【第107回】バーの愉しみ その3 -よきバーの記憶

最近マンガを読まなくなって久しい。
20代の頃までは、ゴルゴ13や、浮浪雲、土佐の一本釣り等を愛読していたが、ここ20年位は全く読んでいなかった。
先日、知り合いのバーテンダーが紹介してくれたマンガがある。それこそ、“バーテンダー”という名前のマンガで、主人公は佐々倉溜という、パリのラッツ (リッツのパクリか?)ホテルのチーフバーテンダーで、その味は“神のグラス”と呼ばれている、26歳の天才バーテンダーが主人公である。
この手のマンガは、包丁人味平から始まって、美味しんぼや、神の雫にいたる、対決方式のグルメバトルストーリーなのだが、内容がプロも感心するような記述で非常に面白い。

その中にあるエピソードに以下のようなヨコハマストーリーがあった。
マンガによれば、“多分戦争が終った直後、場所は横浜~、日本のバーの歴史は港から始まったそうです”というセリフで、ホテルニューグランドのシーガーディアンのカウンターが描かれている(現在は場所が移ってシーガーディアンII になっています)。
そこに長らく立っていたバーテンダーは宮本さんという人で、20代の頃よく飲みに行って昔話しを聞いたり、特注の象牙のダイスの芸を見せてもらったりしたので、そのマンガの1シーンを見ていて30年前の記憶が甦ったのである。
多分、筆者の頭の中にある以外、誰も知らないエピソードなので、私家版ニューグランドの記憶を書いておこうと思う。
昔のシーガーディアンは公園通り沿いにあって、大仏次郎(天皇の世紀を書いた流行作家で、横浜のニューグランドを書斎にしていました)もよく通っていたホテルの床屋が右側にあった。
シーガーディアンは昼の11時から開店していたバーで、昼12時に入ってもいつも誰もいない。何でも、時差ボケして外国から来た客が一杯ひっかけられるように11時から開店していると宮本さんは話していた。
ニューグランドのカウンターは5席くらいの小さなもので衝立のように切り立っているため、カウンターの下に足が入らず座り心地はあまりよくなかったが、それでも、昼時に客のいないときを見計らって、宮本さんのところに通ったものである。

■エピソード1
宮本さん:「昨夜は面白い人がそこに(カウンターに)座ってましたよ」
筆者:   「誰?」
宮本さん:「松田優作さんと内田裕也さんがいらしてました」
筆者:   「ふーん、松田優作って何飲むの?」
宮本さん:「ティオペペという、ドライシェリーを召し上がりますね」
筆者:   「シェリー?」
それから10数年、筆者はシェリーといえば、ティオペペをバカの一つ覚えのように飲んでいたのである(いまではアイスクリームにペドロ・ヒメネスをたっぷりかけたものしかやりませんが、一時はシェリーに嵌っていました)。
ちなみに、藤竜也は当時CMに出ていた、ウィスキーのヘイグ&ヘイグ(現在のヘイグか?)を飲んでいた。石原裕次郎もよく来たようだが、何を飲んでいたかは記憶にない。

■エピソード2
筆者:   「この店で一番珍しい酒は何ですかね」
宮本さんはニヤリと笑って、バックヤードのウィスキーを1本取り出した。
筆者:   「何でそれが珍しいんですか?」
宮本さん:「このラベルに“QE2”と書いてあるでしょう。これはクイーンエリザベス2世
       号の中でしか飲めないウィスキーなんです。QE2が日本に寄港したとき
       に記念にもらったんですよ」
筆者:   「どういう味がするの?」
宮本さん:「これは非売品です。まだ封を切っていません。そういえば、そのQE2から
       立ち寄ったお客さんが珍しいマンハッタンを召し上がってましたね」
筆者:   「何?何?」
宮本さん:「ロブロイと発音していましたが、“L”ではなく“R”でした。レシピはマンハッ
       タンと同じなのですが、ベースにCC(カナディアンクラブ)ではなく、スコッ
       チを使うんです」
筆者:   「それください」


