【第122回】金融モンロー主義のすすめ -貧乏の輸出という大珍事の後始末

最近こういう昔話があった。


昔、昔、あるところに大きな国があったとさ。
その国は昔は世界で一番裕福な国だったが、長い間に金持ちがのさばって自分たちばかり金儲けをしたために、中産階級が崩壊して貧乏人がたくさん増えたとさ。
その国の貧乏な人々は、昔金持ちだった頃の生活が忘れられず、クレジットカードという魔法のお金を使って散々贅沢をして暮らしていたとさ。国民がそうやって贅沢をして借金漬けになってゆくにつれ、国はよその国からたくさん借金をして暮らしていたとさ。
ある年の秋、その国の金貸し街にとても強欲な金貸しのユダヤ人がいたんだとさ。彼等はその貧乏人の借金をいろいろな借金と混ぜ合わせて転売し貧乏人の借金がどうなっているのか分からないように証文を作成して世界中に売りさばいたとさ。
最初は貧乏人には払えもしない家を売りつけて利子だけを受け取って証文がいかにも健全な借金のように偽装して世界中の人々をだまして証文を売ったとさ。
その借金の総額は3兆2,000億ドル(約320兆円)にもなるんだとさ。それをだまって売りまくった金貸しはいつの間にか消えてしまい、貧乏人が作った借金はその証文を通じて世界中の人々に負担されることになったとさ。
その証文をサブプライムローンと言うそうだ。めでたし、めでたし。


昔話終わり

ここ十数年、米国の主導によって経済のグローバル化が著しく進んだ。
その結果、巨大なファンドによる資本が世界中を瞬時に駆け巡り、原油高騰や金高騰、株式暴落や通貨の変動等々の急激な変動を世界の実体経済に常にもたらすこととなった。世界経済はこのグローバル化によって不安定なものとなったのである。

今回のサブプライムローンの破綻による米国投資銀行の崩壊は、マクロ的な視点から見ると米国の借金の合法的なバラ撒きである。米国の借金を肩代わりした覚えのない外国の銀行にうまく巨額の借金をバラ撒いたのである。言い方を変えると米国が世界中の銀行にサブプライムローンを通じて徳政令を出したのである。
これは米国を借金経済から救うカンフル剤となるに違いない。
一国の貧民の借金を合法的に世界にバラ撒くなどという手法が存在するとは誰が想像しただろうか?
また、このために1990年代に米国は世界中にグローバル化を強要してきたのである。
資本のグローバル化を進めて世界的な資本の流動性を高め、それを邪魔する各国の規制を排撃し、コンプライアンスやSOX法や規制緩和のようなルールをあたかもディファクトスタンダードのように喧伝し、木村剛氏や竹中さんのような米国信者を操って世界中に広めてきたのである。日本の銀行を弱体化するために考案されたBIS規制などもそのグローバル化のもとに提唱された制度である(今となっては、何だったのあれは?ですが)。

リーマンの破綻で分かったように、米国は自国の問題となった途端に市場に介入し、空売りを規制してアンチ・グローバル化の手法を鮮やかにやってのけた。自らグローバル化など絵空事でることを証明してくれたのである。つい先日、10月17日の日経新聞ではそのグローバル化の旗頭であった、会計基準の時価会計凍結により金融非グローバル化政策をさらに打ち出している。

それに引き換え日本は90年代バブルの崩壊で危機的状況であったときに、米国の主導でハードランディング政策をとってバブルの傷口を大きく広げることとなったのである。
グローバル化のもとに日本固有のルールや伝統に則ったソフトランディング政策が否定されてしまったのである。失われた20年はそれによって加速されたのである。

米国の手先となって日本の金融のグローバル化や金融庁マニュアルを作成した木村剛氏や竹中さんの責任は一体誰が取るのだろうか?
その胴元の小泉さんさえ引退してしまった今となっては結果責任だけが国民や金融機関に押し付けられた格好になっているのである。
これは納得がいかない。一部のアメリカかぶれのために、どうして日本は金融危機のときにハードランディングの政策を急激にとらなくてはならなかったのか。
これによって、日本の古き良き銀行というシステム、渋沢栄一以来、営々と続いてきたシステムが崩壊せねばならなかったか、とても疑問なのである。
ここにも米国型コンサルにすっかり騙された日本システムの敗北があったのである。

PFドラッカーがGMに嫌われながら発明したコンサルタントというシステムは、その50年後に米国の貧民の借金を世界中に合法的にバラ撒くという結果をもたらした。このことに我々はもっと用心して警戒すべきではないだろうか?

明治時代に急激な欧米化かぶれを警戒して当時の日本人はそういう連中をハイカラかぶれ、舶来主義と非難したものだが、木村剛氏や竹中さんに対して米国かぶれという批判は少なかった。我々はこのことをもっと反省すべきではないだろうか?

ともかくも恐らく人類の歴史始まって以来の珍事である。“貧乏の輸出”ということが本当に起き、その“貧乏”を各国の一流銀行が競って買ったというのだから信じられない出来事である。しかも米国の一流格付会社ムーディーズがその“貧乏”にAAAを出したのだから、これは国家ぐるみか、ウォール街ぐるみの史上最大の詐欺事件と言わざるをえない。スティングも顔負けの珍事件と言えるだろう。

これで米国の過剰消費による国民の債務は外国の金融機関や投資家に押しつけてなくなったので、当面ドルの暴落はないであろうと筆者は考えている(短期的にはいろいろあると思いますが)。米国のバランスシートから何百兆もの債務が忽然と消えたのである。これで米国は無借金とは言わないが健全さをだいぶ取り戻したかもしれない。経済学者は誰もそんなことを口にしていないが、これで米国は再び強い国に返り咲くのであろうか?

今、世界中の金融行政はグローバル化とはまったく逆のモンロー主義にならなければならないのではないだろうか?
金融モンロー主義である。金融にも国境が必要なのである。
つまり各国の固有のルールで防波堤を作って、巨大資本の暴走を止めないといつまたガソリンが200円になるかわからないのである。
資本の世界的な暴走を止めるためにも国ごとの壁(国境に相当します)をもう一度作り直して、過剰な流動性を牽制しなくてはならないのではないかと思うのである。
実は現在起きているスペインの住宅バブルもヨーロッパがユーロに通貨統一されて各国の金利差が縮まり、その結果高金利だったスペインの金利がドイツに合わせて下がったために起きた現象である。
国境を越えた過剰流動性はスピードが速すぎて、必ず実体経済に影響を及ぼすのである。
そのことによる不安定が社会の健全性を損なっているのである。
だから少しの上昇要素がレバレッジを利かせて、原油が140ドルに跳ね上がったのである。
これは資本の暴走である。

1990年代にグローバル化経済に異を唱えたマレーシアのマハティール首相(当時)に対して世界中のエコノミストや金融関係者や経済人が嘲笑を浴びせかけたことを皆さんは覚えているだろうか?アジアの通貨危機の時の話である。
あの時、世界中の金融グローバリズム提唱者はマハティール首相を鼻で笑っていたが、彼の意見は正しかった。
歴史がそれを証明したのである。

これも神の見えざる手なのだろうか?