【第128回】論語と算盤 -今こそ問われる日本のエートス その3

渋沢栄一は生涯で500以上もの銀行や会社の設立に関わったが(驚くべきことにその大部分が現在も健在です)、彼はその株をほとんど所有しなかった。少しでも所有していれば子々孫々に至るまで大富豪となれたのであるが、彼にはその私心はなかった。実に清廉潔白だったのである。著書「論語と算盤」の冒頭で彼は以下のように語っている。
(以下引用)


処世と信条
論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの
今の道徳に依って最も重なるものともいうべきは、孔子のことについて門人たちの書いた論語という書物がある、これは誰でも大抵読むということは知っているが、この論語というものと、算盤というものがある、これははなはだ不釣合で、大変に懸隔したものであるけれども、私は不断にこの算盤は論語によってできている、論語はまた算盤によって本当の富が活動されるものである、ゆえに論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いものであると始終論じておるのである、ある時私の友人が、私が七十になった時に、一の画帳を造ってくれた、その画帳の中に論語の本と算盤と、一方には「シルクハット」と朱鞘の大小の絵が描いてあった、一日学者の三島毅先生が私の宅へござって、その絵を見られて甚だおもしろい、私は論語読みの方だ、おまえは算盤を攻究している人で、その算盤を持つ人がかくのごとき本を充分に論ずる以上は、自分もまた論語読みだが算盤を大いに講究せねばならぬから、おまえとともに論語と算盤をなるべく密着するように努めようと言われて、論語と算盤のことについて一の文章を書いて、道理と事実と利益と必ず一致するものであるということを、種々なる例証を添えて一大文章を書いてくれられた、私が常にこの物の進みは、ぜひとも大なる欲望をもって利殖を図ることに充分でないものは、決して進むものではない、ただ空理に走り虚栄に赴く国民は、決して真理の発達をなすものではない、ゆえに自分らはなるべく政治界軍事界などがただ跋扈せずに、実業界がなるべく力を張るように希望する、これはすなわち物を増殖する務めである、これが完全でなければ国の富は成さぬ、その富を成す根源は何かといえば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ、ここにおいて論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめる事が、今日の緊要の務と自分は考えているのである。
(以上、「論語と算盤」渋沢栄一 国書刊行会 平成13年 1~2ページより一部引用)



ここで注目すべきなのは最後の一言半句“その富を成す根源は何かといえば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ”という見解である。すなわち、今日の米国金融のグローバリズムに代表されるような「強欲」は富を創出しても永続しないと喝破しているのである。要するに、倫理観に欠けた金儲けはリーマンのように必ず破綻すると言っているのである。この警鐘のもとに日本の資本主義は発達したのである。マックス・ヴェーバーが主張したプロテスタンティズムの倫理と何ら遜色のないエートスを日本人は持っていたのである。
実は渋沢栄一のこうしたエートスは論語だけから形成されたものではないと筆者は考えている。彼は徳川慶喜の家来として幕臣中の幕臣であり、パリで行われた万国博覧会に将軍の名代として出席した弟の徳川昭武に随行もしたが、元々は武士ではなく上州血洗島村の絹商人であった。若い頃は父親の名代で横浜で外国人相手に輸出用の絹を売って大儲けをしていた有能な商人であったが、当時は士農工商と呼ばれ、商人というのは人民の階級の中で一番低いものであった。要するに、武士から見れば金儲けは卑しい所業でござるということなのである。
この頃、商行為の正当性を説いて商人社会に商道徳を普及させた日本のカルバンがいた。石門心学の石田梅岩である。彼は元禄バブルが崩壊した元文4(1939年)に「都鄙問答」という本を著し、単に金儲けに走ることなく、勤怠・誠実・正直の精神に立ったもので、まさに日本のカルバンと呼ぶべきものであった。彼の商道徳は以下のようなものである。
(以下引用)


