【第90回】日本の現場力の危機(前編)

前々回のコラムで“間接費にメスを入れましょう”と外資系コンサルタントに言われて情報システム投資を削減し、要員を育成してこなかったために、最近日本の企業のIS部門(昔のEDP部門)の現場力が落ちていると書いた。

そこで思い出されるのが、かの東証事件である。情報システム要員を間接部門の余剰人員と判定して子会社に移し、なおかつその子会社を売却してしまって肝心の 自社のシステムの能力拡張ができなくなって株取引が停止し、社会問題となった事件である。そしてそれはまた、ITのトラブルでトップが辞任することになった、日本でも珍しい事件であった。
東証は失った情報システムの“現場力”を補強するためにNTTデータグループからCIOを招聘して対応しようとしているが、どんなに優秀な人材でも CIO1人で巨大システムの現場力がすぐに復元するとは思えない。ここに“間接費”にメスを入れすぎて現場力を失った日本の企業の実態を垣間見れると思う のだ。

企業会計は、会社の経費を直接費と間接費に分類している。本当に優秀なコンサルタントならば、直接費だろうが間接費だろうが本当に無駄な要素を分析発見して提案するべきなのだろうが、現実は直接費の分析(例えば製造ラインで自動化の行き過ぎは生産のフレキシビリティを逆になくしてしまうので、生産設備の導入が必ずしも全て正しいとは限らない、等というような)をする能力がないので、紋切り型に人件費を減らしましょう、間接要員を減らしましょう、と言ってし まうのである。本当は現場を知らずにそのメッセージにすぐ反応してしまうトップがバカなのだが・・・。
それゆえ、一般的に2代以上続けて現場や技術を知らないトップが続いた製造業は左前になるという傾向がある(みなさん、どの企業かわかりますよね。ちなみにGMは4代続けて金融部門からCEOが出ています)。
その伝で、日本の製造業で“現場力”が喪失するパターンがいくつかあると筆者は思っている。
今回はそれを紹介してみよう。

■ケース1
東京に本社を移した製造業の10年目の危機 -現場力を知らない本社が会社をダメにする

これは結果から推測した話なので、どうしてそうなるかという仮説はあるが、科学的な根拠はない。だが、地方の本社工場と一体化してあった本社が、あるとき 東京あたりの一等地に立派な本社ビルを建てて移ってきて10年目くらいになると、必ずといっていいほどの大事件が発生するという現象がある。
思いつくままにあげると、H社、N社、F社、N社等々数多くある(実際の社名と事件は個別に聞かれたら解説します)。
それぞれが地方で工場現場と隣接していた本社機構が東京の中心に立派なビルを立てて移転してから10年目くらいに異変が起きている。
その根拠として考えられるのが、東京に移って10年くらい経つと、現場を全く知らないエリート本社社員が管理職となって会社を動かし始めるという構図である。
実はこの業界で有名になった暴露本があって、成果主義の問題点を会社の業績不振の元凶として叫弾しているベストセラーなのだが、この会社も川崎にあった本社を都心に移転して10年目くらいにいろいろな問題が噴出している。

以下、その本から該当箇所を引用してみよう。

 


“実をいうと、私が最初に転職を考え始めたのは、人事部門の中で異動があり、「本社の人材採用」の担当になった頃だった。「川崎の人事業務」より、「本社の採用業務」の方が社内的には栄転だったが、それは私にとってはまた別の問題だった”

“私は社内等級が4級の頃から、本社人事部に対して薄々「疑念」を感じていた。4級の頃は自分ではなく上司から一方的に評価をつけられるわけだが、技術の本丸である川崎も含め、地方の同期は全員Bだったのに、本社の人事勤労部の同期だけはAだったのを知ったからだ”

“信じられないことだが、私は上司に「君はBばかりだけど、なにかしでかしたの?」と言われた。このひと言で私は、本社人事部がすべてAだ、と分かったのだ。実際、本社人事部ではその後どんなに手を抜いてもAだった”

“それと比較すると、本社の人事部は活気がある。東大、京大クラスのエリートぞろいだし、全員がA評価だから、新人事制度を本気で素晴らしい制度だと思い込んでいた。A前社長が「社員が働かないから」と言ったときも、人事だけは同じ気持ちだったはずだ”

