【第151回】35歳定年説の真実

この業界には昔から(黎明期から)35歳定年説というのがあった。
この説には二つの解釈があって、プログラマの選手生命が35歳であるという説と、SEの選手生命が35歳であるという説である。
実は筆者は長い間、35歳定年説など嘘だと主張していた。野球選手やサッカー選手じゃあるまいしそんなバカな話があるかと思っていたのである。
ところが最近その事情が変わってしまった。

ちなみに35歳という数字がどういう年齢かというと、昔の寿命に立ち返って考える必要がある。
昭和の初めころまで、もともとの日本人の平均寿命は50歳で、織田信長が好んだ「人生五十年。下天のうちに比ぶれば夢幻のごとくなり」(ちなみにこれは能 ではなくて幸若舞という芸能にある『敦盛』の言葉です。能の『敦盛』にはありません)にあるように50歳で皆死んだのである。それゆえ江戸時代のご隠居さ んというのは皆40代であった。決して60過ぎではない。
そう考えると35歳が日本人の能力のピークであってもおかしくはないのである。
ところが現代のビジネスマンは寿命が伸びて定年が延びたために65歳まで現役でいなくてはならなくなったのである。35歳ではまだ半分にもならない年齢なのだ。現役生活が寿命とともに延びてしまったのだ。

筆者はプログラマ35歳定年説を信じていて、このような解説を加えていた。
プログラマの給料は、1Step,1Stepの生産性に比例する。すなわち、1000行書いて 1万円だとすれば、2000行は2万円、5000行は5万円、1本10万だとすれば10本作れば100万円である。
したがって、同じ生産性ならば、長い間労働すれば高いアウトプットが出せ収入が増えるしくみなのである。
それゆえ、若い頃は徹夜に近い仕事をして大量の仕事をこなして高い給料(残業代?)をもらうことができた。
それが35歳位になると(35歳は大抵のスポーツ選手が引退する年齢です)、体力が下り坂になってきて、徹夜や残業ができなくなる。昨年まで1ヵ月で 10本組めたのに35歳を過ぎてからは1ヵ月に5本も組めなくなった。体力も若いころのようにないし、収入も下り坂である。そこで限界を感じてIT業界去ってしまうことになる。
それが35歳定年の本質であると考えていた。 そしてそうならないためには(35歳で定年しないためには)、早く体力勝負のプログラマを卒業し、頭脳で仕事をこなし、時間の制約を受けないSEに昇格しなければならないのだと主張してきたのであった。

“あった”と書いたのは、それが間違いだったと最近気づいたからである。
最近、自分が50歳を過ぎて周りを見渡してみて初めて分かったことがある。同じ世代で現役がほとんどいないという厳然たる事実である。
プログラマかSEかは問わず、間違いなく大部分の人が40歳を過ぎると、技術など何もない普通の人となり果てるという事実である。
大部分というのは90%以上かもしれない大部分である。
これからの人生長いのに何で現役でなくなるの?という状態になるのである。
40歳を過ぎると、画面設計もできなければ、DB設計もできないし、帳票のデザインもできず、ましてプログラムなどは全く書けなくなるのである。
誰が何と言おうとこれは事実なので認めざるを得ない。目の前のファクトがそう語っているので認めざるを得ない。
この真実を見る限り、IT業界はサッカー選手のように選手寿命が短く、将来性のない業種と言うことができる。
普通に天然にやっていて40歳を過ぎると普通の人になるのに、それに輪をかけて大企業や大手SIerではさらに選手寿命を短くすることが行われている。

筆者もかつて経験したことであるが、大手SIerはコスト構造が厳しいので、新人でも社内原価は月単価100万を超えるところが多い。
そうなると、自分が直接お客様からお金をもらう仕事をしていると赤字になる(新人に100万支払うお客さんは今時いません)。それで、たくさんある案件を外注に丸投げしてその利ざやで儲けるというビジネスモデルが続いた。
それゆえ、30歳位で主任位になる頃にプログラムを組んでいたりすると、出世しないやつと思われ、「まだプログラムなんか組んでるの?マネジメントやらなきゃダメだよ」と指導されるのである。
そうやって若い頃から実務を離れるので、大企業にいると35歳位でプログラムも組めなきゃ設計もできず、ITのことはサッパリ分からないが金勘定と人操り と外注管理だけは上手いという人材ができあがるわけである。大手SIerの上から40%はこのような人材で構成されていると見てよい。
40歳過ぎてIT知識もなければ提案もできない、設計もできない、プログラムも組めない人材が大量に輩出されるわけである。これでIT業界にいられる方が不思議である。
それでも仕事がふんだんにあった時代は、部下や外注に仕事を投げれば自分の手柄になってなんとか数字を達成することができたのだが、現在のように仕事量が減ってくるとその糊しろがなくなって、会社にとってはただのお荷物でしかなくなってしまうのである。