仁・義・礼・智の心が信を生む
心学講座(明倫舎蔵)
梅岩は、商人が「仁(他人を思いやる心)」、「義(人としての正しい心)」、「礼(相手を敬う心)」、「智(知恵を商品に生かす心)」という4つの心を備えれば、お客様の「信(信用・信頼)」となって商売はますます繁盛するのだと説いています。そのため、商人の心構えとして、「人、三刻(6時間)働きて三石(450Kg)の米を得る。われ四刻働きて三石と一升(約1.5kg)を得る。なんと素晴らしき哉」と述べて、勤勉に励む心(労働と努力の価値)の重要性を説いています。商人は商人らしく、ただひたむきに仕事に執心することが人格形成につながるのであり、決して目先の利益やひとときの我欲に惑わされてはならない-。梅岩はこの心のとらえ方を「ありべかかり」、つまり「~らしく」という言葉で表現し、商人の職業道徳の指針を明確にしようとしたのです。
(以上、「石田梅岩と石門心学」  京都小売商業支援センター ホームページより引用、2009年3月24日時点)



おそらく渋沢栄一もその影響を強く受けていたに違いない。それゆえ、ヴェーバー的に渋沢栄一を研究するならば「論語と算盤」だけを読んでもピンとこないのである。その背景には日本のカルヴァン・石田梅岩の石門心学が存在したのである。日本の階級社会で一番下層カーストであり、金銭を稼ぐ卑しい職業の商人階級に石田梅岩は職業倫理を植え付けたのである。これは西洋にも中国にもない画期的な思想であった。
石田梅岩という人は丹波の亀岡に百姓の次男として生まれ、1695年、11歳で呉服屋に丁稚奉公に出て、1727年に出逢った在家の仏教者小栗了雲に師事して思想家への道を歩み始め、45歳の時に借家の自宅で無料講座を開き、石門心学と呼ばれる思想を説いた人である。梅岩の商道徳は「売利の本質」である。武士は主君に仕えて俸禄を得るが、商人は万人に奉仕して利益を得ることが出来る。その為、正しい商いをしてこそ継続的に一定の利益が得られるものであり、この事は商いの原点であるというものであった。

「二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、自死するやうなこと多かるべし」
「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり」
「商人も二重の利、密(みつ)々の金を取るは、先祖への不孝不忠なりとしり、心は士(さぶらひ)にも劣(をと)るまじと思ふべし。」
「商人の道と云とも、何ぞ士農工(しのうこう)の道に替ること有らんや。孟子(まうじ)も、「道は一なり」との玉ふ。士農工商(こうしやう)ともに天の一物なり。天に二つの道有らんや。」

これは江戸時代の商道徳を規定した画期的思想であった。彼の思想は名著「都鄙問答」の中に語られている。

さて、話を渋沢栄一に戻そう。
渋沢栄一は著書の中でこうも語っている。
(以下引用)


