【第180回】新金持ち物語

これは自分がどんなに金持ちか自慢するために書くものではない。
また、以前書いた、河上肇の貧乏物語のオマージュでもない。
例のパナマ文書の発表で、世の中にはなんと天文学的な金持ちが存在するということがわかって、それならば若い諸君がこれを目指すため(もちろん合法的にである。オレオレ詐欺で稼いでみても意味がないので、あくまでも合法的にではある)の大金持ちになるためのマニュアルとして作成した。

まず、野村総研の分類によると、1億以上の金融資産を持つ人を富裕層というらしい。
日本には50万人位いるそうだ。その上、5億以上の金融資産を持つ人を超富裕層と呼ぶらしい(金融資産には土地や建物などの換金性の低い資産は含まれません)。

まずは超富裕層5億円を目指してシミュレーションをしてみよう。
A君はスーパーエリート。生涯をかけて超富裕層を目指すこととしよう。
まず大学を出て、初年度の年収が4,000万円。これにより手取りは約2,000万円。生活費は収入の割には切り詰めて500万しか使わないとしよう。これで年間の貯金額は1,500万、この4,000万の収入のサラリーマン生活を60歳の定年まで続けると、10年で1億5,000万、30年で4億5,000万貯まる。
まてよ、初任給から年収4,000もらっても超富裕層になれない。これはどうしたことか。しかも22歳の頃からまったく生活水準を上げなかったにもかかわらず、超富裕層にはなれない。

トマ・ピケティは、r>g と言った。
この不等式は、常に r>g の不等であることが重要なのだ。
彼はこの不等を解明(証明)するために、あの数百枚の大著に及ぶ17世紀からのヨーロッパの資本主義を概観したのだ。

r>g(r=return:株主資本からのリターンである。g=growth:賃金等の正常な経済成長である)、これが歴史に常に「不等式」であることを主張したかったのだ。「≒」ではなく、「>」なのだ。
本来は「=」であるべきものなのだ。それによって富の偏在が明らかになった。

世界の1%(正確には62人)の超富裕層の持つ富が、世界の富の50%を占めるところまできてしまっているという異常事態に警鐘を鳴らしたのである。
富の偏在は何によってもたらされたのか?
それは資本主義とも呼べるし、資本主義でないとも呼べる。これは工業化社会を超えて成熟した先進国の究極の姿である。
先進国は新興国に圧倒されて、徐々にモノを「自分で」つくらなくなる。
これは最初は繊維・衣料であった。この分野を軽工業と呼ぶ。次第にその製品レベルは新興国にキャッチアップされてきて、レベルが上がる。軽工業からハイテクや重工業に移行するのだ。それらはいまや、半導体、液晶、携帯、パソコン、船にまで及ぶ。もはや新興国がまともにつくれない製品は、自動車以外にないのである。
その自動車も、やっちゃえ、という掛け声とともに技術を捨てて電気に走っている。これによって、新興国がつくれなくなる領域はなくなってしまうのである。

冒頭の話しに戻るが、富裕層どころか、超富裕層を生み出すのに大学を卒業してから年収4,000万もらわなくてはならない。年収4,000万もらい続ける(30年間)ためには就職しなくてはならない。すなわち、働かなくてはならない。すなわち、フリーターではダメなのだ。
では、MITや東大を出ても皆が働けるか?製造業がなくなった21世紀の先進国の日本では仕事はない。金利計算とカレンシーの計算にそんなにたくさん人は要らないのである。
要するに、日本が新興国に負けて工業国を脱落してからは、職業がないのである。
せっかく大学を出てもチャンスがないのである。それはすなわち、ソウル大をせっかく卒業してもサムスンに入社できなかった韓国人の若者に似ているかもしれない。それ以外の人生はすべて失敗なのである。

今そこにある危機は、トップが億単位の報酬をもらっていることではない。それが10年後にまったくなくなることこそ本当の危機なのだ。皆そのことに気づいていない。
やっちゃえ、と言うのはかっこいいが、その後、自動車をつくれなくなったら、誰が責任を取るのか?困った人や途方に暮れた人々を誰が助けるのか?
それが資本主義というなら、資本主義かもしれない。そうであれば誰も予定調和の人生なんて送らなくていいのである。やっちゃえ、ならば塾に入る必要もないし、東大もハーバードのMBAもMITも卒業する必要がないのである。
皆、コマーシャルを見ながらそのことをわかっているのだろうか?
筆者は、やっちゃえ、の重さがきちんと伝わっていないような気がするのだがいかがなものなのだろうか。

ちなみに冒頭の How to 超富裕層の話に戻ろう。
そもそも初任給から年収4,000万もらって超富裕層になれないということはまともに税金を払ってはいけないということなのだ。
皆さんは超富裕層のユダヤ人がしきりとグローバリズムを主張していることに気づかないだろうか?グローバリズムとは何がいいんだ?なにが素晴らしいんだ?その説明は一切彼らからはない。
要はこういうことである。

グローバリズム即ち—->国をなくす。即ち—->税金をなくす。

これ、GoogleやAmazonの多国籍企業やパナマ文書のタックスヘイブンの話ではない。合法的に税金を払ったら超富裕層にはなれないということなのだ。
これから超富裕層を目指す若きエリート諸君、学ぶべきはグローバリズムである。
いかに税金を払わずに、国家の庇護と行政サービスを享受するかがカギになる。頑張ってくれたまえ。