経済学に情報の非対称性(Asymmetry of information)という課題がある。
「情報の非対称性」という経済用語は米国の経済学者ジョージ・アカロフが1970年に発表した論文で初めて用いた概念である。

情報の非対称性の例としては、人材市場(就職市場)や中古車市場の例がある。
例えば、中古車市場では買い手が欠陥のある車とそうでない車を外見だけで区別することが困難なため、結果として良質の商品であってもほかの商品と同様な低価格がついてしまう傾向があったり、それがブランド的に有名な車種の場合には深刻な欠陥があっても高価格がついてしまう現象である。
その性質上、情報の非対称性を完全に解消することは不可能である。

現在の日本では○大閥の終焉がこの問題の中心となっていることに人々は気付いていない。
○大卒業生が優秀でなくなった、もしくは秀才でなくなったことは当の○大卒業生も気付いていない。
それは10年前、20年前と比較しようがないからだ。
当人が比較しようのない情報の非対称性はむやみやたらに採用してきた○大閥企業に深刻な激震をもたらした。
すなわち「○大閥の劣化」である。これは日本の「学歴の劣化」と呼んでもいいと思う。

この学歴の劣化は入社してから20~30年経たないと、その結果や悪影響が現れないところが深刻な問題なのである。
要するに、新入社員の時代は劣化していても影響がなかったのである。
ところが、その新入社員が中堅社員に昇格する(そして優秀な先輩が退職したあとのことであるが)頃になって問題が露見するのであるが、全体的な事象であるので個々の原因が分からない。
技術力が低下しているとか、何をやってもうまくいかないという結果でしか事態は分からないのである。

筆者は、伝統はあるが長期的に劣化している企業を何社か知っている。だがそれはどうすることもできない。「閥」とは既得権の集合体なのである。
この既得権の集合体が自らの意志で解体できるとは思えない。従って「○大閥」の企業はこれから株価が下がったり業績が悪化するのである。これは1年後、2年後に起こる事象ではないので投資情報としては役に立たない。
なぜこういうことが起こるかといえば、彼らが作られた秀才であるからなのだ。
一部の有名予備校によって受験テクニックを練磨して作られ難関の試験を突破して作られた(言い換えれば金によって作られたですが)秀才であって、決して教養や知性や生来持って生まれた資質が優れていたわけではないからである。
その化けの皮が集団ではがれただけの話である。

この「学閥」とは厄介なもので、その機能が劣化してもその権力構造は不変である。
従って、歴史や事実による組織の自浄作用もまったく働かない。
学閥は劣化し続けてその寄生し続ける組織とともに滅びるだけなのである。これには歴史は関係ない。
思えば、先進国の中の伝統企業の中にはこういう修正不能の構造を持った組織が案外存在するのかもしれない。

学閥という名称はなくとも、かつての米国のGMは独特の雰囲気というものがあって、それが伝統的にその企業を支えたのだが、その雰囲気がなくなってもその雰囲気を再び再生できないし、また、雰囲気がどう劣化したのかは分からない。
かつてのデロリアンが異端児だったのは、アルフレッド・スローン・ジュニアが作ったGMの独特の雰囲気に原因があったように思う。

法人は人間の死を超えて生き続けることのできるものである。その人間の死を超えたところに新しい人々の新しい考え方や価値観が必要なのである。どんな強固な組織でも必ず滅びるのである。人の生命とその組織の価値観は必ず連動するものなのである。
日本を代表するような企業群がいま滅びようとしているが、筆者にそれを止める方法はない。また強力なリーダーが現れてもそれは無理であろう。

人材の情報の非対称性の向こうに伝統企業群の未来はない。