【第147回】恋愛の才能

この稿は筆者自身のことはさておいて書くものである。
従って、「そう言うお前はどうなんだ」という質問は無視することにしたい。
そうでないと議論自体が始まらないからである。

明治、大正、昭和初期、いわゆる戦前まで(要するに米国が日本人の倫理観をぶち壊すまで)女性の地位は低く、人生の選択肢もほとんどなかった。
従って、女三界に家なしという掟のとおり、家にいては親に従い、嫁いでは夫に従い、老いては子に従うというような抑圧された人生があって、女性の人生には自発的な選択権は存在しなかった。
結婚も好きでもない男性と強制的にお見合いさせられて結婚させられたという時代が長く続いた。その頃は恋愛で結婚するということなど余程の偶然でもない限りあり得なかったのである。

戦後になって女性解放、男女平等、民主主義の時代になって恋愛は解禁された。結婚も自由になった。処女でなくても結婚できるような社会になった。
さらに、男女雇用機会均等法という法律が施行されて、女性は職場の華ではなく、男性と同じ戦力として認知され、責任と収入も男性と同等になった。
まさに明治の青鞜社の平塚らいてう(雷鳥)や管アホ首相の師匠である市川房江(ちなみに彼女はアホではありません。売春禁止法等々と立案した立派な社会運動家でした)が目指した女性解放は名実ともに完成したのである。
女性の地位は向上し、男性と完全に対等な社会が出現したのである。

この男女平等、恋愛至上主義の時代に突入して大部分(この場合の大部分は50%より高い比率の半数以上と思ってください)の女性はあまり嬉しくないことになっている。
というより、戦前より不幸になって途方に暮れている。

それは何故か?
いい男性と出会えないからである。

最近流行りの人生相談にこういうのがあった。


「結婚できなそう・・お先真っ暗です」

33歳の女です。都内で事務の派遣社員をしています。周りがどんどん結婚していき、子供ができたりして、とても幸せそうです。
私はデートは何度もしたことがありますが、彼氏ができたことがありません。
ダメな男(ブサイクとか、向うから誘ったのに割り勘する男とか、40近いおじさんとか)には声かけられるのに、いわゆる3高のいい男には縁がありません。

条件は
年齢36歳まで
年収600万以上
同居不可
首都圏在住
学歴MARCH以上の人

合コンも何百回もしたし、お見合いパーティーにも何度も行っているのに、いい出会いがありません。
結婚できなかった場合に備えて、正社員への転職も考えていますが、土日休みで昇給あり・年収350万以上の事務職がみつかりません。
周りからは「理想が高いからだよ」と言われますが、子供を産むためには600万くらい稼いでくれないと困るし、同居なんてうまくいくわけがありません。
結婚願望の無いキャリア志向の友達からは「スキルがないと転職むずかしいよ」とバカにされます。
30までに結婚するつもりでした。私も大卒だし、婚活頑張っているのに、どうして私だけ幸せになれないのですか?


当人にとっては真面目な悩みなのだが、どう転んでも笑い話にしかみえない。
そこに現代の婚活事情の深刻さがある。
まず、現代の独身女性にとっての結婚は、自分の身分を一生安泰にするための保障であり、一種の職業となっていて、決して恋愛が発展して共に人生をまっとう するというような形ではないのである。マックスウェーバー的に言うならば職業としての結婚である。本質がそうなっているのにもかかわらず当人はそのことを 全く自覚していない。

女性というのは常に横(この場合は同年代の他の女性)と比較して自分は幸福であるかどうかを認識する動物である。
従って、子育てを含めてすべて横並びを貴しとしている。自分は幸せか否かをその横との比較感によって決める習性がある。
それゆえ、いろいろな公理が成り立つ。

30±2歳で結婚している=幸福
30±2歳で結婚していない=不幸
30+n歳で派遣OLである=すごく不幸
30+n歳で専業主婦である=幸福
40±n歳で子供がいない=すごく不幸
40±n歳で子供もいないし独身である=最高に不幸
兄弟姉妹には子供がいるのに自分達夫婦には子供がいない=不幸

この公理は非常に曖昧で根拠に乏しく漠然としているが、当人はこの価値観で十分に幸福になったり不幸になったりするのである。
試しにこの公理が本当に当たっているかどうかを現実のケースでシミュレーションしてみよう。
一番最後の公理である、「兄弟姉妹には子供がいるのに自分達夫婦には子供がいない=不幸」のケースで考えてみよう。

以下は実話である。この悩みを持っている女性を仮にA子さんとしよう。
A子さんは料理がまったく出来ない。従って家で食事を作れないので、いつも旦那さんとマックかケンタに行く。旦那さんも味オンチである。
子供が出来ない時代のA子さんの食事は菓子パンとスナック類である。そのためA子さんは極度の便秘に苦しみ栄養バランスは極めて悪く、偏食も激しいので肌荒れもひどいし、生理不順かつ情緒不安定であった。
まもなくして旧家の旦那さんの兄弟に子供が出来てA子さんは焦り、子供の出来ない自分の不幸を嘆いていた。旦那さんは子供に関心がなく、欲しくもなかった が、A子さんのたっての希望で不妊治療(人口受精)を行ってやっと子供が出来た(この間2年、収入のほとんどを不妊治療に注ぎました)。
ところが、家事をやる能力がまったくないA子さんは子供を育てることが出来ず、十分に世話も出来ず、育児ノイローゼになってしまい、現在はパニック状態になっている。その上、旦那はテレビゲームに夢中でほとんど家事を手伝わない。
A子さんは現在「どうして自分だけがこんなに不幸なのだろう」と嘆いている。

