【第140回】日本酒談義 その2 -純米酒を極める

上原浩の名著『純米酒を極める』は、「日本酒とは本来、米と水だけで作るべき酒だ」と、強烈な一文で始まる。
また、彼はこうも宣言している。「日本酒とは純米酒のことである。三倍増醸酒や新技術と称する屁理屈を用いた酒はもちろん醸造用アルコールを添加した酒は日本酒と呼ぶべきではない。あくまでも清酒だ。」
純米酒にあらずんば日本酒にあらずということである。

本コラム第92回「日本酒談議」でも書いたが、日本酒の歴史は不真面目の歴史である。戦後の米の不足した時代に発明されたアル添酒(醸造用アルコールを添加した酒)や三倍増醸酒を、物資の 豊富になった戦後になっても作り続け、ついには牛乳と同じ紙パックにいれて供給されるようになり、なんだか判らないまずい怪しげな酒が、大人のミルクとし て量産された。そのころの三倍増醸酒はアルコールを入れすぎていたため、その修正にベタベタの水あめをたっぷり入れて甘く仕上げた。今日、日本酒に辛口信 仰が生まれたのもこのせいである。指がベトベトするくらい昔の清酒には水あめが入っていた。缶コーヒー並の飲み物であった。誰も真面目に日本酒など作らな かったのである。それが戦40後年以上も続いたのである。今日、灘や伏見の大手酒造メーカーは紙パック屋さんになりきって、安酒の代名詞にもなっている。 今日の日本酒のマニアは、それゆえこうした紙パック屋さんの大手酒造メーカーを真底軽蔑している。

日本酒が敬遠される主な理由(裏を返せば焼酎やワインブームの背景)は日本酒による二日酔いである。
次の日に差し支えるので日本酒は普段飲まないという人は極めて多い。日本酒は二日酔いして体に悪いので健康のために何となく焼酎に切り替えるという人も多 い。そのくらい日本酒の二日酔いは性質が悪い。皆さんも経験されていると思うが、翌日の後頭部がズキズキと痛むあの苦しさは本当に耐えがたいものがある。
もっとも、焼酎が健康によいと言っても、もともとアル添日本酒は相当量のアルコール(90%以上?)が入っていたので、実は飲んでいるものは焼酎でも清酒 でも違わないのである。防腐剤の量が違うだけである。アル添酒は味をごまかすために水アメなどで加糖しているのと、強烈な防腐剤を使用しているので、翌日 に後頭部にズキズキと激しい痛みを伴なう二日酔いを引き起こす。このために普通の日には日本酒を飲まない人が多くなったのである。「日本酒は美味しいんだ けど、二日酔いがどうもね」と日本酒を敬遠する人はのたまう。

実は防腐剤が入っていない日本酒の二日酔いは、ほわ~っとして気持ちがよい。気持ちがよいものだからつい迎い酒を飲んでしまうのである。防腐剤の二日酔い は頭がズキズキ痛んでとても酒を飲めるような状況にはならない。安い白ワインにもこの防腐剤が入っていることがあって、やはり清酒同様に後頭部が翌日ズキ ズキと痛み、夕方まで中毒症状が消えないことがある。皆さんは量の問題であろうと言うかもしれないが、少量でもズキズキ痛む場合もあるし、4号ビンを2本 空けても(すなわち、一升に近い量ですな)ズキズキと痛まない酒もある。これは、筆者も30年以上、人体実験を繰り返しているので確かである。

最近、日本酒界でキーワードになっているのが、“純米吟醸無ろ過生詰原酒”という暗号のような文句である。これには“要冷蔵”という保存および輸送の条件がつく。
筆者は基本的にはこの手の酒しか買わない。
その理由は、防腐剤が入っていないか、または極力少ない可能性が高いからである。とにかく、「要冷蔵」とうたっている酒ならば二日酔いの危険が低い可能性が高い。

