【第108回】哀愁のシャッター通り

東京に住んでいると判らないが、筆者のように地方に実家があったりする人間には現在の地方の衰退の凄まじさは目を覆うものがある。
筆者の出身は東北のとある町であるが、昔は人で賑わったT町や駅前は昼間でも90%近くがシ ャッターを下ろしたままのゴーストタウンと化している。
洋品店、呉服店、乾物屋、お茶屋、魚屋、八百屋、スーパーマーケット等々、ことごとく閉店セ ールのポスターを貼ったまま閉鎖されている。いわゆる、「シャッター通り」である。

先日、中学のクラブの同窓会があって、県庁のキャリア組の同級生が嘆いていた。
「もう5年も給料が下がりつづけている。県は財政破綻の一歩手前なんだ。昔だったら俺くらいの歳だと年収1,000万くらいはもらっていたんだが、今は700万くらいがせいぜいだな。そ れでも出向していないだけまだマシという感じだ」
「そんなにヒドイのか?」
「だって、地元の企業が全部元気ないもの。地方交付税も小泉政権からどんどん削られてるし。 政治家は、××センターだとかの余計なハコ物を造りたがるが、実はああいうものの維持費は地方の負担になるので大変なお荷物なんだ」
地方がこれほど衰退した理由を考えてみた。
筆者は大きく分けて4つあると思っている。

1つ目は、農協による日本の農家の衰退
2つ目は、地方の東京資本化である
3つ目は、イオン、マイカル、イトーヨーカドーによる巨大ショッピングモールによる寡占化(これにはまちづくり三法という天下の悪法がからんでいます)
4つ目は、優秀な人材の公務員集中化

一般的に考えると、地方交付税や公共事業が減って、年末に道路を掘り返さなくなったり、ダムを造らなくなって地元の建設業が振るわなくなり地方財政が冷え込んだと思われている。筆者の私見では、地方経済の足場が弱くなった上に、東京大資本が乗り込んできて地方の富を吸い上げる一方的なしくみが完成したことにより、富の流れやお金の流れが地元に還元せず、一方的に地 方から東京に流れているせいではないかと考えている。

地方が衰退した第一の原因は、農業の衰退である。
日本の農業は、減反政策を筆頭にした助成金漬けと、農協支配によるがんじがらめの利権構造により高齢化、零細化の一途を辿り、とても職業として、または産業として成り立たなくなってしまったのが現状である。地方のもともとの経済基盤は、農業、漁業、林業の第一次産業なので、 この第一次残業が衰退の一途を辿るということは、地方に産業がなくなるのと等しいのである。
一部の土建屋や建設業で雇用をまかなえるはずもないし、東京へアクセスしなくても経済的に自立するためには農業をふたたび産業として活性化させるしかないのである。その改革に敢然と立 ちはだかっているのが農協であり、農水省なのである。
現在、日本の食料自給率は約40%である。ということは、日本の食料の約60%分の農業が産 業として空洞化しているのである。これは国防上の問題としてもとても深刻な状況である。日本人の生存にかかわる問題でもある。
まず、地方を再生させようと思ったら、農業を再び産業として復活させる必要があるのである。 そのためには二重三重に張り巡らされた農業利権の構造を解体する必要がある。小泉政権は郵政省にはメスをいれたが、農業には全く手をつけていない政権であった。それが直接日本の食糧自 給率を下げているのである。

2つ目は、東京資本の浸蝕である。
今、地方の郊外に行くと、日本中同じ景色が待っている。
すかいらーく、デニーズ、吉野家、マクドナルド、TSUTAYA、等、これらは大東京資本の出先機関で、地方の消費を東京へせっせと還元すると共に、地方の文化を均一化し、衰退させる役目を担っている。その結果、日本中、どの地方都市に行っても、その土地の特色はほとんどなく 、いつも東京で見慣れた看板に囲まれ、同じようなサービスと同じようなメニューを見るのであ る。
テレビ番組も東京中心に作られているので、地方に住んでいるよさを感じることは稀有である。 筆者の地元も古い商店街がシャッター通りになった代わりに郊外のバイパスを走ると見慣れた外 食チェーンの看板が巨大な駐車場を用意して口を開けて待っているのである。東京から行った人間にとってこんなつまらないことはない。
今、地方都市は日本中コピーしたように街並みが同じになっている。

