【第138回】ビンボー話 -西原理恵子 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(後編)

四国の漁師町に生まれ、酒乱でDVで、アルコール依存症の実の父親は三歳のときにドブにはまって野垂れ死にしている。その後再婚した義理の父もギャンブルと事業の失敗から彼女の受験の日に母親を血だらけになるまで殴って首吊り自殺を遂げている。壮絶な環境である。
その後母親からなけなしの100万円を貰って上京し、予備校から美大に自力で進み、エロ本編集やキャバレー勤めをしながら独立し、その後漫画家としてひとり立ちしたのはよいが、取材のためにギャンブルにはまって5,000万円をどぶに捨て、FX取引で財産を失い、アルコール依存症の夫のDVに苦しみ、その夫と離婚して再婚したがその夫を半年で癌で失い、今は母子家庭となっている。壮絶な人生であるが、結果的には彼女は高知の漁師町のカーストから抜け出し、東京の漫画家になった。
とてもユーモラスに語れない人生であるが、傍目には不幸と貧乏を楽しんでいるようなユーモアがある。とても苦いユーモアである。
『この世でいちばん大事な「カネ」の話』はたぶん西原理恵子の子供たちのために書かれた本である(想定読者ということです)。自身の半生の貧乏物語とそのカーストから抜け出す立志編と未来へのテーゼで締めくくられている(以下引用)。


あのね、「貧困」と「暴力」って仲良しなんだよ。
貧しさは、人からいろいろなものを奪う。人並みの暮らしとか、子どもにちゃんと教育を受けさせる権利とか、お金が十分にないと諦めなければいけないことが 次から次に、山ほど、出てくる。それで大人たちの心の中には、やり場のない怒りみたいなものがどんどん溜まっていって、自分でもどうしようもなくなったその怒りの矛先は、どうしても弱いほうに、弱いほうにと向かってしまう。
貧しいところでは、だから、子どもが理不尽な暴力の、いちばんの被害者となる。
あのころ、どの家でも、親が子どもを殴っていた。
本気で殴られるんだよ、お父さんとお母さんに。それはしつけとか教育なんてもんじゃなかったと思う。怒りなの。生活のしんどさのあまり、親たちの、どこに ぶつけていいのかわからないままパンパンに膨れ上がった怒りが、ひどい言葉や本気のこぶしになって子どもたちに飛んでいく。子どもたちはそれこそ「茶碗を ひっくり返した」とか「みそ汁をこぼした」とか、子どもの毎日につきものの、そういうささいな失敗で殴られていた。
そんなのひどい。まちがってる、本当にそうだと思う。
だけど親は親で目の前の生活をどうするかに必死で、気持ちの余裕をすっかり、なくしていたんだろうね。

(以上、西原理恵子著 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』より一部引用)


先日、小学1年生の長男に暴行を加えたとして、31歳の電気工の父親と22歳の無職の妻が傷害容疑で逮捕された。
長男は搬送先の病院で死亡し、背中などに複数のあざがあることから、普段から暴行を受けていた疑いもあるとみて司法解剖を行い、死因を調べている。
発表によると、2人は自宅アパートで、7歳の長男を「ご飯を食べるのが遅い」と言って正座させ、顔面を平手打ちしたほか、左足をけるなど約1時間にわたっ て暴行した疑いが持たれている。長男がぐったりしたため父親が119番したが、翌朝、搬送先の病院で死亡した。死因は不詳で両腕と背中に多数のあざがあっ た。調べに対し、2人は「しつけのつもりでたたいた」と容疑を認め、父親は「普段からうそをついた時などに平手で殴っていた」と供述しているそうだ。父親 は継父、長男は妻の実子で再婚後の昨年4月から3人で暮らしていた。

この事件はまさに西原理恵子の“生活のしんどさのあまり、親たちの、どこにぶつけていいのかわからないままパンパンに膨れ上がった怒りが、ひどい言葉や本 気のこぶしになって子どもたちに飛んでいく。子どもたちはそれこそ「茶碗をひっくり返した」とか「みそ汁をこぼした」とか、子どもの毎日につきものの、そ ういう些細な失敗で殴られていた。”の記述を地で行くような事件である。
この少年は「いじめられてません。悪いことをしたら怒られるけど」。と虐待に対して答え、テストは100点満点で、絵が展覧会で入賞したりもしていたそうである。
他のニュースでは、“近所の住民たちは、「ぶっ殺してやる」という大人の声と、「ギャー」という子どもの叫び声を何度も聞いていた”と報道している。

