【第184回】東京すし物語 その5-あるマグロの原価計算

今年の初競りで278Kgの大間産の本マグロが、つきじ喜代村によって3億3,360万円の史上最高値で取引された。
本コラムでも、2001年の初競りで2,020万円で大間産の本マグロが落札された際に取り上げたことがあるが(第37回 東京すし物語 その3 -海のブランド物)、海産物の値段はかなり変化している。

 

例えば、シンコ。シンコとはコハダの子供で、コハダは出世魚なので魚年齢によって呼び名が変わる。
シンコ → コハダ → ナカズミ → コノシロ と変化する。コハダは2番目に若い魚体である。
寿司屋に行くとコハダばかり出てくるのでコハダ族は一生コハダかというとそうでもない。近年はコハダの子供のシンコがグルメの間で珍重されている。
通常シンコは 1貫3枚付けか2枚付けで食べるのだが、青山にある寿司屋「海味」の長野さん(故人)がグッピーよりも小さなシンコを10枚付けにしたものだから、小ささがどんどんエスカレートして5枚付けでも珍しくなくなってしまい、シンコはもともと希少なものだから値段も天文学的に上がってしまった。
そもそもグッピーのような大きさのシンコも1枚付けにするようなコハダも捌く手間は一緒である。シンコだからコハダより簡単におろせるという代物ではない。シンコ3枚付けはコハダ3尾分の手間がかかる。そのくせシンコは一貫に何尾ものせるものだから客はn尾分のコハダを一口で食べてしまう。
そのシンコを東京中の寿司屋が扱うようになったものだから、シンコは初荷でキロ8万円が最近当たり前になってしまった。筆者の行きつけの店ではキロ3万円位まで落ち着かないととても使えないと言っていた。
産地も九州から始まり、舞阪、名古屋(三河)と移り、8月頃に江戸(東京湾)が出回り始める。東京湾のシンコが(コハダも)皮目が柔らかくて最上と言われているが、8月の江戸前は台風との兼ね合いで毎年出るものでもない。出ない年もある。

 

そのシンコと同じように高いのがカラスミである。東京中の寿司屋と日本料理屋が扱うため、カラスミにするためのボラの卵が最近高騰してしまっている。
昨年辺りだと加工前の卵で1腹(2又になっているのですが)20,000円~25,000円というとんでもない値段になってしまった。大昔はタダ同然であったのに、ある雑誌でカラスミの作り方を特集したがために東京中の料理屋で自家製カラスミを作るようになってしまったのだ。

 

高くなった話しのついでに、前述の喜代村が落札した大間のマグロの原価を分析してみよう(ここは生産管理屋さんの本業なのですが)。

喜代村の経理部は、278Kgで6,000貫位取れると思っていたようだがそんなことはない。1匹の魚のうち、6割は頭と骨で使いものにならないのである(要するに6割が産業廃棄物である)。278Kgのマグロでもその4割位しか冊にはならない(すなわち寿司として握れないということである)。

そうなると、278Kg×0.4/60g(1貫辺りのネタの重さ)=1,853.33貫 

しかとれない(これは大トロも中トロも赤身も一緒です。実際には分類するので 大トロと中トロはもっと高価になります)。

3億3,360万/1,853貫=180,032円

1貫18万という値段になる。これはマグロのみの原価である。1貫=18万であれば、2貫で36万である。マグロ2貫で36万支払う客は日本ではまずいないだろう。ここまで天文学的だとまず商売にならないし客も本気で財布を持ってこない。

1貫60gは少し大きいので、50gで再度計算してみよう。

278Kg×0.4/50g=2,224貫
3億3,360万/2,224貫=150,000円

1貫15万である。2貫出されたら30万である。その客はマグロ以外は何も食べてない。実際には店側のご祝儀として1貫500円位で提供されると思うが、それにしても今年の値段はやり過ぎである。金より高いかもしれない。

 

ちなみに、前述したシンコはコハダとは全く違う味である。調味料(酢と塩)も同じはずなのに全く違う食べものである。香りもよい。
シンコは6月辺りから寿司屋のご祝儀として供されるものなので、客が「シンコを10貫くれ」と注文できる代物でもない。店側としては原価割れしてもご祝儀で出すものなのである。

 

寿司というのは一般的に考えられているのと違い、非常に季節感のある食べ物であるということができる。それゆえ、気候変動の影響を受けやすい。
黒潮の蛇行によって戻りガツオが取れなくなったり、ホタテやカキが貝毒を持つようになったり、閖上(ゆりあげ)の赤貝がダメになったりしている。サンマも南下しなくなったし、昔はサワラが取れなかった秋田で近年大漁にあがって「庄内おばこサワラ」というブランド名で売り出している。

 

食は歴史である。食は富でもある。

 

英国料理がまずいとはよく言われることであるが、筆者がロンドンに行ってみて思ったことは、理論通りであるということである。その理論とは、”貧しい国の料理はまずい”
そりゃそうである。食うや食わずでうまいもまずいもない。イギリスは先進国なのでみんなが貧しいと思っていないだけの話である。
ちなみに、インド人の富裕層の条件は今でも「太っていること」である。インド人の富裕層がたくさん集まるとデブの集団である。それは壮観である。その集団が体重100Kgの体を使って踊るものだからそれはすごい。中国人もびっくりして避けてしまうほど迫力がある。

というわけで、おいしいものがあるとか、その国の食事がおいしいというのはその国の富の写像であると言えるかもしれない。

 

たかがマグロでこんなに騒いでいる日本はリッチなのかもしれない。

 

ちなみに、「ナシゴレン」というインドネシア料理があるが、これはマレーシアで食べた方がおいしい。
ロンドンに行くと成年男子はチーズとワインとパンで十分生きていけることがわかる。野菜は高くても構わない。どうせ食べなくても死なないし。

 

現在1USドルは110円位であるが、食や生活の質を考えると本当にそうか?と思わざるをえない。
チップも払っていないのに満面の笑みで「ありがとうございます」と接客されたり、牛丼が300円位で食べれたり、コンビニですばらしいスイーツが100円台で買えたりする。本当に1ドル=110円か?と思わざるをえない。
鉄やPCを買うときだけ、1ドル=110円なのではないか?と思ってしまう。
筆者は為替の専門家ではないのでわからないが、貿易する品目を交換するレートが為替であって、為替が同じであれば生活水準が同じということではないのではないだろうか?
少なくとも食に関していえば、その民族の味覚というものがあるので時価に換算できないのかもしれない。

 

ともかくも、魚に億単位の金を払って単に驚くだけという日本人は世界に稀有な民族かもしれない。

 

<参考資料>
東京(築地/豊洲)のマグロ初競り 最高落札価格推移表