3つ目は、イオン、マイカル、イトーヨーカドー等々のプロデュースによる、巨大ショッピングモールの出現である。
筆者は先日帰省したときにどうしても“きんき”(筆者の地方では“吉次きちじ”と言います) の酒蒸しが食べたくなり、自分で調理しようと思ってスーパー及びショッピングモールを数件まわったのだが、地ものの魚は“さんま”くらいしかなくて、特売していたのは東北地方に今まで存在していなかった赤魚であった。赤魚は三重県から南で取れる魚で、東北人がこれを常食とす るとは夢にも思わなかったのである。よく見ると、魚の品揃えも東京と同じで、これなら東京の スーパーに行こうが、地方のスーパーに行こうが売っているものに大差はないと思ったのである 。
そのくらい巨大ショッピングモールの影響力は絶大で、日用品、食料、衣料、はたまた映画のよ うな娯楽に至るまで、全国津々浦々に同じ風景が展開されているのである。もちろん品揃えと価 格が安いので、多少の地方色、地元色がなくとも人々は殺到するわけである。
これによって人の流れは旧市街シャッター通りから、郊外のショッピングモールに移り、地方の 消費したお金は東京に吸い上げられて還元される、一方的な搾取の構造ができあがってしまった のである。
この状態を引き起こしたのが小泉政権のまちづくり三法である。
まちづくり三法とは、1998年に施行された、都市計画法と中心市街地活性化法と、2000年に施行された大店立地法を指す(以下、まちづくり三法について引用)。

 


■まちづくり三法
「まちづくり三法」は、「都市計画法」「中心市街地活性化法」「大規模小売店舗立地法」の総称で中心市街地を活性化させるための法案です。1974年施行の「大規模小売店舗法(大店法 )」の失敗がこの背景にあります。大店法は、中心市街地の商店街を守るはずでしたが、逆に大 型商業施設の郊外出店を加速化させ、商店街の衰退を招くことになり、いわゆる「シャッター通 り」を各地に出現させました。2000年に大店法が廃止され、出店規制の一部を緩和した「大 規模小売店舗立地法(大店立地法)」が、他の二法の改正と合わせ、「まちづくり三法」として 施行されました。しかし、今度は商業施設に加えて病院や学校などの公共施設までもが郊外に移 転するようになったため、政府は、さまざまな都市機能を中心市街地に集中させる「コンパクト シティ」構想を打ち出しました。2006年に改正されたまちづくり三法では、10,000m2 を超える大規模な施設に関しては、都市計画法で定められた商業地域、近隣商業地域、準工業地 域の三つの用途地域のみに出店を許可しており、郊外への出店は公共施設も含めて原則として禁止しています。また特に地方都市では、準工業地域であっても自治体が「特別用途地区」を指定 し、出店を抑制する権限があります。
(以上、JMR生活総合研究所 マーケティング用語集 まちづくり三法「まちづくり三法とは」よ り引用)



これらは小泉政権下で規制緩和の一環として施行された(たぶん仕掛け人は流通業の政商が暗躍 したのではないかと思っています)。
今、この3法の問題点が政府により以下のように指摘されている。

■大店立地法の問題点
大店立地法は、大型店に対し周辺地域の環境への配慮を求める社会的な規制であり、大型店が及ぼす広域的影響や、商業施設が住民生活に必要なインフラであるという経済的側面については考 慮されていない。また、同法に沿って出店する場合、郊外の方が、配慮を要する周辺住民等が少 なく、地価が低いため駐車場整備費用等が抑制できるなど、コストがかからない。同法の影響の一つとして、この点が郊外出店を促進したともいわれている。


