【第150回】国破れて山河あり -東日本大震災復興のシナリオ

筆者の出身地は宮城県石巻市である。今回の東日本大震災で被災した場所である。仙台にもたくさん親戚がいるし、石巻には母親が住んでいる。
3月11日に地震があって、2週間後の3月24日に東北自動車道が開通したので災害物資と安否を問うために現地へ行ってきた。
ガソリンがないことは宮城県庁にいる友人から聞いていたので、ハイブリッドカー(インサイトです)を借りて、東京から仙台石巻まで無給油の予定で出発した。
積載した物資は、カセットコンロ、コンロのボンベ1ヵ月分、アルファ米1ヵ月分、ペットボトルの水、お茶、ビタミン剤、かぜ薬、ホッカイロ2~3Kg分、 ウェットティッシュ、マスク、レトルト食品、保存食、粉物(強力粉、薄力粉、パン粉、かたくり粉、ホットケーキ、お好み焼き、チヂミ粉、等)、果物、野 菜、等である。
実家は幸いにして床下浸水で家は残っていたので、衣類を除いた緊急物資を用意した。

ガソリンを満タンにしてからのインサイトの航続距離は、計器上では、約950Kmである(燃料タンクは40リットルしかありません)。東京⇔仙台間は約 350Km、仙台⇔石巻間が約50Kmとすると、往復の距離はミニマムで800Kmである。高速走行中に渋滞によるロスや道路迂回によるロスを含めるとガ ソリンは往復でギリギリの量であった。
朝7時にレンタカー屋のオープンを待って出発し、順調に首都高、東北道に乗った。途中伴走している車は自衛隊のカーキ色の車輌とタンクローリーばかりで道 はガラガラであった。全く渋滞することなく、平均時速120Kmで飛ばした。途中、那須高原で給油できたが、40分並んで待って2,000円分だけだっ た。1リットル150円以上なので12.3リットルしか給油できなかった。燃費がリッターあたり10Kmの車なら120Kmしか走れない。ワゴン車や SUVだったら給油だけで何時間もロスする計算である。

12時半に仙台で降りて親戚の家に行き、避難していた母親を乗せて石巻へ向かった。仙台の親戚は海から遠く離れた泉区なので津波などの被害はなかったが、 ライフライン(電気、ガス、水道)が止まっていたので原始人と同じような生活になっていた。スーパーには品物がなく、ガソリンも手に入らないので、買い物 そのものが出来ない状態であった。筆者が訪ねたときには電気と水道は通っていたが、ガス(都市ガス)がまだ復旧していないために2週間風呂に入れない状態 であった。家に赤ん坊がいるので産湯を沸かすのにキャンプファイヤー用の炭をおこしてお湯を沸かしているような状態であった。仙台から石巻の道路は開通し ていたが、ガソリンがないため用のない車は走っていない。自衛隊の軍車輌とタンクローリーばかりが走っていた。石巻ではその日に電気と水道が復旧すること になっていた。

(以下現地写真、筆者撮影)

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一概に被災者と言ってもその中身はだいぶ違う。被災者の中にも被災者格差のようなものが存在する。家が残った被災者と残ら なかった被災者は雲泥の差なのである。家財道具も一切失って先が全く見えないし、これからどう暮らしていったらよいか途方にくれている被災者には打つ手が ないのである。
また、石巻市内に本社がある企業は約2,600社あり、うち67.3%の1,749社が浸水した。従業員は正社員だけで1万8千人。事業を再開できなければ解雇もあり得る。
浸水した企業の年間売上高は計約4,720億円と、市内企業の73.0%を占める。業種別では、基幹産業である水産加工を含む製造業が1,213億円で最多だった。
東日本の基幹産業はほとんど海岸線に集中していたのである。今回の震災は産業の喪失という面を強く持っている。

