【第114回】恨ミシュラン再び -グルメたちのQC活動

昔、西原理恵子(漫画家で「ぼくんち」の作者)と神足(コウタリ)裕司(採用情報ニスト)の共著で、「恨ミシュラン」という本があって、世の中の有名でひどいレストランをこき下ろした痛快なアンチグルメ本があった。
最近のこの手のアンチグルメ本では、覆面グルメ評論家の友里征耶氏の「シェフ、板長を斬る 悪口雑言集」や、JCオカザワ氏の「絶対行ってはいけない有名店、行かなきゃいけない無名店」などがある。
余談であるが、筆者が四谷で10年も通っている鮨屋があって、どういうわけだかその行かなきゃいけない無名店に取り上げられたのである。確かにその店は雑 誌の取材を受けないし、親方にITリテラシーがまったくないので、ホームページもなければインターネットの検索にもひっかからない。それが“無名”という ことの意味らしいが、開店して10年以上も経って40席以上ある店が連日満員なのにもかかわらず、“無名”というのは一体どんな現象なのだろうかと訝る次第である。
要するに、想像するにインターネットで検索できる=有名、インターネットで検索できない=無名、ということらしい。知人にそのことを話したら、そりゃそう だよ、と言われてしまったが。。。ちなみに、店から聞いた話では、取材は2回のみ、それも春先であったそうだ。鮨屋の評論をするためには、少なくとも春夏秋冬4回は通わなくてはならないので、真面目に評価しようとしたら最低1年はかかる。春夏秋冬通わないで鮨屋をスコアリングすること自体かなり無礼な話で、ミシュランの調査が日本中からブーイングされている一因でもある。

今、アンチミシュラン、アンチ料理評論家Y氏への逆風が猛烈に吹いているようだ。どうもミシュラン=Y氏推奨と思われているようで、ミシュランの評判が落ちる度にY氏憎し、の風潮になるようだ。雑誌ゲーテが公開質問状を出すほどの騒ぎになっている。

筆者がY氏の活動を思い出すのは、初期の頃のグルメマーケティングであった、荻窪ラーメンブームであった。その頃、筆者の部署のオフィスが荻窪にあって、 街中が有名ラーメン屋だらけの頃であった。その荻窪ラーメンの頂点に立っていたのがM福というラーメン屋であった。Y氏はM福を東京ラーメンの頂点に据えることによって、ラーメンブームの火をつけたのである。
あれは確か1993年頃であると思うが、2月の極寒の日、昼休みにM福に行ったときのエピソードである。M福は真冬でも客の行列を外で待たせる。札幌店の有名ジンギスカンのだるま屋の行列のように、ガチガチ30分待って凍った状態で店内に入って名物の玉子ラーメンを注文した。Y氏が称揚するようなびっくりするほど美味なものではなかった。落胆至極でだまってラーメンをすすっていると、向かい側に幼児連れの夫婦が座った。ラーメンを2杯頼んで、“子供用の取り皿貸してもらえますか”と店に頼んだところ、不機嫌なおばちゃんが吐き捨てるように(本当に客に対する態度とは思えない程尊大でありました)、“うちは お客さんは皆平等なんだから特別なことはできません”と言い放った。あたりの満席の客はシーンとなって、ただひたすら家畜のように黙々とラーメンをすすっていたのである。筆者にもその頃同じような年の子供がいたので、その発言に切れて、“何をえらぶってるんだよ、小皿くらい出してあげたらいいじゃないか。 有名になったからっていい気になるな”と、怒ってしまったのであった。おばちゃんはブツブツ言っていたが、周囲の客はやはり何事もなかったかのようにひたすら黙ってラーメンをすすり続けたのであった。
この事件以来、筆者はY氏がとことん嫌いになった。あんな無礼な店を称揚するなら、“乏す責任”もグルメ評論家にはあるのではないだろうかと思ったのであ る。同時に、なぜM福が日本一のラーメン屋なのか筆者にはさっぱりわからなかったのである。その後、M福はめでたく?案の定?つぶれてしまった。今では語り草にもならない。その店の傲慢な態度は今でもネットで読むことができるほどひどかったのである。
Y氏の責任はまことに甚大である。

先日、ミシュランで星を取ったある鮨屋を久しぶりに訪問したときに、そこの親方がミシュランの取材を断ったと言っていた。“もう来ないでくださいといいましたよ。○○○次郎が世界一の鮨屋だなんて言ってる本に一緒に載せられちゃかないませんよ、まったく”というのがその言い分であった。

どうも“世界一の選定”に世の中の不満が鬱積しているらしい。○○○次郎を世界一の鮨屋と称揚したのもくだんのY氏である。一般的に言えば、これは非常に頭の痛い問題で、客があまりいないときはとてもいい店だったのに、テレビや雑誌で有名になって味も接客も変わってしまったということはよくあることなので ある。
単純に客が倍になるということは仕込みが倍になるということで、よほど有能な弟子がいない限りは質を維持することはそれだけでも大変なのではないだろうかと思うのである。
それゆえ、日本一、世界一と称揚したならば再評価もセットでグルメ評論家(少なくともそれを商売にしているのならば)は活動すべきであると考えるのは筆者だけであろうか?

