【第170回】理想の会社

独立時の3つの目標
筆者は、クラステクノロジーという小さなソフト会社を経営している。
どんな会社かと言えば、ECObjectsという製造業向けのパッケージを開発・販売することを生業としている。日本でも希有なパッケージの専業メーカーである。
筆者自身は、現在の会社で約18年、サラリーマン時代が約12年なので約30年近くSE稼業を続けてきたといえる。
その間に汎用機からオープンになり、インターネットが普及し、ERPが全盛になり、ベンチャーブームが到来し、クラウドが登場したりして、この業界もずいぶん変わったものである。
幸いにしてか不幸にしてか(たぶん不幸にしてだが)筆者の会社は中小企業のままなので、筆者は運転手つきリムジンで出社して六本木ヒルズに住めるような身分にはならなかった。
そのおかげ(?)で今でもSEとしては現役で、設計もすればプレゼンもするし、資料もすべて自分で考案して作成する。ときにはサーバーを立ち上げたりもする。
筆者は37歳で大手のSIerから独立したのだが、その頃はベンチャーという言葉がまだ世の中に普及していなかったので、会社を作った目標はIPO(株式公開)ではなかった。
サラリーマンが独立するからには何かしらの目的があって独立するわけであるが、筆者の場合、3つの目標があった。
それが当時の筆者の思い描いた“理想の会社”の姿だったのである。


パッケージ・非下請け・非派遣
1つ目の目標は、パッケージベンダーになるということであった。
自分たちの商品、プロダクトであるパッケージソフトウェアを開発して、それに付帯する仕事を行うということである。
これは大変難しいことである。まず、パッケージ(あるいはソリューション)を開発するコンセプトと開発力と資金が必要になる。人選を間違うと開発費をドブに捨てることになる。
次に、それが何とか工面できてパッケージができあがったとしても、今度はそのパッケージを世の中に認知してもらわなければならない。
ここに一人の美しい女性がいたとして、彼女が「自分は女優です」と宣言したとしよう。演技はできるし、姿も美しいかもしれないが、それだけでは彼女は女優 にはなれない。女優は当人が認知するものではないからだ。周囲の人間が女優と認識して初めて女優となるのである。テレビに10回以上出たとか、ギャラが 100万を超えたとか、舞台で主演を務めたとかは関係ない。とにかく、周囲が女優だと認めないと女優にはなれないのである。
パッケージベンダーも同様である。いくら優れたパッケージを開発して販売しても、世の中に認知されなければパッケージベンダーにはなれないのである。
2つめの目標は、下請けの仕事をしないということである。
誰かが設計した大システムの一部のプログラムをn人月、n万円で行って、エンドユーザーの顔も分からなければ大元のシステムの姿も分からないような下請け 仕事をしないということである。すべての案件はエンドユーザーに対し、提案書作成から始まって要件定義を行って設計を行い、それに従いプログラム開発を 行って本番および保守までサポートするということである。アプリケーションのライフサイクルを全うするということである。これは安定とは正反対の態度で、 派遣中心のソフト会社が農耕民族だとすれば、弊社は狩猟民族の会社ということになる。
ただしこれは、会社が小さいのに態度がでかいということではない。強烈な宮大工集団になるということだ。ゆえに我々は施主の意を汲んでだれも建築できないアーキテクチャを創造するのである。
3つめの目標は、出向や派遣を一切行わないということである。
すべての社員が自社に所属し、自社で働き、自分の机を持つということである。IT業界のほとんどすべてが、客先に常駐する人材派遣のビジネスモデルで成り 立っている現状を否定したのである。常駐客先の都合によって、仕事がコロコロ変わる便利屋ではなく、仕事のテーマ、ソリューションの課題にきっちりと取り組む、仕事をするということである。そして、自分の会社と仕事に誇りと自信と帰属意識をもつということである。


そうは問屋が卸さない
実は現在では、これらの目標はほぼ達成されている。
自分たちの製品を世に出し、出向派遣もなく、エンドユーザーと対話しながら上流工程から一貫した仕事を行うという会社ができあがったわけであるが、弊社の 社員はそれが当たり前だとして育っているので、そのありがたみが今ひとつ理解されてないような気もするが、とりあえず当初の3つの目標はほぼ達成された。
それで理想の会社になったかといえば、そうは問屋が卸さない。“事故”の問題である。
受託開発をやっている会社は必ず何件かは事故案件を抱えているはずである。弊社も長年事故案件に苦しんできた。
“事故”とは、いわゆる納期遅延や予算オーバー、客先からのクレームの総称である。弊社も年間大小併せて何十というプロジェクトを仕切っているので、“事故”と呼ばれる納期遅延や予算オーバー、客先からのクレームの案件が毎年発生した。どうやったら事故のない、すべての仕事がうまくいく会社を作れるか?こ れが次の課題となった。
納期や予算がオーバーする理由はさまざまである。オーバースペックによる予算オーバー、品質の悪さからくるクレーム、納期遅延、お客様とのすり合わせ不足のための要件の未達、品質不良、予算オーバーによる開発の中断等々、SE側に原因があることもあるし、お客様側に原因があることもある。それも含めて事故のない会社を作れないものだろうかと筆者は考えたのである。
原因に対して何をするかは決まっていたが、政治的にすぐに実行できない事情もあったのだが、いくつかの方法を組み合わせてみたところ、現在では、この2年間はほぼ事故トラブルはゼロで推移している。これがもしもう1年続くようであれば筆者の理論は正しかったと言えるかもしれない。
皆さんは“そんなの嘘だろ?”と思うかもしれない。そんな方法があるはずはないと思われるかもしれない。そんなやり方があるのならとっくに実行しているわい、と仰るかもしれない。
筆者はドキュメントを工夫したり、会議体を工夫したり、ホウレンソウやソフトウェア工学に関する改革は一切やっていない。それゆえ、弊社の社員もなぜ事故がなくなったかは全部はわかっていない。
ただ、複数の方法を組み合わせただけである。
この連載が終わる頃には、無事故が証明できているはずなので、約3年間無事故であったならば、その方法を紹介してみたいところである。


※本記事はIS magazine創刊2号に掲載されたものです。(c)ISmagazine 2014