復興に欠かせないのは援助物資ではない。仕事である。被災者の未来を作るのは無償のパンではなく仕事である。
“産業の復興”こそ国がやるべき使命なのである。この惨状を見て、筆者は菅さんの頭脳では復興はできないと直感した。増税や援助物資の搬入では産業は復興できない。
それゆえ、筆者なりの復興シナリオがあるのでここに発表してみたい。

<復興公社(日本版人民公社)の創設>

今回の震災で死亡または行方不明となった人の65%以上が60歳以上の高齢者である。この比率はそのまま就業人口に反映する。すなわち、65%の労働人口が高齢者なのだ。農業や漁業の主たる従事者はもともと高齢であったのだ。この構図は三陸も岩手も福島も変わらない。
そういう労働環境で家が流され、船を失い、トラクターや耕運機が壊れ、養殖いかだが全滅した状態で60歳を過ぎてこれから銀行や農協や漁協から30年の ローン(借金)をして再び農業や漁業を再開できるのか?個人でそれだけの借金をすることは大変難しいし、60歳を過ぎて何十年ものローンを組むというのも 現実的ではない。

筆者は、東日本の産業を統括する復興公社を設立することを提案したい。復興公社とは、中国の人民公社、イスラエルのキブツ、ソ連のソフォーズやコルフォー ズのような半官半民の共同公社である。その中で、社会主義的ミニ国家の形で、農業、漁業、水産業、養殖、林業、水産加工業、ホテル運営、土木工事、建設 業、等々のあらゆる産業を共同体の形で運営する。経営母体はお国である。

例えば、震災前に牡蠣の養殖をやっていたAさん65歳がいたとしよう。
彼が復興公社の社員になると、まず社宅がもともと住んでいた漁村の近くに割り当てられる。会社は社員に対して作業着、衣服、生活インフラを提供する。
Aさんは牡蠣の養殖を再開したいので、まず復興公社の資材部に小船とイカダを申請する。会社にはAさんと同じ村でイカダを流された人が他に10人いたの で、その人たちで作業チームを組んで牡蠣の養殖ビジネスを再開するのである。すべての資材とインフラは復興公社から提供される。
筆者はそうした復興公社の活動を運営するのに菅さんのように増税や年金の取り崩しをするつもりはない。
だが、復興公社のような国家的事業には膨大な金がいる。まず第一段階として、物とお金を集めなければならない。

■復興公社のモノとカネ
復興公社はまず被災した人たちがかつて所有していた土地、農地、漁業権(入会権)等のモノに関する権利を買収もしくは委託を受けてすべて集める。私有は認 めない(もっとも更地で何もないので資産価値もない状態ですが)。それによって、岩手から福島における広大な海岸の土地、港、農地を取得する。これは社員 が入社する条件のうちの一つである。
その買収の原資は以下の3通りである。

 1. 赤十字などの公共機関に集まった寄付金を貸与してもらう
 2. JAFCO等のベンチャーキャピタルや証券会社と組んで復興公社の株式公開を
   目標に掲げ世界中から資本を集める
 3. 集めた土地や農地を担保に銀行からの借り入れを行う(東日本不動産担保です。
   これには日銀や日本政策投資銀行にも一枚かんでもらいます)

1.の寄付でざっと500億、2.の株でざっと200億、3.の担保でざっと1,500億を原資として集めるのである。これで合計2,200億の資本が調達できる。

■復興会社のヒトと事業
社員は被災者を優先的に採用する。そして、以前営んでいた生業を支援する。この復興会社に一度就職すると会社から社宅が与えられ、漁師だったら船、農家 だったら農機具が与えられる。もちろん津波の海水による土壌改良も会社の仕事であるから、地元の土建屋や大工も社員として雇用し、産業供給を側面から支援 する。
また、東京辺りから引きこもりやフリーターを、家付き、仕事付きで積極的に採用する。

