【第116回】ハリウッド映画の危機

The Strucutre of American Industry(現代アメリカ産業論)という本がある。Walter Adams(ウォルターアダムズ)教授と、James W. Brock(ジェームズブロック)教授が1950年から延々と出版し続けている米国の産業構造を分析した本で、現在邦訳では第10版までが出版されてい る。

日本の産業といえば、GDPに貢献している順位から並べると、製造業が20%、サービス業が25%、農林水産業が2%で、農林水産、鉱業、エネルギー、建設業、製造業、金融・保険、運輸・倉庫業、貿易、卸売・小売業、情報・通信業、不動産業、サービス業に大別される。

米国の1950年代の代表的な産業といえば、
綿繊維産業、石炭鉱業、農業、住宅建設業、鉄鋼業、化学工業、煙草産業、映画産業、乳業、製罐業、ガラス容器産業、海上回漕業、航空輸送業、だが、
最新の2000年代の米国の代表的な産業といえば、
農業、石油産業、煙草産業、ビール産業、自動車産業、コンピュータ産業、映画娯楽産業、航空輸送業、商業銀行業、保健医療産業、電機通信業、大学スポーツ産業となる。
途中の出入りは多少あるが、ハリウッド(映画産業)は長らく米国のGDPを支える基幹産業であることがよく分かる。

しかし最近ハリウッドの映画は面白くない。
ダイハード、インディ・ジョーンズ、パイレーツオブカリビアン、ナショナルトレジャー、ランボー、アイアムレジェンド等々、大いに期待して見に行ったにも かかわらず、どれを見てもうんざりするような出来映えであった。こんな大金をかけてどうしてわざわざ下らない作品に仕上げるのか、筆者にはさっぱり理解で きない。
現在のハリウッド映画には明らかに病根とおぼしき傾向が存在する。その要素は昔から多かれ少なかれ存在したのであるが、最近の作り方は特にひどい。せっかくの企画をハリウッドのユダヤ資本が台無しにしているのではないかと勘ぐりたくなるような惨状である。
それらの病気の症状は以下のように分類される。

 1.CGの多用によるリアリティの喪失
 2.低脳で無教養な客を刺激するための無意味なクライマックスの設定
 3.過剰な演出、過激なシーンによるジェットコースター化
 4.お手盛のラブシーンや愛情確認シーンのわざとらしさ(米国人はハグしないと
   愛情が伝わらない民族なのかもしれませんが)

これらの要素は大ヒットを狙ったハリウッド目玉映画に必ず仕込まれているロジックである。まるで吉本や松竹新喜劇のようにパターン化されていて、そのパ ターンがまたとてつもなく不愉快なのである。吉本の芝居のように愉快な気持ちになるワンパターン(これをオヤジギャグでは、“犬が倒れる”と表現します) ならよいが、見るに耐えないワンパターンなので、毎回同じ理由で不愉快になってしまうのである。
これから筆者の好きな、インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国が封切られる予定であるが、上記のハリウッド映画症候群によって劣化している可能性が大いにあり、見ようか見まいか大いに迷っている次第である。

ハリウッドは見せ場を作るために15分おきに主人公がバカになるという珍現象が発生している。それまでは勇気があって、クレバーだった主人公が突然、アホの坂田のようになって大マヌケなミスを犯し、命にかかわる重大な危機に陥るのである。
現在のハリウッド映画はこの手の瞬間痴呆症ともいうべき、おマヌケなクライマックスが10分~15分に1回ずつ映画が終了するまで繰り返し現れるというパターンを繰り返している。主人公の気持ちになって感情移入しながら真剣に見ていた筆者はその度に失望し(何で俺はこんなバカの所業を金を払ってわざわざ見 てるんだと自己嫌悪に陥るのである)、映画館でなければそのまま見るのを辞めてしまうのである。それゆえ、未消化(最後まで見ていない)のハリウッド映画が 最近山ほど溜まってしまっている。このままでいくと、最後まで見た映画の本数の方が、途中で呆れ返って見るのをやめてしまった映画の本数よりも少なくなるのではないかという危惧すらある。

明らかなミスやバカな行為や感情むき出しの行動を正常な知能を持った人間が正視しなくてはならないというのは本当に辛いものである。

例えば、アイアムレジェンドでは、軍人で医師で冷静沈着で隙のない主人公が突然感情的にキレて、自動小銃を意味もなく乱射して敵の罠に引っかかったり、些細なことでモノに当り散らすような怒り方をしたりするのを見ていると、“これが本当に同一人物か?”と我が目を疑ってしまうのである。筆者はこの段階で真 剣に見る気持ちが失せてしまうようだ。
アイアムレジェンドは、1970年代にチャールトンへストンが主演したオメガマンのリメイクであるが、同じミスを犯すにしても昔の方が臨場感と必然性があった。
現在では、わざとクライマックスを捻出するためにさっきまで200あった主人公のIQをいきなり50以下に下げて行動させておマヌケなミスを作り出しているようにしか見えないところは本当に見ていて辛い。

また、安易にCGを多用するために映像が行き着くところまで行き着いてしまって、逆にリアリティを失って漫画チックになるという弊害も目に余るものがあ る。昔のリアルな映像の頃(黒澤映画を思い出していただきたい)は、ガンマンが悪漢1人射殺するのに2時間もかかったりしたものだが、最近のCGを使った ハリウッド映画では1人の人間が5分くらいのシーンで何千人も殺してしまうのである。真面目に見たら、見るに耐えないシーンであるが、CGで妙にリアリ ティがないのでテレビゲームのようにウソくさいのである。CGの過剰な映像と主人公のIQを下げて無理矢理作ったクライマックスを何度も見せられてヘトヘ トになった頃、今度はロミオとジュリエットでもやらないようなラブシーンが0.001秒で銃弾が飛び交う中、まるでハワイの海岸にいるようにゆったりと展 開するのである。何もこの場所で愛情を確認しなくても、あとでゆっくりやればいいじゃないかと筆者は呆れ返ってしまうのであった。何が悲しくて生命の危機 の真っ只中にいるのに主人公とヒロインが必ず抱擁して愛を確かめ合わなければならないか、さっぱり理解できないのである。これはさすがにどっちらけであ る。
この荒唐無稽なリアリティのなさのためにもう2度とハリウッド映画は見まいと心に固く誓って、筆者は映画館を後にしたのであった。

思うに、ハリウッド映画が想定している観客はマサイ族でも中国人でもなくて、米国民であろうと思われる。全ての米国民がこのような子供じみたロジックに酔 わされているとすれば、これは国の民度を左右する大問題かもしれない。簡単に言うとハリウッドの脚本家は、米国人を低知能集団であると思い込んでいるということである。それに付き合わされる日本人はたまったものではない。IQ200とIQ50が同じ人間の行動として展開されると、その大きな矛盾に心が心底 疲れてしまうのである。あまりにも浅はかで愚かな行動をこれでもかと見せ付けられるのは非常に精神的につらい。
思えば米国は先進国でありながら非識字率が5%もあるのだ(ちなみに、中国の農村人口8億5,000万人のうち、非識字率は30~40%であるといわれています。筆者の生涯で文字が読めなかった日本人と遭遇したことは一度もありませんが)。

ハリウッド映画から透けて見えるもの、それこそが米国社会に潜む陰の大問題をあぶりだしているのかもしれない。