■都市計画法の問題点
都市計画法は、大型店の立地調整の面では、ほとんど機能していないといわれている。その理由としては下記の点が挙げられる。
○立地に対する規制が緩い
用途地域による建築規制は緩やかで、商業系ではなく、住宅系や工業系の地域とされる場所でも3,000平米超の大型店が出店可能なところがあり、実際の立地も増加傾向にある。
市街化調整区域においては、原則として開発が抑制されるが、一定の条件に合えば、大規模開発に係る開発許可の制度により、例外的に大型店の出店が許可される場合がある。
特定用途制限地区は、土地利用規制が緩く、大型店の進出が顕著である。
都市計画区域外には、準都市計画区域となっている場合を除き、用途地域が設定できない。こう した土地は全国土の70%以上を占めるが、農地として農業振興の観点から規制される場合以外は、大型店の出店は規制されない。また、準都市計画区域は、都市計画区域外の農地には、原則として設定しないこととなっている。このため、農地が他の用途に転用された場合、都市計画の 観点からも農業振興の観点からも規制がかからなくなる。転用は容易に行える場合があるため、 農地転用後の土地に大型店が出店する例が目に付く。
○地方自治体独自の運用が困難
市町村独自の立地調整に利用できる特別用途地区は、地域のコンセンサスを得るのが困難等の理由で定めにくくなっており、大型店の規制を行う特別用途地区は全国で10地区にとどまる。特定用途制限地域も同様で、大型店の規制を行う特定用途制限地域が実際に定められているのは12地域と少数にとどまっている。
○大型店設置等の広域調整が困難
都市計画法に基づく土地利用規制は、主に市町村単位で行われる。たとえある市町村が市町村の 境を越えて影響を及ぼすような大型店誘致を行ったとしても、近隣の市町村は意見を述べられな い。またこうした場合に、都道府県が間に入って調整を行う仕組みもない。
○公共公益施設の取り扱い
都市計画区域及び準都市計画区域内においては、建築物の建築等を行う場合、都道府県による開 発許可が必要であり、開発を抑制すべき区域である市街化調整区域では、原則全ての開発行為が 規制される。しかし、学校・病院等の公共公益施設の建築を行う場合は、この開発許可が不要で あるため、地価が安い、スペースが広く取れる等の理由で、市街化調整区域などに立地する例も多い。これに伴い店舗や住居、来街者の郊外流出も見られる。

