【第161回】日本の経済は本当にダメなのか?

現在、黒田日銀総裁の金融緩和やアベノミクスが連日連夜新聞をにぎわせている。
首相が交代しただけで大した金融政策もやっていないのに円が安くなって株価が上昇したり、 日銀の総裁がインフレターゲットに同調しただけでデフレを脱却しようとしている。
そこから約半年。現在は大胆な金融緩和により国債購入等で市場に従来の二倍の円を発行しようとしている(5月2日現在)。 20年以上続いた100年ぶりの日本のデフレを克服するために金融緩和(リフレ策)を行おうとしている。 これは金融政策の壮大な実験である。
リフレとは何ぞや?(以下引用)


リフレーション(英: Reflation)とは、デフレーションから抜け出たが、本格的なインフレーションには 達していない状態のこと。 略称はリフレ。日本語では通貨再膨張とも訳される。 リフレーションを起こそうとする政策をリフレーション政策(リフレ政策)といい、 これはアメリカの経済学者であるアーヴィング・フィッシャーが提唱した不況下における設備の遊休あるいは失業(遊休資本)を克服するため、マクロ経済政策(金融政策や財政政策)を 通じて有効需要を創出することで景気の回復をはかり、他方ではデフレから脱却しつつ高いインフレーションの発生を防止しようとする政策である。 言い換えれば、年率換算にて数%程度の緩やかで安定的なインフレ率を持続させようとする政策である。
(以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部引用)


現在のアベノミクスは専門の経済学者でさえ意見が分かれるような神学論争の真っ只中にある。 これほどの長期のデフレを克服する完全な金融政策理論が存在しないからだ。
そもそも、20世紀はインフレの世紀だったので金融理論も金融政策もインフレを抑えるための理論しか議論されてこなかったのである。 そういう意味では100年ぶりのデフレ時代を20年以上も過ごした日本は絶好の経済実験場なのである。

筆者が生きた前半生でもデフレは経済の教科書の中で言葉としてしか存在しなかった。ゆえにこのデフレから脱却する方法は経済学未踏の領域なのである。
金融緩和論者をリフレ派と呼んでいる。学習院の岩田規久男教授やイエール大学の浜田宏一教授などがその代表選手である。
方や、日銀の白川元総裁は慎重論者で日本の長期のデフレに対しては金融緩和策はほとんど実行しなかった。
国債を大量に購入すれば、日銀のバランスシートはすぐに膨らむはずであるが、 日銀のバランスシートはリーマンショック以来23%くらいしか膨らんでいない。
先進国の中央銀行が軒並み、200%、300%の金融緩和によるバランスシートの膨張を見たのとは対照的な結果となっている(FRBは214%、イギリス中央銀行は282%、 問題だらけの欧州中央銀行でも108%拡大している) 。世界で唯一かつ独自の金融政策である。

その結果、日本の経済はリーマンショック以来の長期に渡る円高と株価が1万円を切る歴史的株安が3年以上も持続することとなった。
その間、韓国と中国に為替で負けた日本は、円高に弱い半導体産業と家電産業と造船産業を失うことになってしまったのである。
やってみたことのないこと(金融緩和)には強い光と影が存在する。
光は劇的な景気の回復である。 影は円の暴落と国債金利の高騰(ギリシアやスペインのような)による国家破綻である。 日本のような経済規模になるとIMFでも簡単には救済できない。

アベノミクスによって起こる最大の悲劇は以下のようなものである。
以下は経済小説家の橘怜氏の意見を引用する。(以下引用)


市場で起きる出来事は将来のシナリオをかなり限定できます。
第一に、日本経済の未来には、次の3つの可能性しかありません。
 ① 楽観シナリオ アベノミクスが成功して高度経済成長がふたたび始まる
 ② 悲観シナリオ 金融緩和は効果がなく、円高によるデフレ不況がこれからも続く
 ③ 破滅シナリオ 国債の暴落(金利の急騰)と高インフレで財政は破綻し、大規模な金融危機が起きて日本経済は大混乱に陥る
第二に、経済には強い継続性(粘性)かあります。
仮に③の「破滅シナリオ」が現実のものになったとしても、それは次のような順番で進行するでしょう。
 第1ステージ 国債価格が下落して金利が上昇する
 第2ステージ 円安とインフレが進行し、国家債務の膨張が止まらなくなる
 最終ステージ(国家破産) 日本政府が国債のデフォルトを宣告し、IMFの管理下に入る
(以上、橘怜の日々刻々から一部引用 )


