【第76回】ワイン談義その2 -もう1つのサイドウェイ(前編)

映画の重要なジャンルに、ロードムービーという分野がある。これは主人公が長距離を旅しながら物語が進んでいく種類の映画である。
古いところでは「イージー・ライダー」、「ペイパー・ムーン」、日本で言うと、「フーテンの寅さん」もロードムービーであるし、北野武の「菊次郎の夏」な ども素晴らしいロードムービーであった。韓国におけるロードムービーの傑作は、「風の丘を越えて~西便制」である(この映画は地味で暗いですが必見です)。中国における最初のロードムービーはかの有名な「山の郵便配達」である。
これらのロードムービーはもともとはビート族の教祖ジャック・ケルアックが書いた、「On the Road(路上にて)」という小説がモデルになっていると筆者は考えている。
米国には、ホーボー(Hobo)という、土地から土地へ全米を働きながら渡り歩く、半ホームレスの渡り鳥労働者がいて、ケルアックの主人公も一種のホーボーであった。

最近、筆者が傑作だと思ったのは、デビッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」と、アレクサンダー・ペインのワインロード・ムービー「サイドウェイ」である。
サイドウェイとは、カリフォルニア州サンディエゴに住むダメ英語教師、かつワイン大オタクのマイルスと、マイルスの大学時代の悪友で売れなくなった元人気タレントのジャックがカリフォルニアのワインカントリーに1週間のワインツアーに出かけるという話である。
筆者も仕事で度々米国西海岸のシリコンバレーに出張することが多いが、時間があれば必ずサンフランシスコから車で3時間あまりのナパバレーやソノマのワイ ンカントリーに足を運ぶことにしている。実は日本人はサイドウェイの舞台を勝手にナパバレーやソノマだと思い込んでいるようであるが、Google mapでよくよく調べると、ロサンゼルスの北西200Kmの町、サンタバーバラから更に20Kmくらい北上したサンタイネス、サンタマリアと呼ばれる地域 で、サンフランシスコの南400Km、ナパからは実に500Kmも離れたところなのである。なので、サイドウェイはワインカントリー映画ではあるが、ナパ やソノマの映画ではないのである。

そこで、夏休みも近いことなので、「もう1つのサイドウェイ、ナパ・ソノマ編」を書いてみようと思う(前置きが長くてすみません。要するに、私家版サイドウェイのバーチャルツアーです)。

まず、ナパに行くためにはサンフランシスコ空港(通称SFO。ちなみにロサンゼルス空港はLAXといいます)で降りてレンタカーを借りなければならない。タクシーを使ってワイナリーツアーを強行すると破産してしまうからである。
筆者は日本では車を持っていない珍しい人種であるが、米国に行くと車は必須なので自ら運転する。レンタカーでおすすめしたいのが、Hertz社の「ネ バーロスト・システム」である。これはインターネットで予約するときにオプション指定すると付けてくれる。要するに、米国版カーナビである。
この、ネバーロスト・システムは、サンフランシスコやニューヨークの市街地では全く使えないが(これは本当の話です。ウンともスンともいいません)、建物の少ない米国の大地をドライブするには十分な機械である。
ネバーロスト・システムのいいところは、ナビの音声を多言語で選択できることである(まるで弊社の ECObjects のようでありますな)。メニューの中から、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、日本語を選択できるようになっている。これは便利である。日本語の音声を選択すると、車の外はアメリカで、中は日本という、珍妙な空間が出現する。
ネバーロスト・システムで注意しなければならないのは、小数点の言い回しである。「コノサキ、テンナナキロヲ ミギニ マガル」と言われて、7Km先まで 走ると、右には曲がる道はない。“テンナナキロ”とは、“0.7Km”のことなのである。筆者はこれで何度も迷子になった。オールウェイズ・ロストシステ ムになってしまったのである。

SFO(サンフランシスコ国際空港)のモノレールに乗って、レンタカー屋で手続きを済ませると、フリーウェイ(米国の高速道路、日本の高速道路は有料ですが米国はタダです)の101(ワンオーワンと、ジモティー風に発音してください)号線を北上する。
このとき注意しなくてはならないのは、スピードメーターである。70Km、80Kmで走っているのに米国の高速道路は日本より恐いと感じてしまうのだが、 向こうの車はマイル表示なので80Kmと思っている速度が実は130(128)Kmなのである。これに気付かないで100マイルでかっ飛ばしていると逮捕 されてしまうので(本当に刑務所に入れられます。筆者は入ったことはありませんが)、注意しなくてはならない。101はシリコンバレーを南北に縦断する重要なフリーウェイである。サンフランシスコからサンノゼまでのエリアが俗にシリコンバレーと呼ばれる地域である。サンフランシスコを右に見て通り過ぎると、かの有名なゴールデンゲートブリッジに差し掛かる。ここからナパに向かって2,3時間美しい景色を見ながらドライブすることになる。