現実に全国で、貧困のために子供は虐待されているのである。竹中さんの言う“自己責任”の世界ではないのである。

西原理恵子は尚もこう語る(以下引用)。


「貧しさ」は連鎖する。それと一緒に埋められない「さびしさ」も連鎖していく。ループを断ち切れないまま、親と同じものを、次の世代の子どもたちも背負っていく。
わたしが大人になってから出会ってきた人たちの中にも、子ども時代にかなしい思いをいっぱいしてきた大人がたくさんいる。くぐり抜けてきたんだよね、そういうところを。くぐり抜けてちゃんと大人になったけど、それでも子どものころのことは忘れてないし、忘れられない。
子どものころって、誰でも、心がうんとやわらかいからね。
でも、そのぶん、心の風邪をひきやすいんだと思う。
いっぱい傷ついて、自分が傷ついてるってことさえわからないまま、心の中に穴があいて、そこによくない風がたくさん、たくさん吹きつけてきたら、その風邪をこじらせたまま、大人になってしまう。
そういう意味では、人は、誰でも病気を抱えてるんじゃないのかな、心に。
傷ついたことがない子どもなんて絶対にいないからね。
キーキー怒って子どもにあたりちらす親も、ギャンブルにはまって暴れる親も、どっかで心の風邪を、うんと、こじらせちゃったままきてしまったのかもしれない。
でもそれは、わたしも大人になってから思うようになったことで、子どものころは、何で自分たちはこんな思いをしなきゃならないのか、どうしてふつうにしあわせになれないのか、ぜんぜん、わからなかった。

中略

そりゃあ、お母さんたちだって必死でがんばっているんだろうけど、それはどこにも行けない、諦めやグチとセットになってる人生に見えた。
「あんたのために、お母さん、離婚しないで我慢してるんやで」。
子どもにしたら、そんなことを言われてもせつないだけだし、「ずるい」って思う。自分だけ被害者ヅラすんな。子どもにしたら、あんただって十分、加害者じゃ……。
だけど、そんなこと言えるものじゃない。どんな親でも、やっぱり親は親なんだよね。親のことはみんな、心底から嫌いにはなれない。
子どもが親を「嫌い」っていうとしたら、それはよっぽどのことがあったんだと思う。怒ってばっかりの親に反発はしていても、心の底では好きで、でも顔をあわせれば殴られるんだから、子どもたちは、いつも、せつなかった。

(以上、西原理恵子著 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』より一部引用)


実はビンボーはお金の子供なのである。ビンボーの生みの親は貨幣である。生活のすべてが物々交換であれば、多少物持ちとひもじいのがわかる程度で、貧富の差など判らないのだが、なまじ通貨が流通しているおかげで、ビンボーという比較感が生まれてしまうのである。

例えば、香港や中国あたりで売っている1,000円のルイヴィトンと銀座で10万円はたいて買った本物のルイヴィトンとの間には本質的な仕様や機能や外観の差は無い。それなのに1,000円のルイヴィトンに人々は満足しない。
飢えてもいないし生活に困っているわけでもないのに、年収300万だと惨めだと思ってみたり、1,000万だとたいして贅沢もできないのになんとなく裕福だと思ってみたり、人々は、いろいろな事象をお金に換算して不幸になったり金持ちになったり、ビンボーになったり優越感を持ったりしているのである。
お金、貨幣というものが無ければ、ビンボー感は生まれなかったのである。
それゆえ、お金に敏感になるということはビンボーに敏感になるということなのである。
だから人々は時間に余裕があることを喜ばず、収入が少ないことを悲しむのである。5万円の家賃で風呂付のアパートに住めることを喜ばず、2,000万のマン ションが買えないことを悲しむのである。毎日ご飯が食べられることを喜ばず、ミシュランのレストランに行けないことを嘆くのである。

貧乏は遺伝する病気である。糖尿病や癌や痛風と同じである。親から子へ遺伝する(以下引用)。


貧乏人の子は、貧乏人になる。
泥棒の子は、泥棒になる。
こういう言葉を聞いて「なんてひどいことを言うんだろう」と思う人がいるかもしれない。でも、これは現実なのよ。お金が稼げないと、そういう負のループを 断ち切れない。生まれた境遇からどんなに抜け出したくても、お金が稼げないと、そこから抜け出すことができないで、親の世代とおんなじ境遇に追い込まれて しまう。
負のループの外に出ようとしても「お金を稼ぐ」という方法からも締め出されてしまっている、たくさんの子どもたちがいるんだよ。
前にも言った。「貧困」っていうのは、治らない病気なんだ、と。
気が遠くなるくらい昔から、何百年も前から、社会の最底辺で生きることを強いられてきた人たちがいる。
屋台をひいて、子どもたちを養っているお父さんとお母さん。ふたりが一日中、必死で働いても、稼ぎからその屋台の「借り賃」を払ったら、残りはほんのわず か。そのわずかなお金でできることと言ったら、その日その家族が食べる、一食分のご飯を手に入れることだけ。それでおしまい。