以上は、日本が国家破産すれば年金はちゃらになるし、円も紙屑になるという予測である。 隣の韓国がつい10数年前に経験したことである。 国債をほとんど保有しているのは銀行であり、その銀行が破綻すれば預金は当然なくなるという理論である。 爪に火を灯して貯めた財産 (お金)が一夜にして紙切れになるという予測である。

そもそも通貨とは何か? 通貨とは貨幣とも呼ばれ、最も一般的な呼び名は「お金」である。
通貨とは、通常貨幣の略で、国家などによって価値を保証された決済のための価値交換媒体である。 政府はこの通貨によって税金の徴収を行い、商売の決済、蓄財、貿易の決済に使用される。 もともとは金の兌換を保証して人間が意図的に作ったものなので、 一種の安定した社会制度に立脚しており、 絶対的なものではない。 発行母体の国がなくなれば通貨もなくなり、それに換算された富も消滅する。
つい最近まで1ドル70円台の円高であったが、 1ドル70円だったものが1ドル100円になったとすれば、1ドルにあたり30円も儲かることになるので “円が高くなった”と思うのだが、なぜか“円が安くなった”と表現する。1ドル100円が1ドル50円になったら1ドルあたり50円損するので “円が安くなった”と思うのだが、なぜか“円が高くなった”と表現している。 1ドル70円という表現はドル中心である。
円中心の表現ならば、1円=0.0142ドル と表現すべきなのである(1ドル99円なら1円=0.01ドル)。 従って、1円が0.0142ドルから、0.01ドルになったと表現すれば、 1円あたり 0.0042ドル損したことになるので、やっと“円が安くなった”という表現が成り立つと思うのだ。
あくまでも主人公は円なので円が(ドルに対して)“弱くなった”とか、 円が(ドルに対して)“強くなった”と表現すべきではないかと考えている (今更遅いですが)。

このように通貨には売るときと買うときでの立場の違いがいつも存在する。 通貨を貿易の決済の立場と、輸入消費の立場で考えるのとでは価値観がまるで異なるのである。 高いとか安いとかで本当に表現される世界だろうか?
筆者は常々疑問に思っている。 ただ日本経済は、貿易に15%しか依存せず、85%が内需なので韓国のように円高が即座に日本の国益に全面的にマイナスになるということではないのだが、現実的には極端な円高は、経済にマイナスの影響をもたらしていると感じるのである。 人間の心情として昨日よりは明日がよいというのが明るい未来である。
従って、“物価が上がらない”よりは、“給料が上がる”方がより幸福を実感するのである。 すべてプラスマイナスでは説明できないのである。
日本の通貨、円の安全性 お金の用途のうちの重要な機能の一つが蓄財性である。 通貨がなければ貴金属(金、プラチナ、銀、ダイヤモンド、等々) 以外で自分の 財産を保持する手段はない。
そのお金の価値が暴落する事件が最近起きた。 キプロスである。事の発端は以下のようなことにある。


昔々、地中海にキプロスという小さな島がありましたとさ。 そこにはトルコ人とギリシャ人が住んでいて、南のギリシャ人の国がユーロに 加入しましたとさ。
その島はタックスヘブンの島でロシアからたくさんのマネーロンダリングのための 資金が流入しましたとさ。 その中には、プーチンの裏金やロシアンマフィアの しのぎなどアングラマネーが GDPの8倍(約10兆円)も流入したんだとさ。
キプロスの銀行は流入した多額の資金の運用に困り、ギリシャの国債をせっせと 買ったとさ。
そのギリシャの国債が紙くずになってしまったとさ。 その連鎖でキプロスの銀行も倒産しそうになったとさ。
そこで100億ユーロの支援 と引き換えにロシアのアングラマネーを一方的に召し上げたんだとさ。 ロシアのアングラマネーは行き先を失って大損したとさ。 めでたし、めでたし。