“このようにして、人事に配属された若手たちは、恵まれた待遇と純粋培養によって「先輩方同様のエリート意識」を育まれていく。どの大企業でもそうかもし れないが、人事部門の欠点は、実際に現場を知らない人間の集団であるという点だ。入社時から人事部門に配属され、制度や就業規則をみっちり叩き込まれる。 だが、その視点は常に人を上から見下ろすものであり、現場の従業員の視点はない。だから、現場からあがってきた資料を見ても、そこにある数字と実際に現場 で起こっていることのギャップに気がつかない”
(以上、引用)



日本の製造業で強さを保っている会社は、本社と現場が一体化しているのが特徴であり(キヤノン、トヨタ、スズキがその代表例でしょうか)、一体化しなくなった時(会社の規模が大きくなりすぎたとか、本社に現場を知らないエリート集団が出現したり)危機は訪れるようだ。
実はこの逆のパターンも存在する。

N社は銀座の本社から追浜に戻ったし、H社も青山から和光(だったか?)に本社機能を戻している。


■ケース2
人件費をコストダウンするために生産現場のラインを全て人材派遣パートでまかなう日本の生産現場の功罪

米国流コンサルタントは、経営リソースをスリムにして、“持たざる経営”を指導する。それは、EVA、ROE、ROIという指標を向上させるためである。

EVA、ROE、ROIの説明は以下のとおりである。

 


EVA:経済的付加価値(けいざいてきふかかち /EVA /En:Economic Value Added )とは、企業が生み出す経済的価値を測定する指標のひとつ。アメリカのスターン・スチュワート社が開発し、商標登録を行っている。企業がある期間で生み出 した収益を、投資された資本に対して測定したものであり、基本的には「経済的付加価値=税引後利益-(資本コスト×投資資本)」という式で表される。 即ち、資本コストを越えて投資家にもたらした付加価値を測定する指標である。

ROE:株主資本利益率(かぶぬししほんりえきりつ)は、収益性分析で用いられる株価指標の一つであって、株主資本(払込資本金と内部留保との和)に対す る利益の比率である。自己資本利益率(じこしほんりえきりつ)とも呼ばれる。英語では Rate of Return On Equity、またはReturn On Equity。 頭文字の略称ROEの表現は、日本国内でも用いられている。

ROI:投資利益率(とうしりえきりつ)とは、投資額に対してどれだけ経常利益を生み出しているかを見る尺度である。略称はROI(return on investment)である。(投資利益率)=100×(当期純利益)÷{(期首総資本+期末総資本)÷2}で計算される。
(以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)



これらの指標のためではないと思うが、外資系のあるメインフレーマーは、自社で取得した土地に自社で設計依頼したビルを建てて、それを丸ごと不動産会社に売却して賃貸契約をすることによってBSを軽くして、ROE、ROIを見かけ上は向上させているような例も存在する。

もともと、ROE、ROIはGMのアルフレッド・スローンが考案した指標である。 “GMとともに”を読むと、スローンが何のためにこの指標を考案したのかが出てくる。当時GMは、何百何千もの会社をM&Aして会社を拡大させて いた。ビュイック、ポンティアック、シボレー、等々も、もともとは別の自動車会社であった。スローンもある部品メーカーの社長で、その会社がGMに買収さ れたのがきっかけでGMの経営に参画するようになったのである。
スローンはこの時に、子会社評価のある問題に気がついたのであった。それは、1,000億の資本で買収して10億の利益を出すA社と、100億の資本で買収 して9億の利益を出すB社があった時に、従来のGMの経営指標では利益だけを単純に比較して A社が優良と判定していたことに矛盾を感じ、ROE、ROIという指標を考案したのである。それをPFドラッカーが指標(計算式)だけを大学やコンサル ファームに持ち込んで MBA教育で使ったために、この指標は“持たざる経営”のスターとしてハイライトされることになったのである。

製造現場も同じで、従業員(固定費)というリソースを最小化させるために、できる限りラインは派遣やパートでまかなうようになった。これは決してコストダウンにはなっていない。実際、人材派遣会社は大儲けなのである。
製造現場が派遣やパートばかりになると、まず出てくるのが品質の問題、それに続く QC活動の問題である。“自分の会社”という思いがないと、人間は本気で提案したり、改善したり、波風立ててでも改革をしたりはしないものである。まして や社員より圧倒的にパートや派遣が多くなれば、愛社精神から発する改革はまず期待できないであろう。

この状況が日本の生産の現場力に異変をもたらしている可能性がある。
世界一といわれた日本の製造現場の品質は、今では大部分ロボットや自動機でカバーしているので、パートや派遣でも問題ないといわれるが、“整理整頓”はロボットではできない。単純な電池に異物が混入する(発火したやつです)背景がこのへんにありはしないだろうか?

次回に続く