仁義と富貴
真正の利殖法
実業というものはいかに考えてよいものか、もちろん世の中の商売、工業が利殖を図るものに相違ない、もし商工業にして物を増殖する効能がなかったならば、すなわち商工業は無意味になる、商工業はなんたる公益もないものになる、さりながらその利殖を図るものも、もしことごとく己れさえ利すれば、他はどうでもよかろうと言うことをもって利殖を図って行ったならば、その事物はいかに相成るか、むつかしいことを言うようであるけれども、もし果して前陳のごときありさまであったならば、かの孟子の言う「何ぞ必ずしも利を曰はん、又仁義あるのみ」云々、「上下交々利を征りて国危し」云々、「苟しくも義を後にして利を先にすることをせば、奪はずんば饜かず」となるのである、それゆえに真正の利殖は仁義道徳に基かなければ、決して永続するものでないと私は考える、かく言えば、とかく利殖を薄くして人欲を去るとか、普通外に立つと言うような考えに悪くすると走るのである、その思いやりを強く、世の中の得を思うことはよろしいが、己れ自身の利欲によって働くは俗である、仁義道徳に欠けると、世の中の仕事というものは、段々衰微してしまうのである。
(中略)
余は平生の経験から、自己の説として論語と算盤とは一致すべきものであると言っている、孔子が切実に道徳を教示せられたのも、その間経済にも相当の注意を払ってあると思う、これは論語にも散見するが、特に大学には生財の大道を述べてある、もちろん世に立って、政を行うには、政務の要費はもちろん、一般人民の衣食住の必要から、金銭上の関係を生ずることは言うまでもないから、結局、国を治め民を救うためには道徳が必要であるから、経済と道徳とを調和せねばらぬ事となるのである。ゆえに余は一個の実業家としても、経済と道徳との一致を勉むるために、常に論語と算盤との調和が肝要であると手軽く説明して、一般の人々が平易にその注意を怠らぬように導きつつあるのである。
昔は東洋ばかりでなく、西洋も一体に金銭を卑しむ風習が極端に行われたようであるが、これは経済に関することは、得失という点が先に立つものであるから、ある場合には謙虚とか清廉とか言う美徳を傷つけるように観えるので、常人は時としては過失に陥り易いから、強くこれを警戒する心懸けより、かかる教えを説く人もありて、自然と一般に風習となったものであろうと思う。
かつて某新聞紙上にアリストテレスの言として、「総ての商業は罪悪である」という意味の句があったと記憶しておるが、随分極端な言い方であると思ったが、なお再考すれば、総て得失が伴うものには、人もその利欲に迷い易く、自然仁義の道は外れる場合が生ずるものであるから、それらの弊害を戒むるためかような過激なる言葉を用いたものかと思われる、どうしても人情の弱点として、物質上の事に眼がつき易く、精神上のことを忘れて物質を過重する弊害の生ずるは止むを得ないことであるが、思想も幼稚であり、道徳上の観念の卑しい者ほど、この弊害に陥り易いものである、ゆえに昔は全体から観れば、知識も乏しく道義心も浅薄にして、得失のため罪悪に陥る者が多かったのであると思われるので、ことさらに金銭を卑しむ風が高まったのであろう。
(以上、「論語と算盤」渋沢栄一 国書刊行会 平成13年 85~99ページより一部引用)



職業における商業の正当性の主張や、“真正の利殖は仁義道徳に基かなければ、決して永続するものでないと私は考える”という主張は明らかに論語には存在しない思想であり、石田梅岩の心学の根本思想そのものである。
今日のリーマンの経営者にこうした考えや倫理観が備わっていれば“強欲”米国資本主義は跋扈しなかったのである。
明治資本主義が石門心学を源流に武士道を意識しながら論語に立脚して倫理を形成したのは見事な調和であり、決して渋沢栄一だけの発明ではなく江戸時代の商人(三井や住友ですな)のDNAでもあったのである。
渋沢栄一はまた、資本主義と江戸商道徳と結びつけてこのように述べている。
(以下引用)


