【第115回】設計と勇気

落語の演目で、噺の名前は忘れたが、こういう内容の話があったのを記憶している。
ある時、八っつぁんとくまさんが将棋を指した。最初は八っつあんの番である。やおら八っつぁんは突然一手も指さずに長考に入ってしまった。何時間か経って脂汗を垂らして考え抜いた挙句に、一手も指さずに“参りやした”と降参するのである。
これは単なる笑い話であるが、設計やプロジェクトの中では実際によくある話である。
何にもやらないで八っつあんはできないと宣言したのであった。

それと似たような現象であるが、システム開発の現場では、いつも何をやっても失敗ばかり繰り返すSE氏が必ず存在する。そういうSE氏は、仕事(プロジェ クト)に失敗すると、必ずといっていいほど、“××が初めてだったから”と、自分が××に不慣れで(この場合は××は何でもよい)、そのスキルが不足していたために、失敗してしまったのだと言い訳するのである。そういう失敗続きのSE氏がいる一方で、ある優秀なSE氏は、何をやってもいつも何とか(見事 に?)着地してみせる。もちろん彼は毎回チャレンジするから周囲にあるものはいつも初めてだらけである。
つまり、初めてだろうが困難であろうが、何をやっても上手くいくSEは上手くいくし、失敗するSE氏は何度やっても(当人が思ったとおりに)失敗するのである。

また、こういうエピソードもあった。
有名大学を優秀な成績で卒業したA君にある難しい仕事を頼んで、「できるかどうか1日考えてみてくれ」と依頼したところ、次の日A君はレポートを30枚くらい提出してきて、なぜ出来ないかということを延々と書いてよこしたのである。彼はその“できないレポート”をまとめることにほぼ1日を費やしたのであっ た。
方や、あまり優秀でないが元気で明るいB君に同じ仕事を依頼して、「できるかどうか1日考えてみてくれ」と依頼したところ、次の日B君は「全部はできませんが、××で○○のやり方をすれば半分は条件どおり何とかできます」と回答してきた。
できる方法を彼ができる範囲で提案してきたのである。

実は、前述の八っつぁんと失敗を繰り返すSE氏とできないA君は同じ思考回路と行動パターンを持っているのである。

その思考回路とは何だろうか?
それは、“ネガティブ思考”である。

みなさんは、“なーんだ”と失望するであろう。実は“ネガティブ思考”はものの考え方ではなく性格や人格の一部なので、2,3冊本を読んだり、精神科医にカウンセリングを受けたくらいでは治らない。
彼等は直感的に(論理的でもなく科学的でもない)困難である、できそうもないと感じたら、それから後は一心不乱に“できない理由”ばかりを考え始めるので ある。1日経っても3日経っても“できない理由”しか考えていないので、当然、依頼された仕事はできない。多分、百年経っても実現不可能であろう。

このように、“ネガティブ思考”に陥ってしまうと、脳のCPU能力は“できない”ということを証明するために100%使われてしまうのである。持ちうる能力を“できない”理由を考えるために湯尽するのだから出来る方法など全く思いつくはずがない。
これが“できない”ということの正体なのである。
人間やったことのないものに初チャレンジするときに、それが100%実現可能であるかどうかは本人もやってみなければ判らない。それゆえ、“できない”という答えも間違いであるし、“できる”という答えも正しくないのである。そういうとき、マインドセットが“プラス思考”であればCPUを100%“どうやって実現するか?”に使うので、不可能は可能となるのである。
これが“プラス思考”の心の使い方である。

似たような例がいくつもある。
例えば、全く開発不能と言われていた製品(例:50インチの液晶画面の製造のような)があったとする。この開発不能の製品を、あるとき突然どこかの1社が 開発すると、それから僅か半年で堰を切ったように他のメーカーが同じような製品を発売することがある。全く技術力がないなら半年くらいで製品化するのは不 可能なはずである。
このことは何を示しているかと言えば、他メーカーの開発者は“ネガティブ思考”で出来ない理由しか考えていなかったところに“できた事実”が登場してし まったので、発想を“ポジティブ思考”に変更して出来る方法を考えただけの話である。CPUの能力をできないからできるに切り替えただけの話である。
開発する能力は元々あったのだが、それを実行できない心があったということである。設計という仕事は具体的なものを作らないで構想する仕事であるから本当にできるかどうかはものができてみないと証明できない。それゆえ、ものができるまで設計をぐいぐい進めるためには一種の“自信”と“勇気”が必要なのであ る。
これにさしたる根拠はない。カラ自信とカラ勇気で一向に差し支えない。これがないと設計は上手くいかない。心が日和ったところに設計ミスが発生するからで ある。または壁にぶち当たると砕けてしまうからである。何回でも考え抜くような難しい設計をするときは、“できる筈だ”という信念のようなものに取り憑か れていなければならない。これがないと一流の設計者にはなれない。また、不可能は可能とならない。人間が不可能を可能にする瞬間はこういうものである。

人間50近くにもなると自分には才能があるとか才能がないという問題にある程度終止符を打っている人が多いのではないだろうか?
自分を大肯定して信念のように自分を信じて才能をつぎ込む“ポジティブ思考”の勇気や自信はいったいどこから生まれるのであろうか?

芥川龍之介の侏儒の言葉という箴言集にこういう一節があった。
「天才」
“天才とは僅(わず)かに我我と一歩を隔てたもののことである。只(ただ)この一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ”

また、発明王エジソンはかくのたもうた。
“天才とは1%の才能と99%の努力でできている”

数学的に考えれば(デジタルに考えれば)、1と99の対比は“ある”と“ない”の対比である。これを数学的に翻訳すると下記のようになる。

天才とは才能はまったく不要で努力だけすればよい。

だが、不断に努力し続ける“ポジティブ思考”はどこから沸き出でてくるのであろうか?実は、“好きである”ということが才能のすべてなのである。
器を作るのが好きである、とか、翻訳するのが好きである、とか、画面を設計するのが好きである、というように好きであるということが、実は才能のすべてなのである。
それゆえ好奇心旺盛ということが才能に溢れているということに直結するのである。
そう考えると人間の才能はその人の心の置き所次第でどうにでも変わるのである。
一番才能がない人は自らやりたいことが何もない人である。それは生きる意欲そのものであるかもしれない。

最近、高学歴でニートになったりとか、東大入学燃え尽き症候群とか、目的を失って自己喪失する若者が多いが、学校のカリキュラムは生きる意欲や夢中になれるものを与えてはくれない。それは自らが冒険して探さなければならないのである。
サラリーマンの家庭で職業観の希薄な家に育つと、ハンターのように職業を決めるということが無いので(成績によって学校と職場が自動的に割り当てられるので)、そういう風になってしまうのかもしれないと筆者は考える。

話はそれるが、相変わらずどこの家庭でも“きみのお父さん何やってるの”と聞くと、“○○商社に勤めています”とか、“××建設に勤めています”、という 答えが返ってくる。決して“経理屋さん”です、とか、“エンジニアです”、という職業で回答することはない。父親の背中は相変わらず見えないようだ。

設計は役割ではなく創造的仕事である。できない人にはいつもできない。
設計者は、好きであるから、誇りを持っているから、前向きな勇気を発揮して不可能に挑戦するのである。そのときしか不可能は可能にならない。

好きこそものの上手なれと昔の人はのたもうた。
超一流の設計者をめざす若者はまずここから出発しなければならない。