それじゃ、いつまで経っても貧乏から抜け出せるわけがない。それで何代も何代も、貧しさがとぎれることなく、ずーっとつづいていく。
そうなると、人ってね、人生の早い段階で、「考える」ということをやめてしまう。「やめてしまう」というか、人は「貧しさ」によって、何事かを考えようという気力を、よってたかって奪われてしまうんだよ。
貧困の底で、人は「どうにかしてここを抜け出したい」「今よりもましな生活をしたい」という「希望」を持つことさえもつらくなって、ほとんどの人が、その劣悪な環境を諦めて受け入れてしまう。
そうして「どうせ希望なんてないんだから、考えたってしょうがない」という諦めが、人生の教えとして、子どもの代へと受け継がれていく。
考えることを諦めてしまうなんて、人が人であることを諦めてしまうにも、等しい。だけど、それが、あまりにも過酷な環境をしのいでいくための唯一の教えになってしまう。
でも、そんなにも劣悪で、人生に対する諦めだけを教えられる環境に生まれても、なお、自分で自分の人生をつくろうとする子どもがいる。人間から気力も希望も奪おうとする環境の中で、自分の力で、自分の足で、海も山も越えて歩いていこうとする子がいる。
その子たちはインターネットも、携帯も関係ないところで生きている。自分の行く先に、何が待ち受けているかも、前もって調べる手立てはない。
それでも、歩き出すんだよ。
行く先に何が待っているのか、「情報」もない。そのままそこにいたからって「希望」もない。だけどそんなふうに歩き出す手がかりが何ひとつないときでも、 そうやって外に出て、動き出すことが「希望」になるの。山ひとつ越えれば、そこにある村は景気がいいかもしれない。「ここなら、どんどん稼げるぞ」って 思ったその子は、自分の村から兄弟を呼び寄せて、言う。ここで何か商売をはじめようよ。
動き出すと、そうやって考えをどんどん展開させることができる。自分から動いて、何かを知った人間は、そこから何かをはじめることができる。
なぜ、その子に、そんなことができたんだと思う?
それは、きっと、自分が生まれた環境がどんなに酷かろうと、それを受け入れてしまうことをしなかったから。
「希望」を諦めてしまうことを、しなかったから。

(以上、西原理恵子著 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』より一部引用)


米国人は日本人より貧乏にうるさい。または貧乏にたいする本能的な恐怖感を持っている。それはなぜかというと、金が無い=生存の危機だからである。富裕な米国人は金持ちしか住めない町に警備員付きで暮らし、善良な隣人(ネイバーフッドですな)すらも金で買うのである。
そうしないと家族と子供の安全は保障できない。また医療費が高いので、命そのものもカネ次第で決まる。
こういう社会に暮らすと否が応でも人生=カネ、幸福=カネにならざるを得ない。カネは生存への切符であり幸福への鍵なのである。

西原理恵子はこの本を通じて、貧乏と戦うための生き方を、自分の子供たちに授けているのである。
自らもカーストの壁を破った体験者として、貧しさの恐怖やひもじさや、惨めさを教え、「カネ」というものの怖さと価値を知らしめ、「カネ」という貧富の差を生むツールを正面から捉え、その向き合い方を書き残したのである。これは彼女の一種の遺書であり遺言状でもある。

この遺書の一番最後は以下のような記述で終わる(以下引用)。


ねえ、どう思う?
人って、生まれた環境を乗り越えることって、できると思う?
わからないなあ、それは。わたしにも。
乗り越えることができる人も、できない人もいるだろうけど、それはこれから先、人生の最期に、わかることかもしれない。
「自分の人生に満足してるか、どうか」という、問いかけへの「答え」として。

ただ、なぜわたしが、自分が育ってきた貧しい環境から抜け出せたのかを考えると、それは「神さま」がいたからじゃないかって思うことがある。
といっても、わたしは何かの宗教を信じてるわけじゃない。
でも、何かしら漠然とした「神さま」が、わたしの中にいる。
もしかしたら「働くこと」がわたしにとっての「宗教」なのかもしれない。
だとしたら、絵を描くのが、わたしにとっても「神さま」ってことになるのかな?
わたしは自分の中にある「それ」にすがって、ここまで歩いてきた。
まわりの大人たちを見てごらん。
下町の町工場のオヤジさんも、威勢よく声をはりあげている八百屋のオバちゃんも、ちっとやそっとのことじゃあ、お店は閉めない。
生きていくなら、お金を稼ぎましょう。
どんなときでも、毎日、毎日、「自分のお店」を開けましょう。
それはもう、わたしにとっては神さまを信じるのと同じ。
毎日、毎日、働くことがわたしの「祈り」なのよ。
どんなに煮詰まってつらいときでも、大好きな人に裏切られて落ち込んでるときでも、働いていれば、そのうちどうにか、出口って見えるものなんだよ。
働くことが希望になる-。
人は、みな、そうあってほしい。これはわたしの切なる願いでもある。

覚えておいて。
どんなときでも、働くこと、働きつづけることが「希望」になる、っていうことを。
ときには、休んでもいい。
でも、自分から外に出て、手足を動かして、心で感じることだけは、諦めないで。
これが、わたしの、たったひとつの「説法」です。
人が人であることをやめないために、人は働くんだよ。
働くことが、生きることなんだよ。
どうか、それを忘れないで。

(以上、西原理恵子著 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』より一部引用)