【第43回】平均寿命と仕事

ある日、某大商事会社のWさん(ちなみにWさんは東大卒です)が筆者に言った。
「うちの会社に保険勧誘のおばちゃんが来るんだけど不思議なんだよね」
「何が?」
「だって、うちの会社は35歳くらいで突然死する奴がいっぱいいて、多分勘だけど平均寿命は50歳以下なんじゃないかな。だから保険会社は必ず損する構造になっているのに勧誘するのは変だと思うんだよ」

皆さんは平均寿命が職業によって大体決まっているということをご存知だろうか?
昔通院していたインチキ医者の説によると、日本で一番寿命の短い仕事は、


商社マン
パイロット
取締役になれなかった保険会社の地方支社長

だそうである。

これにフライトアテンダント(即ちスッチーですな)や新幹線の運転士は入ってないが、要するに、アインシュタインの相対性理論(E=mc2(二乗))に基づいて、高速移動を繰り返した職業の人々が短命であるという説である。 この伝で言うと、新幹線通勤は最も体によくないということになる(1990年代から始まったこの通勤スタイルの平均寿命に関する統計はこれからの研究分野であります)。

現在、日本の平均寿命は世界一である。厚生労働省の2003年の発表によれば、男性は78.36歳、女性は85.33歳である。
平均がこれだから驚異的な長命社会である。

そもそも平均寿命とは何かというと、現在の0歳児があと何年生きられる社会に暮らしているかという数字である。
ということは、日本人は世界一死なない民族であるということを示す数字なのである。
皆さんは平均寿命が長いということは住宅ローンが長く組めるからいいな、位にしか考えていないと思うが、これはビジネス社会においては重要な数字なのである。

ちなみに、日本以外の平均寿命がどうなっているかというと、平均寿命の高いランクは以下の国々である。

日本:82歳
アイスランド、イタリア、オーストラリア、 スイス、スウェーデン、スペイン、香港(これは意外ですね):80歳
イスラエル(これも意外)、オーストリア、カナダ、コスタリカ、チャネル諸島(イギリス)、ノルウェー、ニュージーランド、フランス、マカオ(これも意外)、マルタ:79歳

総じて生活水準が高い国々に多い。

反対に短い国々をランクすると、

最低が、シオラレオネ34歳、レソト35.7歳、ジンバブエ37.9歳、スワジランド38.8歳、ボツワナ40.4歳、と全てアフリカの貧しい国々である(真因はエイズですな)。

米国は77.3歳(男性74歳 女性79歳)、中国は71.1歳である。
シンガポールは男性77.4歳、女性81.7歳であるが、シンガポールの中国系住民に関して言うと、50代で死ぬ人が極めて多い。
米国人が50歳代でハッピーリタイアメントしたいのも、彼らは70歳までにほとんど死んでしまうので老後が50-60代の間しかないために、必要に迫られて早期引退をするのだという説もある。

実は日本の平均寿命が伸びたのは戦後のことであって、現在の米国並みになったのは平成8年のことである。

昭和22年は男性50.06歳、女性53.96歳で、もれなく「人生五十年」。
“下天のうちに比ぶれば夢幻のごとくなり。ひとたびこの世に生を受け滅せぬもののあるべきか”と幸若舞の『敦盛』の科白で有名な信長の時代と大差なかったのである。

昭和25~27年で男性59.57歳、女性62.97歳である。
この平均寿命をもとに現在の60歳支給の世代間相互扶助方式年金制度が設計された。
当時の平均寿命では誰も年金を受け取れる人はなく、この年金制度を発明した当時の官僚は「60歳から年金を支給します」と言って現役世代のお金を拠出させ ておいて、「はい、あなた方は年金が支給されるまでにもれなく死ぬでしょう」とほくそ笑えんでいたのである(これだから官僚は油断ならないのです。やつ らの策略です。)

これが江戸時代となると様子が違う。よく落語に出てくる近所のご隠居さんが70代の爺さんかというとそうではない。平均寿命が50歳の社会なので隠居する のはもれなく40代である。江戸時代に生まれていれば筆者はとっくに隠居していなくてはいけない年齢ということになるのである。

よく人間30歳を過ぎたら変わらないと言われるのは、この平均寿命と深い関わりがある。
江戸時代は30歳でできた人格でビジネス年齢を全うしたので、30歳過ぎて変わらなくても10年間しか現役の生活がなかったのでそれでよかったのである。後は楽隠居して死ぬばかりだからだ。

ところが、80歳近くまで平均寿命が延び、65歳まで年金が支給されない長寿社会になるとビジネスマンに求められる要素は一変する。

30歳でできあがった1回目の人格を時代に合わせてどんどん変革し、進化させないと社会と仕事の変化に対応できなくなるのである。
人間が進まないと納得のいく人生が送れなくなったのである。

だから勇気のない人間、教養のない人間は長寿ビジネス社会から取り残されるのである。
よく米国も日本も学歴社会と呼ばれるが、学歴で周りがビックリするのは35歳までで、それ以降はその印籠は通用しない。以後実力である。

30歳までにできた人格は、いわば親からもらった環境によって培われた人格である。
当人の努力はあまり関与していない。現在の平均寿命ではこの1回目の能力、人格で一生を渡りきることはできないのである。
自らの人格を陶冶(とうや)するために長い長い修行が必要になる。
寿命が延びるのと同時に進化も進まなくてはならないのである。

それゆえ「頭が固い」=「生きる能力がない」ということを意味する。

犬が倒れるような(これをワンパターンといいます)思考を墨守するのは自殺行為なのである。

自己変革できない、あなた、
それは命を粗末にするということですよ。
悪いところはどんどんぶち壊して勇気堂々進取して生きましょう。