実業と士道
功利学の幣を芟除(せんじょ)すべし
日本魂、武士道をもって誇りとする我国の商工業者に道義的観念の乏しいと云うことは、実に悲しむべきことであるが、そもそのよって来るところをたずぬれば、従来因襲する教育の幣であると思う、予は歴史家にあらずまた学者にあらざれば、遠くその根源を究むることは出来ないけれども、彼の「民可使由之、不可使知之」という、朱子派の儒教主義は、近く維新前まで文教の大権を掌握せる林家の学によってその色彩を濃厚にし、被治者階級に属する農工商の生産界は、道徳の天則外に放置せらるると共に、己れ亦自ら道義に束縛せらるるの必要なしと感ずるに至った。
この学派の師宗朱子その人が、ただ大学者というまでにて、実践躬行、口に道徳を説き、身に仁義を行う底の人物でなかったから、林家の学風も、儒者は聖人の学説を講述する者、俗人はこれを実地に行うべきものとし、説く者と行う者との区別を生じ、これが結果として、孔孟のいわゆる民すなわち被治者階級に属する者は、ただ命これ奉じて、一村一町の公役行事を怠らざれば足るという卑屈根性を馴致し、道徳仁義は治者のなすべきこと、百姓は政府より預かりたる田畑を耕し、町人は算盤の目をせせってさえいれば能事おわるという考えが、習い性をなして国家を愛するとか、道徳を重んずるとかいう観念はまったく欠乏したのである。
鮑魚の市に入るものは自らその臭を知らずといえば、かかる数百年の悪風に養われ、いわゆる糞厮の臭きを忘れたるものを薫化し、陶冶し、あっぱれ有道の君子的人物となすは、もとより容易のことでは無いのに、欧米の新文明の輸入は、この道義的観念の欠乏に乗じ、翕然として功利の科学に向わしめ、いよいよその悪風を助長することとなった。
欧米にも倫理の学は盛んである、品性修養の声もはなはだ高い、しかしその出発点が宗教によりて、我国の民性と容易に一致し難き所があるより最も広く歓迎せられ、最も大なる勢力となったのは、この道徳的の観念では無くして、利を増し産を興すに覿面の効果ある科学的智識、すなわち功利の学説である、富貴は人類の性欲とも称すべきであるが、初めより道義的観念の欠乏せる者に向って、教うるに功利の学説をもってし、薪に油を注いで其の性欲を煽るにおいては、その結果はけだし知るべしではないか。
(中略)
しかるに世人はこの種の人物を成功者として尊敬し羨望し、青年後進の徒もまたこれを目標として、何とかしてその塁を摩せんとするに腐心する所より、悪風滔々として停止するところを知らざる勢いとなっておる、かくいえば、我が商業者の総ては皆不信背徳の醜漢のようであるが、孟子も「人の性は善なり」と言えるごとく、善悪の心は人皆これあれば、中には君子的人物であって、深く商業道徳の頽廃を慨し、これが救済に努力しおる者も尠くないが、何にせよ既往数百年来の弊習を遺伝し、功利の学説によりて悪き方面の智巧を加えたる者を、一朝有道の君子たらしむるは容易に望み得らるべきでは無い、さりとてそれをこのままに放任するのは、根なき枝に葉を繁らし、幹なき樹に花を開かしめんとするものにて、国本培養も商権拡張も、到底得て望むべきにあらざれば、商業道徳の骨髄にして、国家的、むしろ世界的に直接至大の影響ある、信の威力を闡揚し、我が商業家の総てをして、信は万事の本にして、一信能く万事に敵するの力あることを理解せしめ、もって経済界の根幹を堅固にするは、緊要中の緊要事である。
(以上、「論語と算盤」渋沢栄一 国書刊行会 平成13年 207~210ページより一部引用)



文中の“欧米の新文明の輸入は、この道義的観念の欠乏に乗じ、翕然として功利の科学に向わしめ、いよいよその悪風を助長することとなった。”は百年前のリーマン予想?である(xxx予想というのは、数学の世界で立証されていないが仮説を予言することを言う。リーマン予想は、1859年にドイツの数学者ベルンハルト・リーマンのゼータ関数の零点の分布に関する予想のことを指すが、この場合は渋沢栄一によるリーマンブラザーズ破綻予想である。悪しからず)。
“信は万事の本にして”とは、要するに企業や社会に信頼感のある関係が土台となるということを言っている。これは厳格なプロテスタンティズムの倫理が作り出した勤勉さとそれに伴う信頼感と酷似している。
現在、竹中教授が日本に持ち込んだ米国型資本主義はこの対極をなす倫理観の喪失に裏打ちされ、徹底した拝金主義と功利主義が貫かれている。そのためにリーマンは破綻し、AIGは国有化され、GMは倒産の危機に見舞われ、米国の資本主義全体が崩壊の危機に陥っている。ワールドコムの粉飾に始まった米国の強欲資本主義はSOX法を整備しても改善されなかった。SECやSOX法やコンプライアンスこそ“外面的倫理の規定”そのもので、何ら人々の衿を正すものではなかったのである。ルールをいくら厳格にしても、会計監査をいくら厳密にやっても、倫理観がない限りルールは破られるし不正は続くのである。それはヴェーバーの時代から判っていたことなのにもかかわらず竹中米国資本主義はこの歴史を理解しなかった。

米国の資本主義とグローバリズムは明らかに失敗している。これを我々は素直に受け止めるべきではないだろうか?竹中教授が日本に持ち込んだ米国型資本主義は単なるグローバリズムではない。信頼と良心を失った滅びゆく資本主義のモデルである。そのことを彼は心から理解していない。
渋沢栄一が草場の陰から泣いている。