【第86回】Around the World

“Around the World”
これは世界一周の格安航空チケットのことではない。
筆者の冒険の話である。
冒険というと、トムソーヤかリヴィングストンの専売特許で、日本のオジサンがいきなりやるようなものではないと思うかもしれないが、何かしかの特技があれば、後は金とヒマに任せて実現可能なのである。

冒険というと、インディ・ジョーンズのような宝捜し秘境探検や、ヒラリーのような登山、植村直巳のような極地探検、堀江謙一のような世界単独無帰港一周の ような命がけのものであるという印象を持つ人が多いが、筆者の冒険はもっと実現可能で、ギネスブックなどには全く関係のないものである。

“Around the World” これをヨットで行う。これが筆者の冒険の基本ストーリーである。
期間は無期限。ハワイに1ヶ月滞在してもよいし、ボラボラ島に1ヶ月いてもよい。しかも、ホイットブレット世界一周レースのように、記録に挑戦するために 南緯40度(この一帯南極から大陸までの間に何も陸地のない嵐の海があります。英語では、“roaring forties” 「吠える40度線」と言います)まで一気に南下して、平均風速50ノット以上(このくらい吹いていると隣同士の会話が風に負けて怒鳴り声でないと聞こえま せん)、波高10m(本当にシドニーのホバートレースでは20数mという波があって、波頭にくると20階建ての空中からまっさかさまに落ちるような怖さの ようです)の海況で南極を一周して一気に北上して赤道を越えてゴールするといったような本格的な世界一周をする心算は全くない。
スエズ運河だろうと、パナマ運河だろうと、命のかからない航路で世界一周をするのである。ケープホナーになれなくとも、マゼラン海峡を通過しなくとも一向に構わない。
まず、ファーストステップは、世界を一周する。“Around the World”である。どうせ頭の中で考えたり、夢を見たりするのはタダなので、ここらでその準備をしてみたいと思う。

■用意するもの その1-船
ヨットで世界一周するとなると、ギネスの世界最短記録でも71日間もかかる長い航海となるので(これは英国のエレン・マッカーサーという女性が作った記録です)、それなりの船を準備しなければならない。どういう船を準備するかが非常に重要なポイントとなる。
先頃、71歳で単独無寄港世界一周の世界最高齢記録を持つ、斉藤実さんという、オールドソルト(老練なヨット乗りのことを英語ではこう言います)がいて、彼の船は、酒呑童子Ⅱという50フィートのモノハル艇でした。
BOCチャレンジを始めとして、世界を6周走行、マイル約21.58万マイル(40万Km)、ノックダウン(嵐の強風で船が横倒しになること)数十回、ロー ルオーバー(ノックダウンして更に船が逆さまになること。とても危険な状態)もありの過酷なセーリングをして、最後はクラックから何トンもの水を吸うくらいまで傷んでました。

ロングクルージングの伝説は、このようにモノハル艇(普通の双胴でない船のこと)で樹立されていたので、荒天に強いという評判が定説になっていました。筆者も外洋に出るならモノハルだろうとすっかり思いこんでいたのである。ところがある時、ニュージーランドのハウラキ湾で45フィート余りのカタマランに乗る機会に恵まれて2,3日外洋クルージングをしてみて考えが変わったのである。

1つには、カタマランは吃水が浅いので、モノハルの大型艇が入れない湾でも自由にアンカリングできるということである。モノハルヨットだと、30フィート 以上になると、1.5m~2mのキールが船底にぶら下がっているので、どうしても知らない土地の沿岸部には近づけないのである。カタマランにはその制約がない。よって、どの湾でも岸近くにアンカリングできるのである。

2つめは、乗り心地である。カタマランはモノハルのように繊細ではないので、ある意味では、ステイブルでヒールもきつくなく安定していると言える。もちろ ん、眠るときも40度に傾いたりしないので、日常の生活のように眠ることができるし、これは荒天時も同じで心理的にはとてもよいことである。シーワジネス (Seaworthiness:耐航性)に直結すると言えよう。

3つめは、同じ水線長でキャビンを非常に広く取れるという点の魅力である。
十分な水密の居住空間を確保することができるので、生活レベルは向上すると言える。

4つめは、ボートスピードである。カタマランはタッキングすると失速してしまう欠点があるが、ずっとまっすぐ走る分には接水面積も造波抵抗も小さいのでス ピードは速い。逃げ足が速いというのは近代ヨットにとってはとても重要な条件で、現代は台風でも何でも衛星通信から情報が入るので、逃げ足さえ速ければ暴風にまともにつかまることもないのである。

以上のような理由で世界一周をやるなら、カタマランがよいと筆者は考えるようになったのである。考えてみると最近の世界一周艇はカタマランが多いのである。船足優先ということか。

