【第75回】めざせ中流階級 -年の数ほど万札を(後編)

日本は額に汗をかく労働を蔑視していない。外国の中流と日本中流は若干職業に対する見方が違うことは認識しておく必要がある。
たとえば、エリート大学の工学部を出て工場に勤めて、作業着を着て現場を指揮している日本人は大勢いるし、そのことをだれも下流の仕事とは思っていない (トヨタや日産に勤務していること自体が何の仕事をしているかよりもエリート階級を代弁します)。銀行員よりも法隆寺の宮大工の方が下流の仕事をしていると思う人もいない(むしろ逆ですな)。
総じて日本以外の外国では額に汗をかかないことが中流の条件であり、その根底には労働の内容に値段をつけて、この仕事は下流、この仕事は上流と区別しているようだ。
日本では、たとえばエリート官僚がリタイアして、農業を始めたらみんな羨ましがるが、これは外国ではありえない。土をいじりたかったらガーデニングをすべきで、決して米やナスを育ててはいけないのだ。

わが国日本の中流階級を調べてみると、日本の場合年功序列型の年収なので単純に年収だけで下流中流を判断することは難しい。


【平成13年 年齢別・男女別・年収リスト】
 年齢/男/女/平均
 20~24歳/280万円/251万円/266万円
 25~29歳/388万円/300万円/353万円
 30~34歳/483万円/312万円/428万円
 35~39歳/567万円/296万円/483万円
 40~44歳/627万円/283万円/507万円
 45~49歳/668万円/277万円/519万円
 50~54歳/696万円/274万円/533万円
 55~59歳/683万円/272万円/534万円
 60~歳/508万円/241万円/407万円
(国税庁統計情報より)


この統計と所得税を照らし合わせると、国税庁が考える日本の中流階級の所得が浮かび上がる。日本人の給与所得のピークは50~54歳台の696万で、これは平均値なので平均より偏差値が上だとすればあらゆる年齢層で700万以上の収入がある層が中流階級のレイヤーである可能性がある。

また日本の所得と所得税の関係は以下のようになっている。

税率20% ~695万円
税率23% ~900万円
税率33% ~1,800万円
税率50% 1,800万円超


平均年収のピークが50~54歳台の696万なので、年収700万から1,800万までが日本の税制上の中流階級ということができると思う。 ただこれだと年功的に給与があがる傾向の日本の社会には合わないので、筆者は独特の補正値を持っている。
それは駆け出しのプログラマーだった頃に先輩がため息をつきながら言った愚痴が由来であるが、“いつか俺も年の数だけ万札を貰えるようになりたいな”というものである。要するに、年齢が1歳増えると給与も1万円増えるという年功序列型の計算式である。この理論を当てはめると、59歳×12ヶ月=708万で中流の下限の数値になるのである。これにボーナス2.5ヶ月を足すと855万5,000円と算出される。“年の数だけ万札を”理論はある程度妥当性があるような気がするのである。

この計算式を年代別にシミュレーションすると以下のような数値になる。

25歳×(12ヶ月給与+2.5ヶ月ボーナス)=362万5,000円
30歳×(12ヶ月給与+2.5ヶ月ボーナス)=435万円
40歳×(12ヶ月給与+2.5ヶ月ボーナス)=580万円
50歳×(12ヶ月給与+2.5ヶ月ボーナス)=725万円
60歳×(12ヶ月給与+2.5ヶ月ボーナス)=870万円


東京都と地方の格差が開いてきているし、業種業態によってもちがうが、だいたいこのくらいの収入があればマンションと車をローンで買って、子供を一人ないし二人育てて、大学まで進学させて、お父さんは時々小遣いを節約してゴルフを楽しむことが可能なのではないだろうか?

実は日本人には階級に対する絶対的な認識がない。それゆえ大学を卒業して、銀行員になるか刀鍛冶になるかは当人が勝手に決めるのである。仕事がうまく行っ て人生がハッピーであれば、銀行員になっても刀鍛冶になってもたいした違いはない。また、その息子が大学を博士課程で卒業して大学教授になる可能性もあ る。

筆者が会社で何人かに質問してみた。「下流階級が持ってなくて、中流階級が持っているものは何か?」
そうしたら誰も同じ答えを返してこなかった。「????」  「車?」 「持ち家?」 「フェラーリ?」
日本には貧乏と金持ちは存在するが、下流、中流、上流の定義は明快に存在しない。学習院の常磐会のような組織に入っているのが上流という見方もあるが、そ れは本人がそう思っているだけで、普通の人からは「何それ?」と質問されるのが関の山である。社会的にそういう認識はない。

