【第60回】ヒトラー最後の12日間余話 -2つの国の戦後処理(後編)

一般的に人種差別を引き起こす原因は貧困である(米国の公民権運動と南部の人権差別を題材にした、ウィレム・デフォー主演のミステリー映画「ミシシッピー・バーニング」もKKKのメンバーが貧しい白人であることを描いています)。
ところがナチスドイツのユダヤ人に対するホロコーストは必ずしも同じ背景を持っていない。
ヒトラーは人々の人気を獲得するために、1920年ミュンヘンで国家社会主義政党を旗揚げしたときの綱領に反ユダヤ主義を入れたのだが、当初はただの人気取りの理念であった。
これがホロコーストに発展するのは1935年の人種法(ニュルンベルク法)の制定と、1938年の水晶の夜(Kristall Nacht)事件からである。

水晶の夜(Kristall Nacht)事件とは、1938年11月9日に、一部の過激分子であるナチスの突撃隊がユダヤ市民へ行った大規模な襲撃事件である。ユダヤ人の教会や店を襲撃してガラスが散乱した様子を水晶の夜(Kristall Nacht)と表現したのである。流血の大惨事であった。
そのきっかけは、1938年パリのドイツ大使館の一等書記官エルンスト・フォン・ラートがユダヤ青年に射殺された事件からはじまった。ヒトラーはこの事件以来、それまでは綱領に過ぎなかった反ユダヤ主義から、実際の弾圧(ドイツ国内の公職にあるすべてのユダヤ人を追放等々)が始まったのである。
このユダヤ人青年は、ナチスドイツ政府が1938年の10月にドイツ国内のポーランド系ユダヤ人1万7,000人に国外追放令を出したことに激高して狂行に及んだのである。そしてこの水晶の夜事件の影の黒幕が、かの有名なヨーゼフ・ゲッペルスである。
まずこの事件で推測される重要なことがある。
これだけの高福祉国家を作ると、近隣から豊かさを求めて大量の移民が来るのは必然であろう。
ポーランド系ユダヤ人1万7,000人に国外追放令を出したのもそうした背景があったのではないだろうかという推測である。
これらの移民を全て受け入れたら高福祉国家は維持できないからである。そしてこれだけの高度な文明生活を送っている当時のドイツ人は当然、選民思想というかある種の優越感を持ったと思うのである。それが段々ナチスの中で過激にエスカレートして行ってホロコーストに発展した可能性がある。

その後ヒトラーはポーランドに進撃する。それを静観することができなくなった英仏によって第二次世界大戦が勃発することになったのである。
この戦争でドイツ人720万人が亡くなり、故郷を失った人は2,500万人、そしてソ連では2,000万人、ポーランドでも450万人が斃れ、ホロコーストで 殺されたユダヤ人は600万人と言われている。以上のような事実は一般にはあまり知られていない(特にヒトラーの国内政治については)。
第二次大戦に敗れたドイツ国民はこの戦争の責任を真に受け止めて、それ以来、ヒトラーに関するいかなる表現もタブーになったのである。
ドイツ及びドイツ国民は、1985年5月8日のヴァイツゼッカー大統領の“荒野の40年”の名演説に象徴されるように、真底、反省と哀悼の意を表明し謝罪して、ナチス時代を100%否定して、戦争責任を感じていると言えよう。

そこでわが日本を振り返ってみると、戦前の政治家や軍国主義の政権は必ずしも日本の国民に豊かな暮らしを提供してきたわけではなかった。貧乏なくせに他の国にちょっかいを出すという、まるでフリーターが銀座のクラブに通うような真似をしていたのである。
日本の戦争は国民が積極的に軍事政権を支持して引き起こしたというより、雲の上のエライ“おかみ”が引き起こしたという色彩が強いかもしれない。
日本人には中国や米国と戦争を起こすようなさしたる積極的な感情はなかった(二・二六事件や日比谷焼き討ちをやるような輩はいましたが、日本人の大部分は無知蒙昧で従順な国民でした)。
自分達が積極的に戦争を推進したという自覚が乏しいため、日本及び日本人には当事者意識が希薄なのである。それによって戦後処理や戦争への反省やアジア諸国への謝罪に贖罪意識が希薄であるという問題が現在発生しているといえよう。
要するに満州事変も太平洋戦争も自分達が引き起こしたのではなく、偉い軍部の“おかみ”がやったことなのである。
それは江戸時代の武士と領民の意識差である。殿様が戦争で隣国に迷惑をかけても権兵衛どんには関係ない問題なのだ。
その上、日本の学校は唯物史観の教科書を使って歴史を本質的に学べないようにしているものだから、現在でも多くの日本人は、たとえば大航海時代の到来は西洋人が肉を腐らせないように胡椒を求めて始まったと思いこんでいる(共産党の中国でさえ唯物史観の歴史教育ではありません。どっちが共産圏かさっぱりわか りません)。
歴史の教科書があまりにもショボイものだから、日本のまともな大人はそれを補完するために司馬遼太郎や塩野七生を一生懸命愛読するのである。
当然学校でしか学問を学ばない受験至上主義の日本人の大多数は驚異的な歴史オンチとなったのである。
講談や落語で文盲ながら耳学問で歴史を学んだ江戸っ子の八っつあんのほうがまだましである。

歴史はその事実の裏に必然的な論理性がある。
それが科学のように理路整然として面白いのである。

筆者の解釈も必ずしも正しいとはいえないが、論理的に説明できるということが重要なのである。
ヒトラー最後の12日間を観ていて、なぜホロコーストが始まったかを思い出してみた訳である。

皆さんも歴史のミステリーを紐解いて珍説を披露してみましょう。
歴史小説家になれますよ。