欧米人は非常にスコア化するのが好きで何にでも点数をつけたがるが、物の味は基本的には主観的な問題なので100点と95点の根拠はない。フィギアスケー トのように規程種目とフリー種目のようになっているのならばまだ分かるが、メニューは違う、ジャンルの違う、料理法も全く違う、値段も違うという東京のレストランをスコアという絶対基準でランク付けするのには、いかにも無理がある。その主観的な物の味をほとんど個人の判定基準で判断することはもっと無理ではないだろうか。真面目に地味にやっている料理人には大迷惑な話である。
雑誌の特集記事で紹介する分にはまだ害はないが、スコアをつけて優劣を絶対値で明らかにするということは相当の覚悟と責任が伴うことは必定である。それゆえ、現在巷で問題となっているのである。ミシュランが巷であまりありがたられずに攻撃されているのはこの無責任さのためなのである。
それと同じなのが、荻窪ラーメンブームを仕掛けてM福を日本一のラーメン屋に仕立て上げたY氏もその無責任さゆえ糾弾されているような気がする。
業者やレストランとの癒着が取りざたされるのもその根拠に無責任な評価を天下に流すということがあるからではないだろうか。

ちなみに、筆者がミシュランの調査員になって和食と鮨屋だけを担当して一年に何店舗評価できるか試算してみると、

365日/4回(春夏秋冬)=91軒

総務省統計局の平成16年の東京の飲食店の数は以下のとおりである。

一般飲食店のうち、食堂・レストランは、33,855軒あり、内訳は、一般食堂5,609軒、日本料理店8,148軒、西洋料理店5,764軒、中華料理店10,414軒、焼肉店2,448軒となっている。

その中の日本料理店を一年間担当するのに必要なミシュランの覆面調査員の数は、
8,148/91=約90人である。
西洋料理、中華料理、焼肉店を2回訪問で可とすると、(5,764軒+10,414軒+2,448軒)/180=約104人

合計すると、194人の覆面調査員が必要となる。
この調査員を365日働かせるわけにはいかないので、週休2日取らせると30%余計に人を手当てしなくてはならないので、194×1.3=252人
この252人の人件費+経費は、恐らく年収600万+(経費(食費)=260(稼動日数)×3万(平均食費)=780)=1,380万

ゆえに、全体の人件費は252人×1,380万=34億7,760万ということになる。
これをミシュランの売上でカバーするとなると、34億7,760万/3,000円=1,159,200万部となり、約116万部販売しないと元が取れないということになるのである。
現在はこの252人分の仕事を3人のフランス人と2人の日本人の計5人でこなしているということであるから、彼らの365日毎日の食事の回数は1日50回 も食事を取らないといけないことになる。これは0.5時間に1回ずつフルコースを食べて1年間全く寝ずに暮らすことを意味する。
仮に生活時間を1日8時間(睡眠は必要なので)取ったとしたら、16時間/50回=19分毎にフルコースを食べなくてはならない計算になる。これは全くもって不可能と言わざるを得ない。ミシュラン調査員は、1ヵ月で死に至る非常に危険な職業と言えるであう。

このように真面目に調査したら、5人では不可能なので、仮に1,500件エントリーされた店で計算してみよう。
1,500件×2回=3,000回/5人=600回/人
600/260(稼動日数)=2,3回

これは週12回食べに行くことを意味するので、週のうち3日間は2食フルコースで、週末の2日間は3食フルコースを食べなくてはいけないという計算になる。
これは健常人であっても不可能な数字であるし、一年間自分の好むものが全く食べられないという、ストレスの多い仕事となる。胃を1回でも壊してはならないし、風邪は土日以外は絶対にひけないし、もちろん、花粉症に罹患するなど言語道断である。

ここまで科学的に計算すると皆さんもお分かりになると思うのだが、ミシュランの覆面調査員はエントリーされたと言われている1,500の店すらまともに評価/訪問はしていない。それゆえ世の中のグルメの怒りを買っているのである。ろくろく行きもしないでいきなりスコアをつけるとは何事だ!というわけなので ある。
そのことはY氏に関しても言えることで、一人の人間が一年間で訪問できるレストランの数は、260日×2食=520軒であるから、東京のレストラン33,855軒を一回づつまわるだけで単純計算しても65年かかる勘定である。それゆえ評論家が店を恣意的な範囲で紹介することは仕方が無いのである。
もっともこちらはスコアをつけているわけではないのだが、日本一世界一にまつりあげた店がその期待に添えない状態にあって反感を買っているのである(というよりもあまりにも酷いので利害目的で作為的に嘘をついているのではないかと思われています)。

ともあれ、町のレストランがうまいだのまずいだので喧しく騒いでいるわが国日本はまことに平和な国であるということが言えるであろう。隣の中国のレストラ ンでは、時々、味の素の代わりに殺鼠剤や農薬が入っていたりして大騒ぎになっていたりするが、日本ではどんなにまずいレストランに入っても少なくとも死ぬ ことは無い。だったら四の五の言わずに黙って食えよという話になるが、それもこれも健康と幸福の追求の一環である。
星の数や日本一世界一にいちいち目くじらを立てても大人気ないと言えばそうであるが、そういう人々の高い関心のおかげで我々日本人は美味しく健康によいものに囲まれて暮らすことができるのである。
グルメ評論はいわば料理界のQC活動と言うことができるであろう。

製造業と同じで真面目な日本人はこれらの永続的なQC活動を盛んに行うことによって国を豊かにし品質を向上させてきたのである(ホントカネ)。