【第46回】ビジネスの米

米というのは毎日食べるものである。人によるが、1合ないし2合は毎日食べる。
とにかく毎日食べる。が、しかし、量が増えることはない。昨日まで飲んでいた味噌汁や惣菜をやめて米の量を増やし続けて食べる人はいない。
人々は(日本人は)毎日一定量の米を必ず食べる。米の需要はそれゆえ、なくなりもしないし、増えもしない。

ビジネスの領域にもこうした米のような領域が存在する。
即ち、毎期毎期、一定のレベニューが保証されて、安定的に持続するビジネス領域である。米国かぶれのMBAコンサルに騙されて、この領域にメスを入れて炊き込みご飯や混ぜご飯にしてしまうとどうなるか?一時期は食べる量が増えるがそのうち飽きて米を食べなくなるであろう。
そうやって潰れそうになった会社がある。ゴーン登場前の日産と98年の銀行である。

日産にはいくつか米があった。それはサニーとブルーバードとスカイラインとフェアレディZである。スカイラインのマーケティングは他のどの会社にも真似のできない特徴を持つ。それは即ち、テールランプだけ丸く作ればどんな車でも売れるという、魔術のようなファンを獲得したことである。
ところが、日産はそのスカイラインのテールランプをわざわざ四角にした。MBAコンサルが「もっと売れるようになりますよ」と入れ知恵したかどうかはわからないが、これはまさに毎日食べていた白いご飯を炊き込みご飯に変えた瞬間であった。
サニーはサニー、ブルーバードはブルーバードでいいのである。それゆえ、ファンが離れてしまいそうな大改造やイメチェンはしてはいけないのである。要するに、米に手をつけてはいけないのである。
その点、トヨタは賢く、カローラを米として残しておいて、冒険はビッツという新ブランドを立ち上げてやるのである。クラウンはクラウン、マークII はマークII なのである。何年経とうが、そのポジションは不変である。
これらビジネスの米に手を入れて、もし失敗した場合どうなるか、日産のように経営の屋台骨が揺らぐのである。ビジネスの米に手をつけるということは相当危険な賭けと言わざるを得ない。事業の継続性に関わる重要なポイントでもある。
米に手をつけて失敗したと言えば、フォルクスワーゲンのビートルも同様の例かもしれない。ビートルもその形と色を残して中身だけを進化させれば、或いは生き残れたかもしれないのである。現在のニュービートルは新ブランドとして別の名前で出すべきであったのである。

もう一つ米に手をつけて崩壊した業種がある。98年の銀行である。
現在のベンチャーブームは2000年頃から始まったので、最近のベンチャーブームで創業した経営者は98年の銀行の貸し渋りがどのくらい衝撃的な事件であったかを知らないかもしれない。
これはビジネスの米に思いっきり手をつけて、業界自体が消滅するようなマイナスの結果を生んだ事件であった。

そもそも日本の銀行のビジネスモデルは、殖産興業を目的に明治6年に渋沢栄一が創設した第一国立銀行から始まった。その理念は“論語と算盤”である。これは道徳経済合一説という理念で、国全体を豊かにするために単なる金儲けだけに走ることなく、富を社会のために役立て還元するという役割を実践したのであ る。
それゆえ、98年までの日本の銀行は企業の用心棒として間接金融直接金融の融合したトータルなサービスを行っていた。
その頃、都銀から当座預金の口座を開いてもらうということは不渡りを絶対に出さないように支援してくれるということを意味したものであった(今では考えら れませんが)。その頃の銀行の支店長は、「一度うちで当座を開いたからには絶対に倒産させるようなことは致しません」と胸を張って言っていたのである。またそういう権限もあった。
それがアメリカかぶれのコンサルくずれチームが金融庁マニュアルなるものを作成して企業の財務状況を極端に厳しく(悪く)査定したために状況が一変した。俗に言う、ハードランディング金融政策である。
何の理由もなく、突然、短期資金の折り返し等の一切の貸し出しが拒否(制限ではない)され出したのである。これには日本中が大パニックに陥った。
大体、資産というものは長期的性質のものと、短期的性質のものがあって、それを全て超短期的性質の現金に今すぐ変換して査定しろと指導したものだから無茶 であった。要するに極端にやり過ぎたのである(現在、弊社の数億円で売れるパッケージは帳簿上は0円に近いです。なぜなら、資産として会計士が認めないので全て開発費を経費として処理した結果です)。
当時の銀行の法人顧客貸し出しの金利による収益は、銀行の利益の60%以上を占めていたにもかかわらず、貸し出しを一斉にやめたのである。
また、法人の顧客というものは新人の銀行マンがせっせと自転車で顧客を訪問しながら、100年以上もの長い期間をかけて獲得した重要な資産であったにもかかわらず、いとも簡単に切り捨ててしまったのである。
一番重要なビジネスの米を捨てた銀行がその後どうなったか、全ての日本人が今や完全に理解していると言えるだろう。
現在のように景気が戻っても企業はお金を借りなくなってしまったのだ。また、13行あった都銀は3行になってしまった。貸し出し量もシュリンクし、店舗は マニュアル通りに次々と閉鎖されて、現在、銀行の利便性は極端に悪化していると言えよう(じつはこのハードランディング政策で儲かったのは米国MBAコンサルと米国ファンドだけで、銀行マンも顧客の法人も預金者もみんな不幸な結果になったのです。銀行首脳はすっかりMBAコンサルに騙されたのでした)。

ビジネスの米はその企業のレーゾンデートルである。社会状況がどんなに変化しようともそれは死守されなければならない。
ビジネスの米を米国MBAコンサルに騙されて改革しようと思ってはいけないのである。
成長するばかりが能ではない。大きくなることばかりが目的ではない。日本は米国の拝金資本主義に完全に毒されているのではないだろうか?
もう一度、日本流資本主義を復活させた方がよいのでは、と思う今日この頃である。
明治の知識人の偉大な知恵が失われてゆくのはつくづく残念である。

渋沢や諭吉が草葉の陰で泣いている。