように行動すると症状は進行しない。
その次に、自分の率直な姿をありのまま開示することである(出世がそのために止まっても人間性は回復すると思ってください)。
その次に、自分の理解できない事を素直に部下や周囲の人に相談して、お願いするときには下から頭を下げることである。
この段階まで根拠のないプライドをぶち壊すことが出来れば、この病気は完治できる。
この病気の怖いところは極度に症状が悪化すると心が病んで人生を生きることがうまくいかなくなることである。心が壊れる前に手当てをしないと家族を含めて周囲から人が離れていくことになる。


●営業アルツハイマー病
“アルツハイまる”という新しい日本語があるが、これは“すぐに忘れる”という意味の新語である。
これは一種の記憶喪失であるが、医学的に病気かそれとも後天的遺伝性の気質によるものなのかはよくわかっていない。
この病気には周期があって、特に月末や期末や年度末に症状が現われる。主に記憶に障害ができる病気で未来の案件に関しては正確な報告ができるが、月末に近い案件や過去の案件に関しては全く記憶が残らない不思議な病気である。筆者が思うに、この手の患者は記憶をつかさどる海馬を損傷していると思われる。
それゆえ、営業のプロスペクトはいつもたくさんあるが、1件も受注できないという現象が出現する。
この病気はお客対人恐怖症も併発している可能性があるので、十分注意して経過を見なければならない。

☆治療法☆
まず、未来と現在と過去の記憶を営業会議で丹念に検査する必要がある。そして、その記憶の中に実在しない記憶や事実が紛れ込んでいるので、その記憶を排除する必要がある。“社内で営業トークでしゃべって何やっとんだ”とアドバイスすると有効なこともある。
いづれにせよ、40歳以上でこの病気を持っていると入院もしくは転地療養が必要なケースも出てくる。


●おすぎとピーコ症候群
この病は一見すると病気には見えない。うざったくて人に嫌われるだけなのだが、実は神経症の一発展型の病である。
この病の特徴は成人男性がおばさんのような語り口になるところである。自分にとって都合の悪い質問に対して発病することが多く、質問内容と全く関係ない状況説明を切れ目なく延々と話し続け、結論を想起させないように形容詞を多用して話す。その過程で相手の態度が軟化したと読み取ったら、ぼんやりした抽象的な結論に持っていってその場を繕うという症状である。
このコミュニケーション能力の欠如は人格障害の一種で、卑怯ホルモンが関与していると思われる。

☆治療法☆
まず、本を読む習慣をつけて論理的思考力をつけるリハビリプログラムを実行する必要がある。但し、この療法は即効性がないので症状を本人に告知するというのも有効な手段となる。
この種の神経病は患者自身が自覚の無いケースが多いので、周囲の人間は症状を認識させることから治療を始めなければならない。


●噂テロ感染症
これは極めて危険な病気である。場合によっては組織から隔離する必要がある。
この患者は“なりたい自分”と“なれる自分”のギャップを埋めるために虚偽の噂を効果的にばら撒いて人を攻撃する。
この患者は非常に危険なので、発症を感知したならばすぐに隔離しないとその感染はとまらない。まずこの患者はライバルを不当な理由で陥れるときに、発症することが多い。

☆症状と感染経路☆
まず攻撃したいターゲットの近しい人間に噂菌をばら撒くことからこの感染症は発症する。
一例をあげると、Aさんが「Bさんが太った」という虚偽の噂を感染させる事例を紹介してみよう。

AさんはまずBさんの親しい同僚CさんとDさんと何気ない世間話をしたついでにこう吹き込む。
「・・・・・・ところで最近Bさんって太ったよね。」
この意見はCさんとDさんに別々の場所で吹き込み、かつ彼らとこの件に関しては議論をしない(虚実を判断しない)。
そのあとでAさんはBさんに強い口調でこう言い放つ。
「あんた最近ぶくぶく太ったんじゃないって噂があるよ。かっこ悪い。ぜったい直したほうがいいって皆言ってるよ」
(この不特定人称の“皆”がポイントです)
そこでその噂に不安を覚えたBさんは、仲のいいCさんとDさんにそれぞれ聞いてみます。
「俺って太ったって、皆言ってるかな?」
すると彼らは質問の意図がわからず「そういえば聞いた事があるな」と答えます。その段階でBさんはAさんの噂テロ菌に完全に感染してしまうのです。
この感染症は大組織で人に虚偽の評判を立てるときに、典型的に流行します。

☆治療法☆
Aさんは邪な人物なので治療は極めて困難と考えなくてはなりません。できれば組織から一刻も早く隔離しないと、噂で運営される極めて不健全な職場が出来上がります。
Bさんは感染する直前で罹患を食い止めることができます。「皆言ってるよ」と言われたらすぐに、「それは誰と誰が言っているのか具体的に教えてくれ。もし それが言えないのならお前は俺に嘘をついていると見なすぞ!」と、噂の世界で曖昧になっている感染経路を問いただすことがポイントである。
この症状は女性の間で発病することも多く、発病した患者のことを“お局”(“おきょく”ではありません、“おつぼね”と読みます)と呼ぶこともある。



この会社の病気の研究はつい最近はじまったばかりである。
病気になぜ病名をつけるかというと、病名を命名することによってその病気と正面から向かい合って、治療することができるようになるからである。それを積み重ねることによって我々は職場の環境をよくしていかなくてはならないのである。
また病気を明文化することによる、予防医学という抑止効果も期待できる。

皆さんもまわりに面白い病気があったら教えてください。一緒に研究しましょう。