【第40回】ソフトウェアのタルムード ~もう一つのピープルウェア

皆さんは「タルムード」という本をご存知だろうか?
これはユダヤ人が旧約聖書と並んで5,000年もの間受け継いできた教えである(タルムードの原意は「研究」「教え」「深く学ぶ」という意味らしい)。
この教えは5,000年もの間、世界を流浪するユダヤ人の行動規範となってユダヤ人に富をもたらし、ユダヤ人の伝統を支えてきた生活箴言集である。
この本は長らく秘本とされ、全20巻ある膨大な文献であるにもかかわらず、日本語に完訳されたことなく、その実体を学んだ日本人は殆どいない。
実は掟でヘブライ語以外の言語に翻訳することを禁止されている書物でもある。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には以下のように解説されている。


タルムード( 研究を意味するヘブライ語)は、6部構成、63編から成る文書群であり、モーセが伝えたもう一つの律法である「口伝律法」を収めたものであるとされる。
現代のユダヤ教の主要教派のほとんどが聖典として認めており、ユダヤ教徒の生活、信仰の基となっているといわれている。
ただし、聖典として認められるのは、あくまでヘブライ語で記述されたもののみであり、他の言語に翻訳されたものについては、意味を正確に伝えていない可能性があるとして、聖典とはみなされない。

成立の過程
ユダヤ教の伝承によれば、神はモーセに対し、書かれたトーラーとは異なる、口伝で語り継ぐべき律法をも与えたとされる。これが口伝律法(口伝のトーラー)である。
時代が下って2世紀末ごろ、当時のイスラエルにおけるユダヤ人共同体の長であったユダ・ハナシー(ハナシーは称号)が、複数のラビたちを召集し、口伝律法を書物として体系的に記述する作業に着手した。その結果出来上がった文書群が「ミシュナ」である。
本来、口伝で語り継ぐべき口伝律法が、あえて書物として編纂された理由は、一説には、第一次、第二次ユダヤ戦争を経験するに至り、ユダヤ教の存続に危機感を抱いたためであるともされる。
このミシュナに対して詳細な解説が付されるようになると、その過程において、現在それぞれ、エルサレム・タルムード、バビロニア・タルムードと呼ばれる、内容の全く異なる2種類のタルムードが存在するようになる。
現代において、タルムードとして認識されているものは、後者のバビロニア・タルムードのことで、6世紀ごろには現在の形になったと考えられている。
当初、タルムードと呼ばれていたのは、ミシュナに付け加えられた膨大な解説文のことであったが、この解説部分は後に「ゲマラ」と呼ばれるようになり、やがてタルムードという言葉はミシュナとゲマラを併せた全体のことを指す言葉として使用されるようになった。



この口伝律法を信じた人々がファリサイ派(パリサイ派、パリサイ人)と呼ばれるユダヤ教の一派である。
(現在では主流)ファリサイ派はサドカイ派と並んでキリストと対立した宗派である。(ローマ総督ピラトを嗾けてキリストを磔刑したのはこのファリサイ派とサドカイ派でした。)

ユダヤ人は3歳になると聖書とタルムードを学び始め死ぬまで学び続ける。
そこからユダヤ社会特有の人の強さ、ユダヤの商法が生まれたのである。
この本はユダヤ民族を世界の中心に置いた過激な内容もあり、ホロコーストが起きる遠因とも云うべき記述も多い。
差しさわりのない内容で、一例を紹介しよう(本当に紹介すると大変なことになります)。

「一人の古い親友は、新しく出来た10人の友人よりも良い」
「豚は食べ過ぎる。苦しんでいる人間は話し過ぎる」
「ロバは長い耳によって見分けられ、愚か者は長い舌によって見分けられる」
「貧しい者は僅かな敵しかいないが、金持ちは僅かな友しかいない」
「人から秘密を聞き出す事は易しいが、その秘密を守る事は難しい」
「三つのものは隠す事が出来ない。恋、咳、貧しさ」
「侮辱から逃げろ。しかし名誉を追うな」
「貴方の親友が、貴方にとって蜂蜜のように甘くても、全部なめてしまってはいけない。」
「友が怒っている時に、なだめようとするな。悲しんでいる時に、慰めるな。 」
「評判は最善の紹介状であり、表情は最悪の密告者だ。」
「嫉妬は千の目を持っているが、一つも正しく見えない。 」
「結婚へは歩け、離婚へは走れ。」


ソフトウエアにもタルムードのような律法がある。
これは21世紀に栄えたクラステクノロジー派とよばれるパッケージ教団ECObjects教の口伝律法の一部である。一例を紹介しよう。

・プロジェクト管理
富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなる(聖書の教え)。黒字のプロジェクトリーダーはいつも黒字になり、赤字のPLはますます赤字になる。