酒の添加物の表示には防腐剤は書かれていない。ということは、防腐剤が入っているとは誰も表明していないし、たくさん入っているとも誰も表明していない。筆者は防腐剤の有無とその添加量をラベルにきちんと表示すべきであると考えるのだがどうだろうか?
例えば、「防腐剤使用、1リットルにつき〇〇mg添加」と書いてあれば後頭部のズキズキの痛みも覚悟の上で購入するので納得できるが、何も書いていなくて いきなりズキズキ痛くなるのでは不意打ちにあったような災難である。酒を飲んで頭痛と戦うのはご免こうむりたいのである。

前述の無ろ過とは、別の言い方をすれば、“炭を使っていない”酒ということである。女性に例えるならば、“すっぴん”ということである。要するに、化粧をせずに素顔のままで会社に出社する女性のようなものである。ということは、素顔で十分に美人であるということである。
一般的に炭を使うと(チャコール(活性炭)でフィルタリングすると)、酒は無色透明でスッキリと淡麗な飲み口になる。ウォッカと同じ原理である。無ろ過の 日本酒は少し琥珀がかった色がついていて芳醇で旨味が強い。炭を使い過ぎた酒は味がなくなる。平板になるのと同時に熱燗にすると炭のエグ味が出てとても飲 めた代物ではない。この炭の使いすぎの例が上善如水で、この領域になると日本酒というよりもウォッカに近い。

日本酒はこの旨味が命である。しかも、ワインや焼酎と違って決して料理の前に出ない。古式ゆかしい日本女性のように料理の後に控えていて、それでいて旨味があり、料理を引き立てるのである。
ワイン用語にマリアージュ(結婚という意味)というのがあって、料理やチーズとの相性を指す言葉であるが、ワインも食中酒ではあるが料理によっては合わな い場合も多い(昔から、シャブリと牡蠣はよいマリアージュだと言われているが、筆者は現在の辛口のシャブリと生牡蠣が合うとはどうしても思えません。シャ ンパンの方が合うと思います)。
その点、日本酒の旨味は万能で、どの料理の個性も邪魔することがない。非常に優れた食中酒であるということが言えると思う。

日本酒には残存酵素と火落ち菌の発育を促進させる物質を破壊する目的で、パスツリゼーション(加熱低温殺菌)を行う必要がある。これを火入れと呼ぶ。火入れは日本酒の若さを保ち、老化を防ぐために必要な工程である。常温で保存可能な日本酒は2回この火入れを行う。2回目の火入れ時に二日酔いの原因となる物 質が発生すると言われているが、筆者はこのときに常温貯蔵に適するように後頭部がズキズキと痛む粉をまいているのではないかと邪推している。
それゆえ、生詰め(貯蔵前に火入れ)や、生貯蔵酒(瓶詰前に火入れ)していて、要冷蔵の酒を購入することにしている。面倒くさいことが嫌いな人は、とにかく純米酒で冷蔵庫に入っている酒を買えば間違いはないかもしれない。

筆者が最近方々で良く飲むブランドは佐賀の七田(しちだ)という銘柄である。これは純米吟醸無ろ過生詰原酒かつ旨みと含みがあって芳醇である。
酒にうるさい飲み屋には時々置いてあるのでぜひ試されたい。
また、先日ある利き酒会で出会った愛媛の成龍酒造(家族経営の小さい蔵です)の賀儀屋も旨みがあって無ろ過にこだわった作り手であった。

これから夏~秋にかけて、“ひやおろし”とか、“秋あがり”、“雪中貯蔵”と呼ばれる、冬にもろみを仕込んで春先に搾り、夏の間熟成させて完成される酒が 出てくる。これが本来の日本酒であり、日本酒の醸造サイクルは一年のこの一回が本来のサイクルだったのである。通年に渡って造り続けるようになったのはつい最近のことである。

冷蔵庫に入っていて要冷蔵の日本酒ならば後頭部はズキズキしないはずなので是非お試しあれ。