通貨が安定していないということは、その国民の財産が保障されないということを 意味する。
日本の円はいわゆるハードカレンシーと呼ばれる世界最強の通貨のうちの1つなのである。
ハードカレンシーとは、国際通貨とも呼ばれ、世界の外国為替市場において、 他国との通貨と即座に自由に交換可能な通貨のことを指す。
例えば、商品の代金として、300億オーストラリアドルを受け取っても即座にドルや円に 変換することはできない。決済に数ヶ月を要するのである。 その間にドルや円の価値が変動するリスクがあるので、こうした通貨はソフトカレンシー と呼ばれ、通常は国際貿易には使われない。
中国元もその意味ではソフトカレンシー であり換金性は低い。世界の通貨でハードカレンシーと呼ばれるものは、米ドル (USD)、ユーロ(EUR)、 日本円(JPY)、英ポンド(GBP)、スイスフラン(CHF)、 カナダドル(CAD)しかない。 国際的に富を蓄積し、あるいは持ち運ぶ手段は このハードカレンシーしかないのである。
あとは金やプラチナに代表されるような現物である。
そう考えると、円の貯金というのは世界最強の通貨の貯金であるから、人類全体から 見ても安全度の高い貯金ということになるのである。

日本の貿易赤字 財務省の発表した2012年度の貿易収支は、8兆1,699億円の赤字であった。 これは前年度の赤字4兆4,220億円の約2倍である。双方とも統計を開始した1979年 以来の最大の赤字を記録している。
ニュースでは以上のような報道を行って、このままで行くと日本が米国のような赤字大国に転落して年金も破綻するような印象を与えているが、 2011年末時点で見ると、 日本の対外純資産は253.1兆円で、諸外国の中でトップである。世界最大の債権国 なのである(ちなみに、2位は中国137.9兆円、 3位はドイツ93.9兆円で、米国は-201.3 兆円)。 その利益収入だけでも月1兆円なので日本は何もしなくとも12兆円黒字国なのである。
従って、貿易収支で恒常的に赤字国になるためには毎月1兆円以上の赤字を垂れ流さなければならないのである。

筆者がこれで何を言いたいのかと言えば、日本の経済は新聞が報道するように悪くないのである。
いまのところは貿易収支だけが赤字で全体ではまだ黒字なのである。 ここは米国と立場がまったく異なるところである。 赤字大国の米国の方が経済だけからみれば日本よりよほど国家破綻に近い。 日本の新聞は“経済”とタイトルがついてもそのことを書かない。

日本の借金と年金破綻のウソ
現在、日本の借金はGDPの約2倍の1,000兆円位になっている。 これには実は財務省のトリックがあって、債務残高というのは債権残高と相殺して考えなければならないのに 財務省は債務残高(借金)のことだけ高らかに宣伝して、 債権残高に関しては全く言及しない。
実は、日本の国家のバランスシートを見ると、日本は600兆~700兆の資産があり、 純粋な債務は300兆~400兆である (資産の内容は換金性のたかいものとか吟味は必要ですが)。
財務省が国の借金を声高に宣伝する背景には、最近には消費税や所得税への理解 (説得?)を求めるためのものである。“借金で首が回らないので税金あげてもいいよねー?” という 免罪符である。
だが、それだけではない。 もっと狡猾な意図が筆者はあると見ている。 それはズバリ、“日本の老人(筆者も含めた50才以上のジジイ?)にカネを使わせない”ということである。
このままでいくと年金が破綻するとか、国の借金が多くて日本が破産すると言えば、大部分の日本人は 老後が心配でお金を使わなくなる。 日本の個人金融資産の90%以上が50歳以上の高齢者であるから、その人達にお金を 使わせないようにして相続税を上げれば、1,400兆のかなりが税金として国家に収納される。 今後20年以内に人口の最大勢力である団塊の世代が鬼籍に入るのでこれは取らぬ狸の皮算用 ではなく、取る狸の算段である。
現在、日本の国債は老人が銀行に預けたお金で銀行が購入している。 老人が亡くなったら、その預金は相続税で召し上げることができるので、 国は国債をチャラに出来るという仕組みである。
そのために、老人からもれなく相続税を召し上げるために、国は続々と制度を 改悪している。
直近の改正では、平成27年1月1日から基礎控除が縮小されるし、最高税率も引き 上げられ条件も厳しくなっている(筆者コラム 第73回「国家の罠」第49回「相続税と国の借金のミステリー」 参照)
日本の負債は400億位だから相続税で個人金融資産1,500兆円から20%から30% くらい召し上げれば大丈夫というシナリオである。
問題はその団塊の世代が全員死ぬまえに国家破産しないかという時間との戦いである。