下記のレポートに象徴されるように現在はIT不況の時代なのである。

■日経BP社 ITPro 「IT業界の変化に適応するために」
 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20110221/357437/?k2

 

■管理職の悲劇
20110624SE

ところが、大手SIerではなく、中小にいて実務から離れていないはずなのに、40過ぎたらただの人になってしまう理由はなぜだろうか?
筆者は現在でも画面設計もDB設計も提案書も作るので現役であるが、昔の同期や後輩はもうとっくに現役から退いている。しかも50歳過ぎて現役は100人に数人位しかいない(それは反面、出世していないということであると今までは考えられてきました)。
これは何故だろうか?
40過ぎて現役でなくなった人達が、若い頃優秀でなかったり、不真面目であったり、能力が低かったりしたわけではない。むしろ、高学歴で頭のよい人もたくさんいた。
“あの人昔はすごかったんだけどねー”というのはよく聞く話である。

実は筆者は、40過ぎて現役である人とリタイアした人の違いは、職業観にあるのではないかと考えている。
現役でなくなる人はプロフェッショナルとしてプログラマやSEになったわけではない。サラリーマンとして就職して、たまたま割当てられた仕事がプログラマやSEだっただけなのである。
彼等の職業(プロフェッション)はサラリーマンで、すなわち、何の仕事をやるか分からないが、組織に忠実に生きて所属する人なのである。間違ってもプログ ラミングや設計の仕事を天職(プロフェッション)と思ったことはないし、自分を職人や技術屋と思ったこともない。まして、日本一、世界一のプログラマや SEになろうと思ったことなど一度もない。
なので、最初に配属された時に嫌々勉強したが、その後の30歳40歳で自己研鑽をしないので、40過ぎるとただの人であるし、まして、50代で現役で活躍することなどついぞないのである。
そう考えると、プログラムを作ったり、ソフトウェアを設計したりすることを生業(なりわい)として一生を過ごすことは非常に難しいということになる。 人生の一時期に一瞬だけ力を発揮するかもしれないが、40、50になってもやれる仕事ではないということだ。
その性質を分かっているのかどうかは分からないが、オープンソースやアンドロイドの開発は職業プログラマやIT企業リソースを使わずにオープンに参加したマニアな若者がワンタイムパートナーとして開発のキーマンになっている。

もし、あなたが35歳(転職のラストスパートの年齢)で“サラリーマンとして” プログラマやSEをやっているとすれば、40過ぎたらただの人(業界では手配師と呼んでいます)になってしまうので、早晩市場価値はなくなるであろう。
そうなる前に違う職業に移ったほうがいいかもしれないが、そういう人はどこに行っても何をやってもサラリーマンなのでまず成功することはない。
ITの知識は日進月歩で変化が激しいので今日の言語や技術が3年後にはまったく役に立たないということがよく起きる。
経験を積み重ねてスキルがアップする分野は生産管理分野のアプリケーション位しかないのではないか?(逆に製造系のSEは遅咲きの分、経験が役に立ち選手生命が長いです)。
IT業界では賃金は年功序列ではなく、30代をピークとして、40代より50代、と給与は安くなっていくのである。
かってユニシスの前身であったユニバックの人事制度では、47歳をピークにして給与が下がり始め、年金も47歳以降は同じであった。このことは47歳以上の人材は価値がないよと言っているようなもんだと当時揶揄していたが、47まで給与が上がるだけまだましであった。
最近は晩婚化が進んでいるので昔より50代にお金がかかる構造になっている(教育費等々ですが)。
40過ぎてプログラムも組めず、ITの知識もなく、設計もできず、業務知識もなく、提案書も書けないお父さんがもしIT業界にいたとすれば、この先65歳まで何をして食べていけばいいのであろうか?
その未来は暗いと言わざるを得ない。
最近はコンサルタントも仕事がないし、ERPも単価が下落している。状況は悪化するばかりである。

ちなみに弊社ではこうならないために部長クラスでもプログラムも書けば、設計もすれば、提案書も書くということをしてもらっている(プレーイングマネージャーという奴ですかね)。
また、お客さんが我々パッケージベンダーに期待するのは製品に対する深い知識であって、事務処理能力や金勘定ではないのである。

ここでIT業界クイズを一席。

次の三人の社長はいづれも大メーカーの初めてのIT分野出身の社長で、いずれも会社を窮地に陥れた人材である。IT分野出身だと早くから実務を離れ、その上、世界を相手に仕事をしたことがないという特徴をもつ。それゆえ大会社を運営する能力はない。いったい誰でしょうか?

N社 N社長
H社 S長
F社 A社長