幸福の公理は全くアテにならないのである。

また、別のB子さんという女性は、「30±2歳で結婚していない=不幸」という公理にとりつかれており、近くにいた気の弱いオタクのC男君を強引に引き込んで無理矢理に結婚した。C男君は年収250万円の派遣社員で、家ではゲームばかりやっている草食系男子である。
B子さんは専業主婦になって子作りを目指していたが、現状のままではまったく将来が見えず、その不満を毎日C男君にぶつけて夫婦仲は最悪である。

単純に考えても女性の人生における公理には信憑性がまったくないのだが、必要以上にその法則に縛られて奇怪な行動に出る女性が多い。

一般の大部分の女性の不幸は、世の中の誰もが“恋愛をする才能”や“幸福になる才能”や“円満な家庭生活を送る才能”を持ち合わせているわけではない、ということを知らないことである。
これらは才能と資質がなければ実現できない難しいテーマなのである。
従って、“円満な家庭生活を送る才能”がない人は円満でない家庭生活しか送れない。これは当人に才能がないのだから仕方がないのである。
同じ結婚をして幸福な人と不幸な人に分かれるのは一重にこの才能の問題に起因する。それを彼氏や旦那のせいにするからますます話がこじれてしまうのである。大体、料理ができない女性が円満な家庭生活を運営できるはずもない。

嫌いではない=好き=それは恋愛だ!
と漠然と考えて恋する乙女になってしまうようだが、恋愛というものは元々ロミオとジュリエット級の覚悟が必要な無償の情熱であって、専業主婦になれなかったり、子供が出来ない位で冷めるようなものではないのである。

試しに、“この人のために命を落としてもよい”と思えるほど人を好きになった経験のある人がこの世に何人いるだろうか?皆無に近いのではないか?

合コンをやった位で命を落としてもいいような相手が見つかるはずはまったくないと筆者は思う。最初から真剣さが足りないのである。そんな真剣になれない自分に相手も命をかけて真剣になるはずはない。
“恋愛の才能がない”ときちんと自覚出来れば、赤い糸だの、3高だの、四の五の言わないで経済的条件だけで機械的に契約(この場合は結婚)すればいいのである。
お見合いはそのリレーションを合理的に推進する優れたシステムであったにもかかわらず変な幻想がこの優れたシステムを否定してしまったのである。
ここに現代の不幸がある。

筆者の母親は、自分が不幸であったのはお見合い結婚させられたからであって、恋愛結婚できなかったからだと今でも言い張っているが(従ってお見合い を強引に進めた祖父を今でも恨んでいます)、70数年もまったく働かず3食昼寝付きの専業主婦の生活を送れただけラッキーであると筆者は思うのである。結 婚を職業として見れば完璧な永久就職である。
また、高潔で純粋な人格でなければ真の恋愛は不可能なので、普通のお嬢さんに命をかけるほど尊敬し、敬愛される恋愛の可能性は皆無である。
普通の人生と普通の生活からそんな精神は生まれるはずもない。

西原理恵子くらいになると別であるが、凡庸でリスクを負わない苦労もない生き方をした普通の女性に基本的に恋愛の才能はないと見るべきであろう。
なまじ、私にも赤い糸があるとか、私もジュリエットになれるとか、荒唐無稽な面倒くさいことを考えるから婚期を逃がしてしまうのである。そんな才能は一般 の人にはないと分かればさっさと適当な条件の相手を見つけて契約すればよいのである(これはあくまでも結婚したければの話で、また、結婚=幸福ではありま せん)。

身も蓋もないことをたくさん書いてしまったが、平成17年時点の国勢調査による未婚率は、25~29歳の男性で72.6%、30~34歳で47.7%、35~39歳で30.9%である。
女性は、25~29歳で59.9%、30~34歳で32.6%、35~39歳で18.6%である。
男女別に15歳以上の未婚率で見ると、東京都の男性が37.2%、女性が29.2%である。
東京に限って言えば、3~4割が独身ということになる。これを見ても一億総皆婚時代は終焉していると言えよう。

今一度、自分の才能に真摯に向き合えば、結婚して幸せになる才能があるかどうかはある程度分かるはずである。

結婚したり子供が出来たりすると自動的に幸福になると漠然と期待してはいけない。
そんなことはありはしない。
才能と資質がなければ無理な話で、それが分かっていれば婚活など無意味であるとわかりそうなものなのだが、現実はそうではないらしい。

今日も都内中で婚活合コンが開かれているはずである。
それは陸地のない海を漂流する船乗りのようなものである。彼女たちにランドホーはない。