【第42回】安政のマデラと天誅

ある日のことである。シャトーラトゥールのコレクターにしてCSKホールディングス取締役兼CSKシステムズの取締役の有賀さんが紙袋を下げてニコニコしながら現われた。
開口一番、「今日はこれをやりましょう」と紙袋の中身を見せてくれた。
何とそれは150年前のマデラ酒であった。
「安政の眠りを醒ますマデラ酒たった1杯で夜も眠れず」という訳である。
そのラベルにはこう書いてあった。

 Sercial Solera 1860
 Cossart,Gordon & Co
   MADEIRA
   Est.1745

19世紀、南蛮渡来の伴天連の赤葡萄酒は、冷凍コンテナのように温度管理ができなかった旧帆船(クリッパーですな)で輸送したので、輸出されるものは皆、 マデラやポルトのように酒精強化されていた。(従って、坂本龍馬が飲んだのも今のようなボルドーのワインではなく、ポルトやマデラの類でした)このマデラ を賞味しながら150年前のことを考えた。

1860年は安政7年。その2年前に大老井伊直弼による安政の大獄があった。
その原因となったのが安政元年(1858年)6月の日米修好通商条約の締結であった。
井伊直弼は安政の大獄によって、この日米修好通商条約(勅許を得ないまま開国したということになりますが)に反発した尊王攘夷論者を粛清したのである。

ここまでは歴史の教科書に書いてある事実であるが、この安政の大獄がこの後100年以上にわたって繰り返される日本のテロ、暗殺の連鎖の引き金になるとは誰も考えなかったのである。

そもそも、水戸学派とか言われた尊王攘夷派というのは非武装の学者集団だった。
もともとは誰も刀なんかふりまわさなかったのである。
これがなぜこの時弾圧されたかというと、勅許を渋った朝廷が、違勅条約調印を諮問する勅諚を水戸藩主徳川慶篤に伝えた。
それが幕府に伝達されたので大問題となり、水戸藩は井伊直弼に、朝廷と組んで謀反を企んでいると疑われて実行されたのが、安政の大獄となったのであった (これは直弼の全くの邪推でした)。そのために梅田雲浜をはじめ安島帯刀等の水戸藩や朝廷の100余名が処罰され、全く関係のなかった橋本左内や吉田松陰 などの当時の先進的思想家が、ついでに云われなき冤罪によって死刑になった。
そののち、この権力に反発した尊王攘夷の思想家達は、書を捨て武器を手にとり反撃することになった。
その時に袈裟懸けに刀で斬り込んで言い放った科白が「天誅」である。
すなわち、天に代わってうぬ等を誅する(処罰する)というものである。

そのテロにはまたテロが逆襲をかける終わりのない報復が繰り返される。

新撰組が浪士を斬るときに言い放った「非天誅」である。
その後の日本は天誅と非天誅が入り乱れて、およそ第二次世界大戦が終わる位まで日本人同士で、無益なテロや暗殺を繰り返すことになるのである。
その間に亡くなった有為の若者は何十万人にもなるのではないだろうか?

今のイラクやアフガンのテロも、米国の侵略に対する「天誅」であるが、その過程でたくさんの市民を犠牲にしているので、今度は彼等がイスラム原理主義者に「非天誅」をかけるかもしれないのである。
暴力に対して暴力で応えてはならぬというのは、「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」と言ったキリストも、「怒りをかみ殺せ、報復に報復で応えることはならぬ」と禁じた仏陀も立場は全く同じである。
(因みに、ダライラマは、人を攻撃したり騙そうとする悪意を隠して、表面上親切に信義厚く接する人間は暴力を振るっていると同じであると、暴力の本質を喝破しています。筆者も4年前にこういう人間の暴力を受けました。)

このテロの連鎖によって、そののち100年の間、日本の貴重な人材が天誅と非天誅の狭間で数多くの命を失うことになった。
日本の歴史の点鬼簿(てんきぼ)には、ざっと暗殺されて志半ばで倒れた人がたくさん出ることになる。

坂本龍馬、中岡慎太郎、大村益次郎、大久保利通、犬養毅、団琢磨、井上準之助、高橋是清、浜口雄幸、etc.

そう考えると、井伊直弼の罪は日本有為の人材を枯らしめる「歴史的大罪」であって、彼一人暗殺されたくらいでは収まりのつかない惨事だったのである。

権力は持っていてもよいがそれを濫用してはならない。使わないことを最善に考えなければならない。
それを我々はしっかりと頭の中に叩き込まなければならない。

その原則を小心者の井伊は忘れてしまったのである。
ノーブレス・オブリージ(高貴なる者の義務)の中には、しっかりとこの事も含まれている。

多くの会社の中で「天皇」と呼ばれるような権力の使い方をする人々の帰趨を筆者も見ているが、その行く末は必ずしもよいものではない。(皆さんの周りにも「天皇」と呼ばれる人が1人くらいはいると思います)

社会的地位が高くなるにつれて義務も責任も大きくなるが、それと同じに使えるお金や権力も大きくなってくる。その“力”を正しい方向に使うように心が成長していないと、時に暴力的に「力」を使ってしまうのである。
金にあかせて企業を支配する例のあの人々もそういう輩なのかもしれない(MさんとかHさんとか)。彼等が使った間違った「力」の反作用がどういう形で現われるのかは筆者も判らない。
それはその後の歴史が証明してくれるであろう。
筆者が生きている間にその数奇な縁起を見ることはできないかもしれない。

海外の例では、権力を邪悪に使って悪事の限りを尽くしたかの西太后のような人物も、なんのお咎めもなく平和に畳の上で死んだいるので、或いは無事に生き抜くこともあるかもしれない。
(でも西太后の人生は驚くような反仏教的存在であります。悪い事例ですな)

因みに、安政のマデラの感想は以下のようなものでありました。
(開高健風に)

眠りから醒めると150年の澱は曇りガラスのようにびっしりと瓶に張り付いていた。
色は薄い鼈甲色。透明感があってワインの美しさを失っていない。
だが薔薇のような輝きではない。南無三。

感動と感慨と畏敬を抱いて口に含む。

馥郁。端麗。清楚。これは厨房でソースを捏ねるためのくどい甘さのマデラではない。
しかも今もまたこれからも馥郁。端麗。清楚であることはすぐに理解できた。
150年の処女である。

呻吟して言葉がでない。歴史に圧倒された。
激動の150年を胃の腑に流し込んだ。
歴史を飲むのは魔法使い以外にあるまいと嘯く。

「安政の眠りを醒ますマデラ酒たった1杯で夜も眠れず」
またの名を「至福」と呼ぶ。