【第34回】安全国家日本 -日本のソーシャルキャピタル

日本は欧米と比べると比較的治安の良い国であると言われている。 これは日本の警察が優秀であるということもあると思うが、真の原因はソーシャルキャピタルを構成するような日本の社会構造にあるのではないかと筆者はみている。

犯罪を生む一番の社会的背景は貧困である。
これは日本が戦争に負けた頃のように、皆が貧困である時代はそんなに問題はないのだが、富者と貧者が埋めようのない差をもって共存した時に、その2代目、3代目の打開できない社会の壁を感じている人々が、身もふたもない犯罪を引き起こす階層を形成していくのである。

米国のデトロイト中心部やカリフォルニアのイーストパロアルトや、リオのシティ・オブ・ゴッド、香港の今はなき九龍城のようなスラムがその舞台となる。
米国の社会は特に単純で富を分配するしくみが殆どないし、貧困と富裕層の差はますます開いてゆく構造をもっている(5%の富裕層が米国の95%の富を独占しています)。
即ち、週末に会社をレイオフされたら次の月曜日からホームレスになる社会である。
日本は半社会主義なのでこの貧富の差を縮めるしくみが社会のいたる所で機能していると言える。その見えざるソーシャルキャピタルを生成するしくみを解説してみよう。


第一の要素は過剰な人数の公務員の任用による所得の再分配のシステムである。

筆者は地方公務員の倅である。その後きちんと税金を払って公務員を養う立場になったが、現在でもまだ膝から下は税金でできている(昔は首あたりまで税金でできておりました)。
これによって地方にあって産業も職業もろくにないところに住んでいる人々が大都市からの税金の再分配によって生活を維持しているのである(筆者の父親もその一人であります)。公務員を通じた所得の再分配は都市と地方の貧富の差を縮め、教育の機会均等や最低生活の向上を実現するしくみとして機能しているのである。このしくみが弱い中国などは、農村と都市部では1,000倍近い収入の格差を生んでいるし、現在でも農村人口8億5,000万人のうち30~40%が文盲である。
これらの人々が豊かな暮らしをする手段はほとんどない。犯罪でも行わない限り階級を凌駕するような富を手に入れることはできないのである。

郵政問題は財政投融資問題とか公務員の削減という問題を2次的に含んでいるが、現在の公務員がそのまま在野に下った場合、同じ給与、同じ待遇を期待するのは難しいのではないかと筆者は危惧している。即ち、公務員の40万と民間企業の40万では労働の質が同じでないと言いたい訳である。どちらの生産性が高い かは一概に表明できないが、「お役所仕事」と呼ばれる生産性と勤労態度で民間に行ったならばリストラは必至であろうと思う。
そういう地方のお父さんでも役所にいさえすれば失業することもなく、一定の給与を年功序列で保障されて、能力や実績と無関係の保護を国家から受けるわけである。

公務員の家庭は意外と教育熱心、学歴社会である。その理由は彼らの将来性や待遇や人生が全て「試験」で決まるからである(筆者の母親も本を読まないし、教養もなかったですが、勉強させることだけは熱心でありました。英語で言うなら、Jewish Mother=教育ママですかね)。それゆえ、地方の公務員の家庭は、それほど富裕でない家庭でも教育にお金をかけて地方の人材を育成していると言える。
これも1つの富の再分配のメカニズムである。

かくして、全国のサラリーマンの所得税と法人税は過剰な公務員を経由して地方に再分配されるのである。

治安を保つためのしくみとして、もう1つの日本独自の優れたシステムが存在する。
それは水商売である。
それを説明するために日本のお父さんの1日の行動と米国のお父さんの1日を比較してみよう。

<日本のお父さんの1日>
08:00  家を出る(満員電車に乗る)
09:30  会社に着く
09:30
 ~    仕事をする
18:00
18:30  新橋の居酒屋に飲みに行く
21:00  行きつけのスナックに飲みに行く
22:00  勢いがついて六本木のキャバクラに行く
23:00  ラーメン屋でクダを巻く
24:00  帰宅 爆睡


<米国のお父さんの1日>
08:00  家を出る(ハニーにキスして車に乗る)
09:30  会社に着く
09:30
 ~    仕事をする
18:00
18:30  家の芝刈りをする
19:00  家族と食事をする(アーメン)
21:00  就寝 (ハニーにキスして、酒も飲まずにベッドに入る)