■用意するもの その2-食料と酒
本当の外洋レーサーは食事の全てをフリーズドライ食品でまかなう。理由は、揺れた船内でこぼれても粉なのでふき取るのが簡単だからだ。加水するだけで食べ られるので調理する必要がないというものである。ちなみに、ホイットブレッドあたりのレースになると、濡れた合羽を着たままでボンク(ヘッド)に転がり込 むので、全体がびしょ濡れでも保温性のあるゴアテックスやフリースのインナーを着なければならない。筆者は間違ってもそういう過酷なクルーズはしたくないので、食料と酒をどう確保するかは大問題といえよう。
まず、足の早い食料から順番に用意しなくてはいけない。果物、野菜、肉の3~4日分は積み込んだ時点で大丈夫であるが、1ヶ月分となると大型100リットルの冷蔵庫を2つ用意して(1つが故障しても大丈夫なように)冷凍して保存する。
根菜類、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、ゴボウ、サトイモ、等々は風通しの良い場所にネットで吊るして保存する。
次にレトルトとフリーズドライの食料を10日分、缶詰を10日分用意する。粉物は、パン用の強力、うどん用の中力、フライ用の薄力粉に、そば粉を用意。主食に、米、スパゲティ、素麺。野菜を保有するためのぬか床およびぬか漬けを3樽用意する。
以上のように食料は何とかなるが、何ともならないのが酒である。
1日にワイン換算で2本飲むとすると、1ヶ月で60本必要となる。これにシャンパン30本と日本酒(防腐剤の入っていない要冷蔵の生詰)30本、アイラモ ルト1ダースも積み込む。これにミネラルウォーターを1日2リットルとすると、60リットル(60本)のミネラルウォーターも必要となる。水は造水機を装備して海水をフィルターでろ過して真水にするのでそれほど沢山は要らないと思うが、とりあえずワインや日本酒は赤道直下でも快適に飲めるようにワインクー ラーを用意しなくてはならない。30本入りのワインクーラーを3セットと100リットルの冷蔵庫2つに常に電気を供給しなくてはならないので、安定した電源が必要になる。基本はソーラーバッテリーだから、これらの設備に供給するためには、住宅用太陽電池モジュールとパワーコンディショナー、夜間用のバッテ リーのシステムが2系統必要となる(電気はライフラインなので一系統が故障しても、もう一系統でバックアップします)。

■出発時期
皆さんはヨットで世界一周するのと、日本一周をするのとどちらが難しいと思うだろうか?
一般の人々は即座に、世界一周と答えると思うが、案外と日本一周の方が難しい。日本の近海は世界でも稀に見る荒れた海で、日本からいかに安全に離れるか は、この荒れた海況をいかにかわすかということに等しい。レースだと強行突破あるのみであるが、筆者はセーフティセーラーなので、そんな無謀なことはしな い。冬は西高東低で大西が吹くのでダメで、春は春一番、5月も春の嵐、6月~10月までは台風シーズンというように、日本の近海は穏やかであることが滅多 にないのである。そこで、秋になり木枯らしが吹く直前の11月が一番船出にはいいシーズンであると考えている。秋晴れの穏やかな日に一気に小笠原まで南下 するのである。

■参加メンバー
船は24時間航海するので、ワッチを組まなければならない。3時間交代の場合は、4人のメンバーで昼3時間、夜3時間の12時間おきに船を操船しなければならない。これは荒天時には必須の体制である。キャビンには3人が待機している勘案になる。これが理想ではあるが、4人も乗り組むと生活スペースや食料が 問題となるので、リソースの点で難しい。かと言って、1人では操船が大変なので、2~3人くらいは乗り組まないと難しいだろう。夜だけ1人ずつ4時間毎に ワッチを交代するシステムにすれば、3人でも十分である。ヘルムス(操舵)は、基本的にはウィンドベーン(風力操舵機)を使い、オートパイロットと組み合 わせる。荒天時だけヘルムを握るようにすれば、何もせずに酒を呑んでいるだけで船は目的地に向かうはずである。

■予算
ここまでプランを立てると、あとはお金の問題である。まず、カタマランであるが、最近フランスのベネトウ社からちょうどいいのが発売されたのでそれを購入したい。
LAGOONシリーズの最新鋭船LAGOON420(http://www.firstmarine.co.jp/new17.html)である。
この船は全長42フィート、ビーム幅25フィートのカタマランで、機走時に2つのスクリューを電動モーターで動かし、機走しても全く音がしない。そのスク リューは帆走中は逆に発電機に変わり、1台のゼネレーターで2台の推進モーターとエアコンなどの船内の電力を供給する画期的なシステムを搭載している。
これにソーラーパネルを組み合わせるので、帆走さえしていれば、電気は使い放題である。一種の風水力発電というわけである。そのほかにオートパイロット、 ウインドベーンの自動操舵装置が必要で、オートパイロットは故障しやすいので2台は用意したい。造水機はライフラインなのでいいものをそろえたい。
そのほかに衛星通信システムやイーパーブ:非常用位置指示無線標識(非常時に、地球を周回する衛星に向けて遭難警報を発信するブイ式の救難信号装置衛星系 EPIRB(406MHz)を搭載しなければならない。また台風の予測のために気象FAX等々を装備しなければならない。搭載する無線機は国際VHFおよび短波(HF)SSB無線機2機が必要である。また、インターネットや衛星電話用のイリジウム衛星携帯電話も必要である。加えて、ライフラフト用の衛星系EPIRB(406MHz)も搭載しなければならない。

ここまで考えて予算はざっと2億強になってしまった。
しかも会社を2年も3年も休むことはできない。

はて?

とりあえずお金も暇もないので、今回は世界一周はあきらめることとする。
みなさんロマンとお金が有り余っていたらぜひチャレンジしてみてください。
ボンボヤージュ!