【第113回】ロック勧進帳

この4月に歌舞伎座でまた勧進帳がかかるらしい。
筆者にとっては2年前に見た吉右衛門の弁慶がたいへん素晴らしく、勇壮で大きな芝居が“これぞ弁慶”播磨屋!という感じであった。
今回は片岡仁左衛門が弁慶を演ずるようだ。たいへん楽しみである(富樫は勘三郎で義経は玉三郎のようです)。
勘三郎チ-ムなので、長唄は筆者の知人の文ちゃんこと鳥羽屋文五郎が美声を聞かせるはずである。筆者も学生時代少しだけ長唄をかじったことがあるのでこの演目はコンクールで謡ったこともある。
歌舞伎座も建て替えが決まっているので、今の歌舞伎座に行ったことのない人はこれを機会にぜひ行ってみることをお奨めしたい。

よく歌舞伎は西洋のオペラや中国の京劇と比較される。
音楽と踊りと外連味(ケレンミと読みます)は共通であるが、大きく違う点がある。
歌舞伎は演目と演目の間が異様に長い。30分とか40分とか平気で時間があいているのである。舞台をしつらえるのに時間がかかるというレベルではない。一芝居打てるくらいの間(マ)なのである。その間におばちゃんたちは何をしているかというと、吉兆の松花堂弁当(6,300円ですがお買い得です)をパクついたり、ロビーの売店で焼いている人形焼やきんつばや大福をほうばっているのである。劇場の席で盛大にお弁当を広げたり、茶をすすったり、酒を呑んだりする のである。西洋のオペラやブロードウェイでもマチネという幕間にシャンパンを引っ掛けたりするバーはあるが、席で盛大に飲食することはない(絶対禁止と言ったほうがいいでしょう)。
ここが、歌舞伎の面白いところである。日本のおばちゃん方にとっては、歌舞伎に行くのと花見に行くのとは、ほぼ同じ行為なのである。
お芝居は芸術というより花見気分の娯楽ということができるだろう。
国立劇場がイマイチ面白くないのはこのためでもある。

さて、勧進帳とはどういう話かというと、以下のあらすじを読んでいただきたい(以下引用)。



源頼朝の怒りを買った源義経一行が、北陸を通って奥州へ逃げる際の加賀国の安宅の関(石川県小松市)での物語。義経一行は武蔵坊弁慶を先頭に山伏の姿で通り抜けようとする。しかし、関守の富樫左衛門の元には既に義経一行が山伏姿であるという情報が届いていた。焼失した東大寺再建のための勧進を行っていると弁慶が言うと、富樫は勧進帳を読んでみるよう命じる。弁慶はたまたま持っていた白紙の巻物を勧進帳であるかのように装い、朗々と読み上げる。富樫は通行を許すが、部下の1人が義経に疑いをかけた。弁慶は主君の義経を金剛杖で叩き、疑いを晴らす。危機を脱出した一行に、富樫は失礼なことをした、と酒を進め、 弁慶は舞を披露する。
古くは、富樫は、見事に欺かれた凡庸な男として演じられていた(?)が、後に、弁慶の嘘を見破りながら、その心情を思い騙された振りをする好漢として演じられるようになった。

以上、「勧進帳(あらすじ)」 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%A7%E9%80%B2%E5%B8%B3)2008年2月25日 (月) 09:35時点のものより引用



古くは黒澤明の初期の傑作でエノケンこと榎本健一が出た“虎の尾を踏む男たち”でリメイクされたりもした有名な芝居である。
長唄の歌詞を紹介してみる。以下のような謡いである。