ちなみに、ロブロイとはゲール語で「赤毛のロバート」の意味で、17世紀中頃にスコットランドで活躍した義賊、ロバートマクレガーの愛称でもある。 ロブロイ に関しては1995年に同名の映画が公開されている。
当時スタンダードだったアラスカ、マンハッタン、ヨコハマ、ギブスン、グラスホッパー等々のオールドスタンダードのカクテルは現在ではあまり飲まれなくなったようである。進駐軍の撤退と共に日本のバーから消え去ったカクテルでもある。
因みに余計なことを言うと、当時はホテルのバーと街場のバーの味の差はあまりなかった。現在では雲泥とまではいかないまでもかなり差がついている。
その原因を筆者は二つあると思っていて、一つは、ホテルは現場のバーテンダーが自由に仕入れができないので、酒の種類が少なくまた硬直的になってしまって、つくれる選択肢が限定されるというもの。
もう一つは、HBA(ホテルバーテンダー協会)の指導で、ホテルのバーテンダーはメジャーカップを使わずビンから直接注ぐので、1/4とか1/5オンスのような微妙な調合が困難になって味が均一でない属人性の高いものになっているという点である。
最近行ったホテルのバーでこれはいいと思ったのは、日本橋のマンダリン37階にある、マンダリンバーである(香港のマンダリンは数年前に泊まったときに夜中に泥棒が入ってきたので二度と行きませんが)。ジャズの生演奏があって、スタッフがバーテンダー含め全員女性で、各種フルーツ系のカクテル(筆者はマンゴーマティーニ等々を頼みました)は一緒に行った銀座のバーテンダーが関心するほどの味であった。かなりのレベルである。
第二のニューヨークバー(新宿パークハイアットの大人気バーで、スカーレットヨハンソン主演、ソフィアコッポラの処女作である、ロストイントランスレーションの舞台でもあります)になる可能性大である。カバーチャージもなく値段もリーズナブルでドレスコードもないので仕事帰りに気軽に飲めるのもよい。目下のところお奨めである。

■エピソード3
筆者   :「マティーニください」
宮本さん:「どのくらいにしますか?」
筆者   :「5:1で」(ジン5にベルモット1)
宮本さん:「最近はドライブームで10:1なんてのもあるそうですよ。ジンをそのまま飲
       むのと変わりませんね。」
筆者   :「そういえば、この界隈でここのほかにカクテルがおいしいバーはあります
       か?」
宮本さん:「そうですね、終戦直後、本牧の方にシーサイドクラブという、オフィサーズ
       バー(将校専用のバーで、ドリンク全て1ドルであった)がありましてね、
       そこに3人のバーテンダーがいて、バーがキャンプの移転で閉鎖したの
       で、3人は独立したんです。1人は英会話学校を作って、1人は馬車道の
       馬車道10番館の西洋酒場、もう1人は中華街にウィンドジャマーという
       店を開きました。
       その2軒はオススメできますよ。一度行かれたらいかがですか?」

ここ数年通っていないが、西洋酒場もウィンドジャマーも今でも健在であると思う。
横浜のニューグランドのメインバーのシーガーディアンは、タワー棟ができたときに全面改装され、さらにシックなバー、シーガーディアンII として甦った。実はカクテルに関していえば、シーガーディアンII の方が素晴らしい。宮本さんはのちにニューグランドの取締役となり引退されたようであるが、健在かどうかは不明である。30数年前の小僧のことなどもう憶 えていないかもしれない。

その頃、本牧のベースキャンプのはずれにリキシャールームという外人が経営していて、店内に英語とフィリピン語とベトナム語が溢れたバーがあって、いい雰囲気であったが今はどうなったか判らない(人力車の赤いネオンが目印でした)。
西洋酒場とウィンドジャマーは健在であると思うので、ウィンドジャマーに行ったら、変わった出し方のマティーニと顔くらい大きいハンバーガーを頼むとよい。
昔の横浜の味がする筈である。
ハンバーガーといえば、中華街にもうひとつオラフという外人が経営するスナックがあって、そこのハンバーガーもアメリカの味がしたものである。

横浜に柳ジョージと矢沢永吉と矢作俊彦がいた時代の話である。