【第83回】高等遊民

高等遊民という言葉をご存知だろうか?
“コートーユーミン”と読むのであるが、これは上等なユーミンの歌を指す言葉ではない(単なるオヤジギャグ)。
これは夏目漱石の造語で、一言で言うならば、明治時代のフリーターのことである。立派な大学を出て、働かずにプラプラ遊んでいる明治のフリーターをこう呼んだ。今ではだんだん漱石も読まれなくなっているので、この言葉も既に鬼籍に入っているのかもしれない。
ちなみに、高等遊民の説明は以下のようなものであ る(以下引用)。


高等遊民(こうとうゆうみん)は、明治時代から昭和初期の近代戦前期にかけて、帝国大学等の高等教育機関で教育を受け卒業しながらも、経済的に不自由が無 いため官吏や会社員などになって労働に従事せず、読書などをして過ごしている人のこと。夏目漱石の造語であり、作中にしばしば用いられた。
これらの人々は、なんら生産的な活動をせず、ただ日々を雅やかに過ごしたり、学問の延長として己の興味のある分野(趣味の活動を含む)を追い求めていた。 夏目漱石の『それから』の長井代助及び『こころ』の先生、川端康成の『雪国』の主人公のように、しばしば文学のテーマとしても取り上げられた。
ニートの定義とも重複するが、現代の日本ではニートがなかば堕落者的・または疎外されてしまった側の存在と見られがちなのに対し、高等遊民にはそのような ニュアンスはない。これは当時の高等教育が大衆とは無縁の、いわば上流社会の子弟のみに許されていた物であったことにも関係しよう。
これら高等遊民は所謂インテリの範疇にも含められ、またそれらの人々の中には当時識字率が格段に上がった事も在って大衆娯楽の仲間入りをした読書に於い て、多くの人に好まれた文芸作品の作り手としての地位を持つ者も見られ、他方では欧州から流入する西欧文明を旺盛に取り入れる際のクッションとして、また は日本の粋を体現する存在としての存在価値をも認められていた。
なお上流階級の出である以上、その経済的な余裕も当時の人々の羨望を集めた事であろう。
いずれにせよ彼らは、大きく変動して行く文化の変化に於いて、先端を行く存在であるともみなされていた。
(以上、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)



世の中には、有名なんだけれども何をやったか判らない人物が時々いる。ざっと思いつくままに列挙してみよう。

安岡正篤   中村天風   北大路魯山人   田中清玄
白洲次郎   南方熊楠   青山二郎

これらの人物の生涯を説明せよと試験問題で出されたら、何を中心に書いてよいのか戸惑うことであろう。
これらの人物に共通するのは、組織とは全く関係のない、個人として異彩を放つ生涯を送ったということである。
この最後に出た、青山二郎という人物であるが、今月号のサライの壇一雄特集に、陶器のコレクターとして登場しているが、かの有名な中原中也の在りし日の歌の本の装丁をした人物でもある。

最近本屋で偶然発見した、白洲信哉(これは次郎の孫であります)の、“天才・青山二郎の眼力”という本を読んでやっと正体が判ったのだが、それまでいろい ろなところに名前が登場するのだが、その正体はまったく不明であった。小林秀雄、中原中也、北大路魯山人、白洲正子、宇野千代、河上徹太郎、柳宗悦、加藤 唐九郎、等の錚錚たる金襴帖を持っている人物であったが、いったい何をした人物だったのかが全くわからなかったのである。
小林秀雄はその青山を評して、“僕たちは秀才だが、あいつだけは天才だ”と生前語っていたが、反面、“何もしなかった天才”でもあった。即ち、最後の高等遊民だったのである。
彼は生涯何の職業にもつかず、働くこともせず、好きなことだけをし生きた稀有な人物であった(そんなことが可能であるということも信じられないですが。ちなみに彼は生涯に4回結婚しており、ヘミングウェイより多かったのです)。
青山家というのは、江戸時代の徳川の重臣の家系で大地主であった。現在の青山の地名の由来でもある。親戚には有名な、青山グーテンホーフ光子がいる(ゲラ ンの有名な香水“ミツコ”のモデルで、現在のEU(欧州連合)の思想を作った、リヒャルト・グーテンホーフ・カレルギー伯爵の母でもあります)。
青山二郎は、古陶磁を鑑定する天才的な天分を持っていた。それゆえ、ガラクタの山の中から国宝級の作品を見つけ出す大変な目利きであった。
業績らしいことをひとつ書くと、茶道具ばかりであった戦前の古美術界に、中国古陶磁や李朝の白磁を紹介し、初期の民芸運動にかかわり、日本の骨董文化に大 きな足跡を残した人物であった(といっても大学で講義したり、著書をたくさん出したわけでもありません。あくまで在野の一素浪人でした)。
戦前、まだ朝鮮が貧しく極東の小さな半島であった頃、青山は柳宗悦とともに半島中を旅してまわり、生活雑器の中に埋もれていた李朝時代の白磁を多数見出し て東京に持ち帰り、国宝級の展覧会を開催したり、贋作の多い骨董の世界にあって、常に真物を目利きできる天賦の才を持っていたようである。
こういう茫洋とした業績の人物はいつのまにか歴史のかなたに埋没してしまうものなのだが、なぜか白洲次郎ブームの延長線上で光があたったように思う(最近では小林秀雄でさえ読まれなくなって忘れ去られようとしています)。