この生活の中で最も異なるのが、日本のお父さんはまっすぐに家に帰らないで、毎晩、居酒屋→スナック→キャバクラ→ラーメン屋とハシゴするのである。
要するに彼はその過程で富を再分配して雇用を促進しているのである。

水商売という分野は日本独特の産業で、まず厚生労働省は管理していない(風営法はありますが)。誰がいつバーテンダーになろうが(米国ではここで酒類販売という厳しい免許が必要となります)、居酒屋を開こうが、スナックに勤めようがキャバクラの店長になろうが自由である。これらの商売に学歴やキャリアの厳格な審査や参入ハードルはない。その上、夜の商売なので昼の仕事に比べて給与は高い。多少眠いのを我慢すれば最低以上の生活は学歴がなくても保障される し、時によっては犯罪暦があってもOKである。
これは非常に優れた職業バッファというか、産業構造レイヤーなのである。
このレイヤーが吸収する人々がもし米国のようにスラムに暮らしたりホームレスになったりすれば、たちまち犯罪の温床になることは必定である。
実はお父さんが鼻の頭を赤くして新橋で飲んだくれることによって日本の犯罪を抑止させているのである。これは大いなる社会貢献である。

この富の再分配は、中間で役人がお金の使い方をコントロールしないので、効率のよい再分配を可能ならしめるシステムとなっている(たまに中国や東南アジアに再分配されたりしますが、これも国際貢献になっているかもしれません)。
かくして、水商売という日本の社会のインビジブルな産業が日本の社会の安定に大きく寄与していると筆者は考えるのである。

富裕層と貧困層の間にどれだけの中間層(中流層)を形成できるかが、非常に重要な問題である。かつて日本が世界で一番安全な国と言われた時代の日本社会の スローガンは「一億総中流」であった。皆が皆、「自分の家は金持ちでもないけど貧乏でもない」と思っていたのである。その頃の日本社会は安定していた。そのモデルを崩して改悪した連中が米国かぶれである。そのエキセントリックなスローガンが、「生き残りをかけて」である。「生き残りをかけて」一番にならな いと消滅してしまうのは米国社会であって、日本は2番手、3番手でも十分に「生き残れる」社会なのである。米国かぶれコンサルタントはそのことを全く忘れている。
かつてリストラも能力主義も必要なかった社会に「米国」を無理やり持ち込んで日本社会の本来の美質を崩してしまったというのが現在の状況である。それを先導して国を売ったのが米国留学エリートのMBAコンサルタントであった。

日本の年功序列というしくみは今でも優れた制度であると筆者は思っている。そのモデルがなぜ崩れていったのかというと、年功の「功」の部分はビジネスス ピードが速くなって組織改変が頻繁に起きるようになったために、正当に継承評価されずに形骸化してしまって、年功序列でなく「年序列」で運用されてしまっ たからである。これでは役人の世界と同じで腐敗が始まる。不健全きわまりない。その反動で、米国社会の功利主義的能力主義の導入につながったのである(ちなみに年序列は筆者も嫌です)。

今、米国ニューオリンズを水没させた大型ハリケーン「カトリーナ」が大ニュースになっているが、残された人々は車が持てないために脱出できなかった貧困層の人々であった。ここに米国の縮図がある。彼らの子弟が高等教育を受けて大学に進学し、ウォール街のビジネスマンになる確率は限りなくゼロに近い。しかも それを何代にもわたって繰り返す閉塞した社会の中で暮らしているのである。
日本も、現在の大卒フリーター層の200~400万人の人々が貧困層として定着した時、その子供達の世代がスラム化すると筆者は心配している。
公務員と水商売以外で合法的かつ非福祉的な方法で富を再分配するしくみが必要なのではないかと思っている。
因みに、8月に発表された米国勢調査局によると、米国民の12.7%が貧困層に属すると発表された。

米国の貧困ラインの定義は以下のようになっている。

 4人家族年収の場合 19,037ドル(年収) 約209万円
 3人家族年収の場合 15,067ドル(年収) 約166万円
 2人家族年収の場合 12,334ドル(年収) 約136万円
 独身の年収の場合   9,645ドル(年収) 約106万円


これが世界一富める国の実態であり、MBAコンサル諸氏が憧れる米国社会の実情であります。
(竹中さんもグローバルスタンダードを推進させるその米国かぶれの1人か?)