たとえば、筆者はカール・マルクスに言わせれば資本家である。だが当人にそんな意識はまったくない。また筆者の関係者知人で筆者を資本家と思った人間もいなければ、言った人間も皆無である。日本に階級を認識させるような共通指標は存在しない。
逆に額に汗をかかないで何十億も何百億もあぶく銭を手にする人間を軽蔑する傾向がある。「お金儲けは悪いことですか?」と訊かれたら、「額に汗をかかないお金儲けは不健全だ。お金には色がついている。」と筆者なら答える。これが日本人のマインドセットなのだ。多分これは外国人には理解不能だと思うのであ る。

90年代バブルの全盛期、筆者の知人が大手の銀行で為替のディーラーをやっていた。彼は端末を叩くだけで1日に2億も3億も儲けていた。そのころ生産管理のSEだった筆者は彼に「俺らはわずか数円の製造コストを下げるために優秀な技術者や現場の職長が寄ってたかって集まって一年近くかかって複雑なシステ ムを作って努力しているのに、おまえらのやっていることは間違っている」と言ったことがある。
その彼の銀行は4年後に倒産し、当時の役員20数名全員が刑務所に収監され、つい1ヶ月前の判決で数十億の賠償金が確定した(その間ひとり死亡しています)。

日本の製造業がなぜ米国や英国のように衰退しないのかというと、ブルーカラーとホワイトカラーの境目がない職場だからということができる。その意味で、現 場の判断力、分析力、改善力をブルーもホワイトもなく結集した大野耐一氏の功績は日本的無階級社会の大成功例と言えるかもしれないのである。
米国の製造業は現場をブルーカラーとし一段低く見ているので、海外にアウトソースすることを何とも思っていなくて、むしろコストダウンできて資産を減らし たと喜んでいるのである。だからPLM(Product Lifecycle Management)のLifecycleには生産管理が全く入っていない。プロダクトの Lifecycle は物をつくるために管理するのではないということになる(実際に台湾や中国やインドに100%アウトソーシングしている製造業が米国には存在します)。だが、生産現場をもたない製造業は、長い間の品質との戦いを生き抜くことができないし、ハイテク製品になればなるほどコストダウンもできない。それゆえ衰退していくのである。
日本は、明治維新時代に士農工商を破壊して、階級を撤廃し、工業国として立国する基盤をつくった。みんなで知恵を出し合う現場を作ったのである。それが今日の繁栄の源である。

日本の社会は自分自身で下流と認識しなければ、中流なのである。欧米的な定義は無意味である。努力すれば誰もが中流になれる社会であるし、度外れた贅沢を軽蔑する品性がまだ社会の中に残っていると思うのである。 我々は××ヒルズに象徴される金亡者が恥を知る社会をこれからも維持しなければならない。欧米と価値観は全く異なるのである。
日本では、定職についていて、真面目に働いて、マンションを購入して、子供がいて、車があって、子供を大学に進学させることができれば中流階級であるということがいえると思う。こう考えると今現在でも日本は一億総中流であることに変わりはない。

ちなみに、フリーター30歳がハンバーガー店のアルバイト(時給800円)で30歳中流階級の435万の年収を得るには何時間働かなくてはならないか計算してみよう。

フリーター中流階級の労働時間は以下のようになる。

年間労働時間 =435万/800=54,375時間
月間労働時間 =54,375時間/12=453.125時間
1日労働時間 =453.125時間/30=15時間
(これは毎日睡眠時間6時間で朝9時から夜中の11時までの勤務で年中無休病欠なしの状態です。)
週に1日休むと、
1日労働時間=453.125時間/25 =18時間
(これは毎日睡眠時間3時間で朝8時から夜中の2時までの勤務です。)
週休2日だと、
1日労働時間 =453.125時間/20=22.6時間
(これは毎日睡眠時間なしで朝8時から翌朝6時半までの勤務です。)

上記の勤務となるのである(フリーターは大変なのです)。これを見るとカッコつけてフリーターなんかやらないで、おとなしくサラリーマンに納まって有給休暇を年40日もらうほうが楽チンだと思うのだが。

でもやっぱり彼らにとっては自由が一番なんでしょうかね。自由は高くつきます。