実はソフト業界には青山二郎たるべき人物がいない。これは世界中にいない。
少なくともその人物の目利きがソフトウェアの真贋や素晴らしさを見出すような権威と見識があって、世の中の人々、業界の人々が耳を傾けるような人物を筆者は知らない。
かつて数年前に構造化設計の秦斗である、トムデマルコが日本に来て講演した時にこんなことを言っていた。

優れたソフトウェアとはいったい何か?
機能が豊富にあるとか、バグが1つもないとか、そういったソフトウェアが優れたソフトウェアだろうか?
デマルコはその時に優れたソフトウェアの例として、アドビのフォトショップをあげたのである。例えば、初期のフォトショップはバグだらけで全く使い物にな らなかったが、1つ革命的な機能を持っていた。写真をデジタルデータとして扱える点である。このことによって、今までアナログデータの時代には変更が難し かった写真がデジタルデータになったとたんに自由に合成できるようになったのである。これは革命である。なぜなら、フォトショップが発売されるまでは写真は裁判所で証拠として提出されたのに、フォトショップのおかげで写真は動かぬ証拠にはならなくなったからである。
写真のデータをアナログからデジタルに変換するフォトショップはそういう革命的な世界をもたらすソフトウェアで、それゆえ、多少バグがあろうが、使い勝手が悪かろうが、優れたソフトウェアだと言うのだ。

これは設計思想(フィロソフィー)の問題である。青山二郎は、物言わぬ香炉や陶磁器の奥にある主張や真実を見抜く天才で、それゆえ、目利きといわれたのであ るが、ソフトウェアの世界にもし青山二郎がいたとすれば、ソフトウェアの名前や機能やバグに着目せずに、このソリューションで一体何の革命ができるのかという、素朴な効果を一瞬で見抜くに違いない。

実はソフトウエアの世界では、アプリケーションの設計法だけでも理論百出、百花繚乱で何が王道で真実なのかさっぱりわからない状態が続いている。
それぞれが簡単な例証を敷衍した我田引水理論だらけで、一般性や汎用性がないのだ。SEがPGにどんな方法でアルゴリズムを指示するかというドキュメントのフォーマットすら決まっていないのが現状である(弊社は決まっていますが)。

そういう意味で、工学であり、実業であり、エンジニアリングの世界であるソフトウェア業界には高等遊民が輩出しなかったのである。
また、常に新しいものだけが打ち出されてきたということもその背景にはあるだろう(古いもの伝統的なものに光を当てる歴史がまだないということの証左でもあります)。
それゆえ、ユーザーはメーカーの発信する新しい言葉にひきずられて常に軸足を移動させているといえよう。そういう意味ではファッションメーカーの推薦する流行服をつねに身にまとって伝統的な服装の型が確立していないともいえる。

ECObjectsは、エンジニアリング・チェーン・マネジメントというフィロソフィー(設計思想)を持ち、それを具現化する中核インフラとして統合化部品表というしくみを持っている。
これは製造業におけるコミュニケーション革命を実現する重要な基幹インフラであるが、米国のフィロソフィーであるPLM/PDMと領域が一部かぶっている ため混同されることが多い。まただれもやっていない新しい領域(設計から生産のエンジニアリングを連動させる)であるために説明も容易ではない。

そこで(ここからは宣伝)11月25日発売予定の「グローバル生産のための統合化部品表のすべて」という本を元IBMで現在産業技術大学院大学の戸沢義夫教授と上辞することになったのである。出版は日本能率協会マネジメントセンターである。
この本は部品表の総合解説書も兼ねているので、この本一冊で部品表から統合化部品表までの基礎から応用までを解説している。
興味のある方は弊社ホームページ(http://www.class.co.jp/)ならびに一般の書店、もしくは能率協会ホームページまで問い合わせ願いたい。


ソフト業界には青山二郎がいないので、代わりに筆者が我田引水的に代弁する次第である。