ナパバレーと呼ばれる地域は、29号線を南から北に北上しながら広がっている。
Napa(ナパ)→Yountville(ヨーントビル)→Oakville(オークビル)→Rutherford(ラザフォー ド)→St.Helena(セントへレナ)→Calistoga(カリストーガ)と続くエリアが俗に言う、ナパバレーと呼ばれる地域である。この一帯はカ リフォルニアの冷たい海風が背後のシェラネバダ山脈にあたって、夏でも朝晩は13度くらいで涼しく、日中は30度くらいまで気温が上がる、寒暖の差が激し い盆地の気候である。その代わり、雨は降らない乾いた大地である。その気候が世界に類稀なワインを作るのである。

午前中SFOを出発して、2,3時間ドライブする頃にはナパに到着している。この頃になるとお昼時なので多分お腹が空くはずである。1日目のワイナリー巡りをする前にまず腹ごしらえをする。Yountvilleの手前、29号線の道路沿いにあるのが、Napa Valley Grilleである。
ここに入ると、なぜか昼間なのに皆がブラッディメアリーを注文している。不思議に思って大盛りグラス(ビールジョッキ大くらいあります)のブラッディメア リーを頼んでみると、そのわけが分かった。トマトが美味しいのだ。ここは素材がとてつもなくよい。トマトも野菜もチキンもとても美味しい(すべてがオーガ ニックです)。素材だけで滋味と旨みに溢れ、何を食べてもどんな料理をしても文句なしにうまい。もちろん、ナパのレストランなのでワインも充実していて、 ワインリストだけで数十ページ、カリフォルニアで作られたワインの殆どがここのリストに載っている。その中で一番高価なのが1979年ファースト・ビン テージのオーパスワンである。値段は1,400ドル。日本円にして約16万円である(1$=116円)。いつか赤いちゃんちゃんこでも着たときにこのぐらい のを普通に注文してソムリエをビックリ仰天させてみたいと思う。

せっかくメニューで全く手の届かないオーパスワンを見たので、最初に訪問するワイナリーは、オーパスワンのシャトーとなるのである。これは初めて上京した中学生がディズニーランドに行くようにポピュラーなシャトーである。
場所はYountvilleのワイナリー銀座のど真ん中にある。この辺りは右にシルバーオーク、向かいにロバートモンダビ、その隣はニーバム・コッポラ で、ロープウェイに乗って高台でテイスティングできるベリンジャー、近くにはシャンパンのマム、等々、半径5マイルの四方に30以上ものワイナリがひしめいているワイン銀座である。
その中心に位置するオーパスワンのシャトーはカリフォルニアのワイナリーの中で一番シャトーらしいシャトーを持っている。広大なぶどう畑の真中にテキサスから運んできた白い石造りの堅牢なシャトーが建っている。
オーパスワンは、カリフォルニアワインの旗手、ロバートモンダビとシャトー・ムートン・ロットシールトの総師フィリップバロンが立ち上げた、英仏ジョイン トベンチャーである(オーパスワンのラベルにはこの二人の横顔がデザインされています)。カベルネ・ソービニオン主体の傑作ワインで、現在では最も高額の カリフォルニアワインとなっている。
シャトーに入ると受付がある。ここの受付リストに住所と名前を記入すると入場が許可される。奥に行くとテイスティングカウンターがあって、25ドル支払うと飲み頃のオーパスワンがグラスで試飲できる。そのグラスを持ってシャトーの屋上の庭園に行くと、視界いっぱいに広がった美しいぶどう畑を眺めながらオーパスワンを味わうことができる。これはどんな料理と合わせるよりも快楽である。
テイスティングカウンターではワインを購入することも可能である。ここには本命のオーパスワンも売っているが(現在は165ドルもするのでうっかり購入できません)、ここでしか手に入らないセカンドラベル“オーバチュア”が大抵の訪問者のお目当てである。
オーバチュアはオーパスワンのセカンドで、値段は1本40ドル。本体の1/4である。しかも日本では手に入らないどころかワイナリでしか売っていないの で、米国でも入手不可能の幻のワインである。輸送費(往復航空券代)を加味するとオーパスワンより高価なものになる。そういうわけでお土産でこれを入手しない手はない。最近は宅配便で配送してもらえるので荷物にもならない(ただし、1人6本までです)。

次回に続く