旅の衣は篠懸の、旅の衣は篠懸の、露けき袖やしをるらん
(これは能の安達が原の冒頭の謡のパクリです。)
時しも頃は如月の如月の十日の夜
月の都を立ち出で月の都を立ち出て
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の山かくす
かすみぞ春はゆかしける
波路はるかに行く船の海津の浦に着きにけり
いざ通らんと旅衣関のこなたに立ちかかる
それ山伏といっぱ役(エン)の優婆塞の行義を受け
即身即佛の本體を此處にて打ちとめ給はんこと明王の照覧はかりがたう
熊野権現の御罰當らんこと立どころに於て疑あるべからずオン阿毘羅吽欠(註:呪文オンアビラウンケン)と珠數(ジュズ)さらさらと押し揉んだり
元より勧進帳のあらばこそ
笈の中より往来の巻物一巻取出だし勧進帳と名づけつつ高らかにこそ
読上げけれ士卒が運ぶ廣臺に白綾袴一かさね加賀絹あまた取揃へ御前へこそは直しけれ
こは嬉しやと山伏もしづしづ立って歩まれけり
すはや我君怪しむるは一期の浮沈此處なりとおのおの後へ立ち帰る
金剛杖をおっ取ってさんざんに打擲(チョウチャク)す
通れとこそは罵りぬ方々は何故に
斯程賤しき強力に太刀かたなを抜き給ふは目垂れ顔の振舞ひ臆病の至りかと
皆山伏は打刀抜きかけて
勇みかかれる有様は如何なる天魔鬼神も
恐れつべうぞ見えにける
士卒を引連れ関守は門の内へぞ入りにける
つひに泣かぬ弁慶も一期の涙ぞ殊勝なる判官御手を取り給ひ
鎧に添ひし袖枕片敷く隙も波の上
或る時は船に浮び風波に身を任せ又或る時は山脊の馬蹄も
見えぬ雪の中に海少しあり夕浪の立ち来る音や須磨明石
とかく三年の程もなくなく痛はしやと萎れかかりし鬼あざみ霜に露置くばかりなり
互ひに袖を引き連れていざさせ給への折柄に
實に實に是もこころ得たり
人の情のさかづきを受けてこころを止むとかや今は昔の語草
あら恥かしの
我がこころ一度見えしをんなさへ迷ひの道の関越えて今又此處に越えかぬる
人目のせきのやるせなや
ああ悟られぬこそ浮世なれ
面白や山水に面白や山水に杯を浮べては流に引かるる曲水の
手先づさへぎる袖ふれていざや舞を舞はうよ

元より弁慶は三塔の遊僧
舞延年の時の和歌
是なる山水の落ちて巌に響くこそ
鳴るは瀧の水
鳴るは瀧の水鳴るは瀧の水
日は照るとも絶えずたうたり疾く疾く立てや
手束弓(タツカユミ)の心ゆるすな関守の人々
いとま申してさらばよとて
笈をおっ取り肩に打ち掛け
虎の尾を踏み毒蛇の口を遁れたる心地して
陸奥の國へぞ下りける



この芝居は見所だらけで全編が見所なのだが、筆者が特に好きなのは、弁慶が富樫に振舞われた酒で酔っ払って、調子に乗って舞いを舞う最後のハラハラしたシーンである。
“日は照るとも絶えずたうたり疾く疾く立てや手束弓(タツカユミ)の心ゆるすな関守の人々”とは、富樫の家来(関所チーム)は武装状態(armament mode)で酔っ払った弁慶を注視している様子を謡ったものである。
このときの長唄のお囃子はハードロックそのものである。アップテンポでビートが利いていて爽快である。
そこに弁慶の大きな芝居が舞台一面に炸裂するのである。これはカッコイイ。英語でいうと、Coooool! である。
このとき弁慶が花道に引っ込む際に見せるのが有名な飛び六方(とびろっぽう)という荒事である。勧進帳のクライマックスで見どころである。この芝居が歌舞伎十八番となった所以でもある。

ちなみに、歌舞伎興行は満員御礼に近い状態でも赤字である。その原因は実は衣装と床山にあると言われている。
歌舞伎で使用される豪華絢爛な衣装は松竹の衣装部が誂えるがこれがすべて国宝級の代物なのである。しかも原則一公演しか使用せず毎回芝居に合わせて新調するので、この衣装がたいへんな値段になるのである。この豪華な衣装の他に役者が使用するカツラは毎日床山さん(歌舞伎専門美容師ですな)によって結われる のである。日本髪もチョンマゲも一旦解いて綺麗に結いなおすのである。これがまた膨大である。
したがって歌舞伎ファンのおばちゃん方が綺麗な衣装ねと感動するのは至極もっともで、ここら辺はオジサン方には今ひとつピンと来ない点かもしれない。
特に玉三郎の衣装は上背があるために、特に高価であるらしい。衣装を専門に見にいくおばちゃんもいる。

歌舞伎座に行ったら、ぜひイヤホンガイドを借りることをお奨めしたい。リアルタイムで芝居の歴史や背景や見所を解説してくれるのだが、これが意外と面白い。

ちなみに値段はおおよそ、一等席15,000~17,000円、二等席11,000~13,000円、三階A席4,200~5,000円、三階B席2,500円~3,000円、一階桟敷席17,000~19,000円、一幕見席600~1,500円(演目によって異なります)である。
一階桟敷席は特殊なコネがないと手にはいらないので、行くなら一等席が断然よい。歌舞伎座に直接電話して予約するといい席がとれるという噂もある。

これを機会にお花見気分で歌舞伎を観劇するのはいかがだろうか?