【第11回】SEとコンサルタント -アリとキリギリスの寓話

よくコンサルタントとSEは似たような職業であり、同じ釜の飯を食べているように見られるが、これは全く異なる文化の職業である。両者がユーザーのもとで同じようなシステムを作ったとしてもその内容は全く異なる。
コンサルタント及びコンサルタントファーム(以下コンサル)を語るには、その本家本元ともいえるマッキンゼーの企業倫理を説明するのがいいかもしれない。
マッキンゼーの創業者はマービン・バウアーという人で、世界で最も企業倫理に厳しい会社と云われる組織を作って、マッキンゼーマフィアと呼ばれる有能な人 材を多数輩出した。その代表的な例がIBMのガースナー会長である。そのマッキンゼーの企業倫理とは以下のようになっている。


マッキンゼーにおける企業倫理 byマービン・バウアー

●プロフェッショナル・アプローチ
バウアーはコンサルの仕事を「聖職」(プロフェッション)と考えた。
そういう矜持を持って仕事をせよ、という意味である。
そのために、以下の3つの考え方が生まれた。

1.クライアント・インタレスト・ファースト=お客様のためになるかどうか考えよ
2.ファースト・ライン・オブ・ディフェンス=自分の感覚に合わない仕事はしない。自分の道徳律に反する仕事はしない
3.ノーブレス・オブリージ=儲ければいいということではない
 社内結婚禁止、親族入社禁止

●トップ・マネジメント・パースペクティブ
トップの視点で考えよ

●ワン・ファーム
全世界横一線人事、本社・子会社の差別はない


親会社と子会社で天と地ほどの差をつける日本の大会社では考えられないことだが、最後のワン・ファームは世界一律の公平な人事を行うために人事制度の維持に全精力の15-30%をかけるそうである。
こうした人事制度があって、バウアーのDNAが全社員に引き継がれ、仕事で判断に苦しむときは「バウアーならどう行動しただろうか」と考えると、大前研一氏が述懐しているほどである。
本来のコンサル及びコンサルファームはこのように人を育てる厳格な組織であった。決して転職を何度も繰り返して給与が天文学的に上がっていくような流れ者の集団ではなかったのである。
堀紘一氏の「知恵は金なり」では、現在の日本のコンサルには以下の4つがあると定義されている。

・先生コンサルタント
 売り物:特定業界の経験、特定手法の指導
 スタイル:定期的指導
 アウトプット:お勉強/知識
 価格:低

・戦略コンサルタント
 売り物:顧客企業に合わせた経営課題の解決
 スタイル:プロジェクト方式
 アウトプット:戦略提案(実行支援)
 価格:高

・定型コンサルタント
 売り物:特定手法による人事、IT、業務改善など特定分野のコンサル
 ティングスタイル:さまざま
 アウトプット:ワンパターン
 価格:中~高

・総研コンサルタント
 売り物:調査主体のコンサルティング ・業界動向、予測
 スタイル:プロジェクト方式(1人多数本)
 アウトプット:他社でやった調査の社名を変更した分厚い報告書
 価格:低~中

この中で、先生コンサル、戦略コンサル、総研コンサルはスペシャリティが高く、もともと人数も少ない。世の中でコンサルファームに属する大部分のコンサルが3番目の定型コンサルに相当する仕事に従事している。
そのSEとコンサルの人材は、宇宙人と地球人ぐらい共通性がない。そもそも、コンサルとSEの人作りが全く異なるからだ。コンサルの人作りの論理は「Up or Out」である。出世するか、さもなくば会社を辞めるかである。これは菊作りに良く似ている。
菊作りの特徴は、何百株もの株を一斉に植えていいものだけを残して、後は全て切ってしまうところにある。優秀な人間だけが会社に残り、あとは全て退社するという訳である。
当然中途採用者も多いし、基本的にコンサルのマネージャーに「人を育てる」という意識も業務もない。
それに反してSEは菜っ葉作り、菜作りである。
例えば、大根を育てる場合、新しい種(新人)を植えて1年もすると色々な大根が出来上がる。大きいのも2股になっているものも、細いのも小さいのも正しく 真っ直ぐなのも様々である。しかしそれはどれも許容範囲なのである。葉っぱだけというのでは大根の体をなさないので困るが、どんな形に育っても切っておでんに入れて大根として食べられればOKなのである。
それが菜作りの特徴である。

だからSEの2/3の仕事は「人を育てる」「部下を教育する」ということにあてられるのである。SEのマネージャーの義務は人を育てること(よく誤解されるが面倒を見るということではない)なのである。
そうやって技術を伝承しないと組織が滅びてしまうからである。SEの社会は基本的にはギルド社会ということができる。師匠(マイスター)から弟子に技を伝承する社会なのである。
そう考えると、コンサルという職業は選ばれた一握りの人々が生き残ってやるような仕事で、基本的に何百人何千人でやる仕事ではないのである。
組織が大きくなると、その要員の質は自ら低下する。それに加えて、その大人数食べさせなければ組織を維持できないので、例えばITコンサルなどの場合、本来中立的な立場で顧客の相談に乗らないとダメなのだが、コンサルティング料などというものはほんの微々たるものなので、その後にある何億円何十億円というビジネスを取るために特定のERPを導入するという方向に導かれてしまうのである。それで効果が出れば素晴らしいが、上流工程の単価の高い仕事をスマート にこなし、何十冊のバインダに紙の山を残して去ってしまい、その戦後焼跡の仕様を、もう一度何分の一の値段で下請けSIerが実システムとして再構築する、という事例が日本のあちこちで発生してしまった。
これを指して「コンサルの焼畑農業」と揶揄する言葉が生まれたのである。
その間にコンサルの給与はどんどん上がっていって、30代の後半には2,000万~4,500万という破格の給与に跳ね上がっていくのである。

ところが、世の中はそんなにいいことばかりではない。
失敗するシステムもあるし、満足な結果を出せないこともあるし、自分の技量をはるかに超える仕事を任されて病気になることもある。
そうして40歳を過ぎたコンサルは特別な能力もなく、前職の給与が高すぎて行き場をなくしていっている。
よしんば条件を下げて転職しても人を育てる頭が全くないのでマネージメントも出来ないし人もついて来ない。せっかくいい大学を出て優秀だった人材が40も近くなる頃には口先ばかりの仕事をするようになって落ちてゆくのである。筆者は職業としてのコンサルタントというのは有り得ないのではないかと思ってい る。
若いときに何らの専門職や現場に地道に勤務して何年も経験を積み重ね、そのキャリアを生かしてコンサルタントとして自立するというのは大いにありだと思うが、新人からコンサルファームに入社して何の専門性(公認会計士の資格を取っている人も多いが)も持たず、MBAや学歴で顧客に高度なノウハウやスキルやサービスを提供することは基本的に無理なのではないかと思っている。今の若手SEに聞くと、すぐ「コンサルになりたいです」と言う人が多いのだが、実務知識を持たずにそんな仕事に就いても選手生命が短くなるだけなのである。今の時代は定年が65歳まで延長されたので、少なくとも50代の10年間は現役で仕事ができなければ定年まで持たない。
下からの報告をジャッジするだけの管理職はもう生き残れないのである。
そう考えると、地味で地道であるが、20代、30代には基礎をじっくりと学び完成させなければならない。

アリとキリギリスという、イソップの寓話を思い出す。
急がば廻れとも云うが。