■中心市街地活性化法の問題点
活性化が進まない背景には、基本計画及びその運用に関する総合的な問題と、計画に基づく、市 街地の整備・商業等の活性化事業の各々に関して問題があるといわれている。
まず、基本計画の策定に際し、事前の現状分析や事業効果の評価が不充分で、明確な数値目標もない場合が多い。また、計画とそれに基づいて行われる事業について、事後的に有効な評価や柔軟な見直しがなされないことも多い。国や都道府県が基本計画や事業の評価や審査を行う仕組み も確立されていない。基本計画は、市町村の地方自治法に基づく基本構想や、都市計画マスター プラン等と整合性を持たなければならないと規定されているものの、実際には一体的に推進され ていない例も見られるといわれている。
また、市町村が進める市街地の整備は、道路の整備等のハード事業に偏っていたり、商業振興等 と一体的に進められていない場合もあるといわれる。
さらに、商業振興等の活性化事業については、下記の通り多くの問題が指摘されている。
○自治体の支援不足
市町村が基本計画の策定を行うのみで、その後のフォローが不足している。また、市町村がもっ とイニシアティブを持って振興策を進めるべきという意見もある。
○TMO自体の問題(人材・資金不足等)
まず、組織の性格や位置づけの問題として、役割が商業の活性化に偏り、多様な視点からのまち づくりが行われていない点、行政等他の関連主体との役割分担があいまいで責任の所在が不明確 になりがちな点が挙げられる。
次に、人件費の不足等から専任の運営スタッフを置けないTMO が多く、事業を推進するにあたっ てのリーダー的存在、専門的な人材も不足している。資金面でも充分ではない。
TMO自体の運営や活性化事業の実施に要する費用は、行政の補助や事業の収益等でまかなわれる が、資金が不足し経営基盤が安定しない場合が多い。
TMOはその母体となる組織により果たす役割や抱える問題が異なる。実際にTMOの母体となって いるのは、商工会議所が約7割、第三セクターが約3 割といわれる。商工会議所型のTMOは既存 の組織が母体であるため、運営経費等は抑えられるが、組織の性格上、事業を主体的に進められ ず企画・調整の役割にとどまる、コンセンサス形成が難しく意思決定に手間取る等のデメリット がある。逆に、第三セクター型のTMOは、主にTMO事業を行うために設立されており、収益事業の 主体となることができる、意思決定が早い等のメリットがある一方、経営基盤が脆弱である等の問題を抱えている。
○関係者間の連携協力体制の不備及び意欲不足
活性化事業に関わるTMO、商工会・商工会議所、商業者、行政等、各主体の連携・協力体制が確立 していない点も指摘されている。活性化策には多様な要素が含まれるため、行政内部でさえ、都 市計画系、商工系、企画系等の関連部局間の連携が難しい面がある。
また、商業者や地権者、住民等の中心市街地活性化への意識が低かったり、考え方が統一されて いないため、活性化事業等へのコンセンサスや積極的な参加が得られにくいという問題もある。 商業者の中には、後継者難等から意欲に欠けたり、個店・商業振興の視点に偏り、中心市街地全 体の活性化という意識が薄い者もいる。地権者は、高い賃料へのこだわり等から、空き店舗の利 用提供に積極的でない場合がある。
(以上、国立国会図書館「まちづくり三法の見直し」調査と情報第513号より引用)



以上は国のリードミスによる地方都市衰退のシナリオであるが、筆者は単に行政だけの問題ではないと考えている。
4つ目の、人材(地方の高学歴人材)の公務員集中化こそ日本の地方が衰退した真の原因ではな いかと考えている。
筆者もかつては地方公務員の倅として生まれて、今でも膝から下は税金でできているので(昔は首から下全体が税金でできておりました)、あまり偉そうなことは言えないのだが、地方の公務 員の家の母親は、どっかの倅が公務員になると、「あの家はいいところに就職した。お前もあそこ の家のように公務員を目指せ」と叱咤激励したものである。
民間企業に就職しようものなら、「あそこは民間に行った」と、さも悪運に見舞われたように話すのである。
その結果、筆者の行った高校は田舎の進学校であったが、優秀な卒業生の進路は、公務員、教師 、医者であり、この数は極めて多い。地元に残っている連中の職業の90%以上が上記の何れか の職業となっている。
筆者の30数年ぶりの中学の同窓会も、筆者を除いた全員が公務員(要するに税金でできている人々)であったのは偶然ではないのである。
役人は、今も昔も地方の重要産業なのである。
消費をし、購買をするための原資を得る、唯一の基幹産業なのである。これでは、地方の産業が活性化するはずはない。
地方は農業をやめてしまった上に、有為の優秀な人材はすべからく公務員に流れ、社会インフラの全てが東京からの支店というのが現在の地方の姿なのではないだろうか?
しかも高齢化が非常に進んでいて、地域によっては住民の半分が年金生活であったりもするので ある。
かくして、かつての賑やかであった商店街は哀愁のシャッター通りとなり、そこで育った若者は 東京か公務員を目指すのである。
これも小泉・竹中経済政策の負の遺産なのだろうか?
ともかくも、東京都に攻撃を加えれば日本の産業が消失することだけは間違いないかもしれない 。
日本の地方にもはや自立する力は残っていない。