【第41回】よくわかる半導体産業

このメルマガは光和技術研究所の禿(かむろ)節史博士のレポートがヒントなので、あまり筆者のオリジナリティはないが面白い話なので説明してみたい。
半導体というビジネスは1958年にテキサス・インスツルメンツ社のジャック・キルビーが集積回路(Integrated Circuit)を発明して、それまアナログであった電子回路の世界にデジタル化(デジタル回路)をもたらして始まった(その少し前1954年にはテキサ ス・インスツルメンツ社はシリコントランジスタの開発量産に成功している(ちなみに、トランジスタの父はショックレー))。
それによって世界初のトランジスタラジオ(The Regency)が発売された。(ソニーのトランジスタラジオもこの頃のイノベーションです)。
そのテキサス・インスツルメンツ社は1967年にICを応用した世界初のポケット電卓を発表した。
ICは1970年代には飛躍的に集積度が高まって、その集積度が1000個~10万個になると、LSI(Large Scale Integration)と呼ばれ、単なる電子回路部品ではなくコンピュータの頭脳となるプロセッサに発展していって、IBMやユニバックの最新鋭大型汎 用機を支える重要な部品となっていったのである。

今日半導体は電子製品のほとんど全てに応用され、デジタル家電、音響、カメラ、携帯電話、PC等々のあらゆる製品を構成する産業の米として大産業に発展している。

最初米国から始まった半導体産業は日本に飛び火して、現在では、オランダ、台湾、中国、韓国と、世界中のメーカーがしのぎを削る大激戦産業となっている。
この半導体産業は実は非常に規則的なビジネスモデルの組み合わせの基に出来ているので、投資する体力さえあればいつまでも全ての会社が同じビジネスモデル で運営される不思議な産業である。その半導体産業を理解するためのキーワードがスケーリング則、半導体技術のロードマップ、ムーアの法則、ラーニングカー ブ、シリコンサイクルである。

ある半導体業界誌の中堅記者にこれらの用語を質問したところ、以下の回答が返ってきた。

◎印:超常識
△印:聞いたことはあるけれど説明できない

スケーリング則:△
半導体技術のロードマップ:◎
ムーアの法則:◎
ラーニングカーブ:△
シリコンサイクル:◎

スケーリング則とは、1974年にIBMのデナード(Dennard)が提唱した予言である。
これは、「MOS FETを三次元的に縮小し、同時に不純物濃度と電源電圧も同じ割合で変化させることにより高集積化、高性能化が達成できる」というものである。
応用物理第68巻11号所収の中塚晴夫氏の説明を引用すると、

「寸法を小さくすればするほどトランジスタの電流駆動力が上がり、周波数特性も向上するというスケーリング則は半導体に特有の特性であり、一般の機械では 逆にサイズを小さくすると力が落ちる。例えば車のエンジンの馬力を高めるには排気量を大きくしなければならない。これに対して半導体ではスケーリング則に のっとり微細化を進めれば性能が向上するというメリットがあるほかに、微細化するとトランジスタは安くなるという別の経済的メリットもLSIの大きなドラ イビングフォースとなってきた。その結果、3年で集積度が4倍になるというピッチで微細化が進んできた。」

要するに、「小さいことはいいことだ」という予言である。

これはやれば必ずできるという予言である。これによって半導体の集積化のビジネスモデルは決定付けられ、皆がそれに向かって(半導体装置メーカーも)日々精進しているのである。

半導体技術のロードマップとは、もともとは1988年セマテック(SEMATECH)が発表した米国半導体の製品開発スケジュールである。
1987年、日本の半導体の輸出攻勢に手を焼いた米国政府は高度な半導体技術の育成を目標として1987年から毎年1億ドルの補助金を10年間にわたって セマテックという企業連合体(米国の14社が参加、米国社会では珍しいモデルである)に投じ、1994年に日本に追いつくことを目標とした。
そのロードマップが功を奏し、米国は1994年に追いつくことになった。世界一に返り咲いたのである。
そのロードマップの思想は、NTRS(National Technology Roadmap for Semiconductors)という国際機関に引き継がれ、1999年に今後15年間の半導体の技術シナリオをまとめた国際勧告が発表されたのである。 これが半導体技術のロードマップと呼ばれるドクトリンである。
これは機能、インテグレーション、コンパクト化、スピード、パワー、コストという観点で半導体の未来図を予測するものである。これは主に半導体装置メーカーに対してキャッチアップすべきマイルストーンを提示するものであった。グローバル開発スケジュールのようなものである。
一例を挙げると、DRAMのデザインルールは以下のスケジュールになっている。

1999年 180nm
   :
2001年 150nm
   :
2005年 100nm
   :
2011年 50nm
   :
2014年 35nm


これによって半導体製造装置はグローバルな産業になったと言えよう。ようするに半導体製造装置メーカーは注文がなくてもこのロードマップに合わせて新製品を開発しているのである。

ムーアの法則は経済新聞などでもよく取り上げられるもので、これはよく人口に膾炙している。1975年にインテルのゴードン・ムーア博士が発表した経験則 である。それは「マイクロプロセッサの集積トランジスタ数は年率約40%で増大する」というものである。これによってマイクロプロセッサの性能は18カ月 で2倍になるのである。
これは経験則なので科学的根拠はないのだが、これまでは大体そのようになっている。

これは開発者にとっては非常にありがたい。何年に何を作ったらよいか先が見えるからだ。

ラーニングカーブ(習熟曲線)というのは何か?
それは「累積生産量が2倍になるとコストが27.6%低下する」(谷光太郎「半導体産業の軌跡」日刊工業新聞社1994年より)という経験則である。これ は大型投資を決める上での尺度になる。即ち、作れば作るほどコストが下がって他社との勝負に勝てるような競争力がつくので、体力にもの言わせて市場を制覇できるという強者の論理で ある。 要するにライバルに勝つための投資戦略を理論的に裏付けた経験則なのである。

これによって社運をかけた大型投資の稟議がすんなり役員会で通るようになった。

シリコンサイクルとは半導体業界の景気サイクルのことで、過去40年近くにわたって4年毎に浮き沈みを繰り返している景気の波のことを指す。主にアメリカのB/Bレシオ(受注・出荷比率)や日本の対前年成長率にみる半導体産業 の景気循環である。
簡単に言うと、半導体には不況と好況の波があるということである。同じ製品を10年間売っていても需給バランスの変動によって野菜のように値段が変わるということを言っているのである。
このサイクルは半導体の用途が多様化すればするほど複雑になっていくわけで、先に述べたラーニングカーブに基づいた大型投資を各社が行う結果、一斉に供給過剰になって値崩れが発生するというコスト競争と需給バランスの変動がその背景にある。
このサイクルをグローバルなレベルで予測して新製品を他社に先駆けてマーケットに供給して勝ち逃げするのが半導体産業の勝ちパターンというわけである。

半導体産業とは不思議な産業で、世界中のメーカーがこの5つの法則を基に同じルールで同じ目標に同じ着地で同じ状況でビジネスを展開しているのである。こ こにはその企業独自の「他社との差別化」という要素は希薄である。 ほんとうにこれでいいのかというと、インテルのペンティアムのように、「他社との差別化」を徹底的に図って独自の競争力で勝ち抜くパターンが、日本のメー カーのようにアジア各国から追い上げられている国には必要ないのではないかと考えるわけである(ただ技術者としては目標が明快なので取り組みやすいという メリットはある)。

この戦いの行く先は果てしないミクロの決死圏である。
クオバディス?


出典:イノベーション経営研究会報告書
平成13年3月 日本政策投資銀行