最後に、円以外の逃げ場はあるか?という問題であるが、筆者はないと思う。
例えば米国と同じ物はマックしかないので、同じお金で両国をイーブンに比較することはできない。
最近もマレーシア移住がはやっているが、家賃だけを比較しても何の解決にもならないことを みんな知らない。
例えば、日本で3万円の安アパートに住んでいる人が、米国で月300ドルのアパートに住んだらどういう ことになるか?
日本に住む分には単に住居がボロいだけで済むが、米国でそういう安アパートの地区に住むとまず 毎日の命が危ない。治安が悪いのだ。 家賃は同じかもしれないが、交通事情、治安、ご飯の味のレベル、いろいろなサービス、医療、 すべて劣るとみて間違いがない。 そもそも米国に美味しい物はない(NY、LA、SFの一部の高級レストラン&napa?)。
従って、10ドル1,000円でも、日本で1,000円 で食べられる食事の質と、米国で10ドルで食べられる質は同じではない(量は米国の方が多いかもしれないが)。 毎日マックやケンタに行かない限りは日本と同じ生活の質を米国で体現することは不可能である。
それでも1ドル100円か?と問われると筆者は釈然としないものを感じる。 ドルやユーロに資産を移しても、治安の悪い国で治安を確保するために要塞のような住宅地 (デスパレートな妻たちに登場するような町です)に恥ずかしくない ような豪邸を立てて、その建坪が日本より広い、うさぎ小屋でないと広さに喜ぶしかないのである。
安全を金で買う。衛生を金で買う。サービスを金で買う。接客やサービスを金で買う(チップのことです)。 これらの目に見えないコストは為替レートには折り込まれていない。
そうなると、日本で1,000万の老後生活は米国の10万ドルの生活と“質が”同じではないのである。
従って、円が暴落して日本が国家破産しても、安住の地は外国にはないと見るべきであろう。 我々はここにいるしかないのである。他に住めるところはないのである。
日本人は海外に移住しても老後に戻ってくる人が多い。筆者もそんな人を何人も知っている。 現地に家を買おうがグリーンカードを持とうが最後には帰ってくる人が多い。極めて多い(奥さんが現地の人で60才以上だと難しいみたいですが)。
方や、中国人は絶対に中国に戻らない。ビックリするほど戻らない。 彼らは名前も欧米風(ジャッキーとかブルースとかマイケルとか)に変えてしまう。 実は過去も現在も中国の最大の輸出品は”中国人”なのだ。 これは世界における華僑社会(チャイナタウン)の形成と不可分ではない。
筆者ももう人生の半分をとっくに過ぎたので、円よりドルがいいと判っていても、ユーロが有利だとしても 日本がいいと思うのである。
外国にはいろいろな用事でしょっちゅう行っているが、どんな高級リゾート の5つ星ホテルにいても普段の日本の生活の方がいいと思うのは年老いた証拠であろうか? それともダイナミズムが失われたせいであろうか?好奇心は相変わらず人一倍強いのだが、世界の どこにも住みたいとは思わない。米国の豪邸を見てもあまり羨ましいとは思わない。 掃除するのが面倒だな とか買い物が不便でなおかつ自分の調理したい素材が思うように手に入らないところで暮らしたいとはまったく 思わない。
なおかつ、見えない人種差別や階級差別があって極めて面倒くさい社会ばかりである。 階級社会でバラモンやクシャトリアや伯爵や両班だったら楽しいかというとじつは面倒なだけでちっとも楽しくない。 階級コストは実に半端でないのだ。実に不便で不自由なのである。 3万円の家賃で3億の豪邸の住人と同じ街(ほぼ同じ街)に住んで命の危険が全くない日本と 同じ国はブータンくらいしか ないのではないだろうか?
そう考えると、同じ値段で家の広さを比べたり、マックの値段を比較したりすることにほとんど意味はない。
為替だけでは人は移動できませんな。 マレーシアでゴルフ三昧で毎日ラクサを食べて幸せになれますか?物価が半分でも割に合いませんぜ? 経済には不条理な要素もあります。