■復興会社のビジネス
農家と漁業、養殖業をベースとして、それに追随する加工業も行い、付加価値をつける。
また、農協や漁協を経由せずに全国の小売業と直接提携してダイレクトに流通網を築く。
創立して10年間は特別時限立法により全ての税金を免除してもらう(消費税、所得税、法人税すべてです。社会保障費も免除してもらいます)。
復興会社の従業員は基本的に終身雇用で、社宅は家賃なしで一生住むことが保障される。復興会社の事業は地場産業の復興も含まれ、社員になりさえすれば以前 の地場産業の復興が支援される。また、それぞれの生産性を高めるためにノルマ以上の仕事をすれば(米の収穫とか漁獲高とか加工品の売上とか)、その分の利 益は社員個人個人に還元されるように運営する。

このようにして半官半民の社会主義的な公社が津波で被災した地元の産業をすべてのインフラをトータルにサポートするのである。

■救援金銀行(日本版グラミン銀行)
バングラデシュには世界的に有名なグラミン銀行という、マイクロキャッシュを庶民に融資する銀行がある。
(以下引用)

グラミン銀行(英語:Grameen Bank)はバングラデシュにある銀行でマイクロファイナンス機関。「グラミン」という言葉は「村(gram)」という単語に由来する。本部はバングラデ シュの首都ダッカに所在する。ムハマド・ユヌスが1983年に創設した。マイクロクレジットと呼ばれる貧困層を対象にした比較的低金利の無担保融資を主に 農村部で行っている。銀行を主体として、インフラ・通信・エネルギーなど、多分野で「グラミン・ファミリー」と呼ばれる事業を展開している。2006年ム ハマド・ユヌスと共にノーベル平和賞を受賞した。
(以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)、グラミン銀行、2011.4.22付より一部引用)

グラミン銀行はバングラデシュの農村の貧困層の女性に小額の貸付を無担保で行い、行商や機織や農業を側面から支援した銀行である。女性に小額の貸付を行な うのがポイントで、子供を育てなくてはならない多くの女性が勤勉で真面目であることに着目して、国家的信用創造を行なった銀行である。その日本版を創設す るのである。このグラミン銀行の日本版に相当するのが、救援金銀行である。
この銀行は政府に集まった義援金を基に創設される。借りる資格があるのはグラミン銀行と同じ女性のみであるが、その他に被災者であるという条件がつく。この超法規的な銀行によって、普通の金融機関が融資することのできない人々に復興のための様々な資金を提供するのである。

■復興政策 -番外 夏の電力問題に関して
今、夏の電力問題が日本の景気に影を落としているが、筆者が首相であったならば以下の方法で乗り切るであろう。
現在、夏の電力需要がまかないきれないと言われていて節電のキャンペーンがはられているが、日本の電力の10数パーセントを蕩尽している自動販売機を夏の 間は一斉に休止するのである(この事実はあまり知られていないと思いますが、日本の自販機の数はそのくらい多いのです。異常です)。
その代わりに、自販機を運営するボトラー各社に休業補償をお金で支給するのである。実は自販機はもともとあまり儲からない商売で、電気料を差し引くとトン トンの場合が多いのである。それゆえ、想定された利益さえもらえれば休業しても誰も困らない。自販機がなくてもコンビニが普及しているので消費者も特に困 ることはない。むしろ売上が倍増するコンビニなどはホクホクである。
日本の自販機の数は世界的にみても異常な数で、使用する電力も鉄道全線(もちろん新幹線も含む)で使用する電力量(約7%)よりも多いのである。この電気 の無駄使いマシンを夏の間止めるだけで原発半基から一基分が節約できると言われている。ボトラーに対する休業補償は発電所を一基作るよりは余程安上がりで 即効性があるのである。

こういう非常時に後藤新平のような百年の大局観を持った政治家が現われて、抜群の実務能力と指導力を発揮して日本の復興をやり遂げることを筆者は切に願っている。
だが菅さんじゃ無理だろうなー。今月のファクタという雑誌で暴露された菅さんと海江田さんの怒鳴り合いを読むにつけ絶望的な気持ちになります。