無能で技術のない管理職は人を投入する。有能な管理職は知恵を投入する。

武士道の掟はプロジェクトリーダーの掟である。即ち、義(正しいことを正しいと思う心)と勇(実行する勇気)が必要である。これなくしてプロジェクトは成功しない。

技術屋さんは技術屋さんの下でしか働けない。なぜなら素人さんの上司にどんなに誉められようと嬉しくないからだ。


・開発
どんな深刻なトラブルも30分以内に解決すればバグのないシステムを作ることは可能である。

品質を守りたかったら品質を守れる人間に仕事を任せ。

任せた仕事ができないメンバーを見抜くのは簡単である。プログラミングなら半日、設計なら3日で手が動いていなかったら、できないと判定して与えた仕事をもう少しブレークダウンせよ。

初めて学ぶ時には大肯定してこれに取り組め。それが価値のないものだと判っても辞めるのは容易である。反対に初めに大否定して捨て去ったものに再び取り組むことは難しい。

悪い設計者は積み上げて見積もる。優秀な設計者は目標原価に落とし込む。その差は設計力である。

パッケージの開発はピラミッド型の組織ではなく、一人の天才と幾多の凡人で構成された超文鎮型の組織で開発されなければならない。前者の組織は70点を切 らない出来栄えの製品をリリースし、後者は50点に届かない出来の製品をリリースするかもしれない。ただし、前者の70点は決して100点になることのな い70点であり、また、バージョン100まで発展するバージョン1でもない。そこに大きな相違がある。

困難な仕事に取り組むとき、マイナス指向のSEはできない理由ばかり考えて絶望し、プラス指向のSEはできる方法を一生懸命考えて提案する。できる人とできない人の差はこの心の強さの差である。

大きな山に昇るときは頂上をみてはいけない。日々足元の一歩一歩だけを見ればよい。遠い目標、大きなゴールは達成しても疲れるし、達成できないうちはもっと疲れる。

ほとんどのオブジェクト指向でのアプリケーション開発は唖(おし)と聾(つんぼ)の会話である。即ちオブジェクト指向でコンポーネントを作るSEはアプリ ケーションを知らず(おし)、アプリケーションを作るSEはオブジェクト指向を知らず(つんぼ)、両社のニーズをすり合わせすることは不可能である。ゆえ にまた屍の山ができる。

「経験がないのでできません」というSEの言葉は、「わたしにはその仕事を遂行する能力がありません」と読み替えないといけない。なぜならそのSEは経験を積んでもその仕事を遂行できないからだ。彼は経験を人質に研鑽を放棄する人である。初めてやった仕事でできない理由が「経験がない」ならば、この業界で生きていくには命がいくつあっても足りない。

部下を育てる能力のないSEは、部下といくらいい人間関係を築いても人望はない。技術の財産を持たない者に人はついていかない。

実はサッカーのジーコが鹿島アントラーズにいたころ書いた最初の著書が「リーダー論」というベストセラーであった。
これは優秀なサッカーチームを作るための行動規範が書かれている非常にすばらしい著作であったがわれわれはこの目次をサッカー選手を育てるためでなく、ソフトウエアのプロジェクトリーダーを育てるタルムードとして使用している。
この本はサッカーのみならずすべての産業でプロジェクトを運営するための叡智に満ちている。この本は目次の中に真理が表現されている。
これを紹介してソフトウエアのタルムードの第一回を締めくくりたい。



チャレンジ精神と情熱なきリ-ダは去れ。
リ-ダはチャレンジ精神を忘れてはならない。
手本を示すにはリ-ダである前に選手あれ。
情熱を失った時、リ-ダは指導者としての資格を失う。


全員に For the Team 精神を叩きこめ。
リ-ダは部下に、組織の一員であることを理解させなければならない。
強い組織は、チームワークを保ちながら個性をアピ-ルする選手が多い。
リ-ダは部下に目的を意識させなければならない。
チ-ムを強くするのは練習の量より練習の質である。
役割意識のないものがひとりでもいると、組織に危機をもたらす。
リ-ダは部下のプロ意識を育てなければならない。プロ意識を植えつけるには、一流の仕事ぶりに多く接することだ。


平凡な部下ほど大事に育てる。
リ-ダは、部下の資質を見抜かなければならない。
百人の部下がいれば百通りの教え方がある。
リ-ダ-は失敗を恐れぬ意欲を評価すべきだ。
結果を出したら、これまでの努力が無駄でなかったことを確認させる。
部下たちの自信は完璧な基礎から生まれる。


信頼を勝ち取るには部下と一緒に泥にまみれる。
怒るときは皆の前で怒れ。
リ-ダは自分の態度を明確にしなければならない。
感情を隠していては、真意は伝わらない。
リ-ダは決断する勇気を失うな。


部下が働きやすい環境を作れ。
リ-ダは部下に納得して仕事をさせなければならない。
理由なき指導はだめだ。
強い組織には、好きなことを楽しんでやれる環境がある。
リ-ダは自分なきあとの組織も頭に入れておかなくてはならない。

(引用文献)
ジーコのリーダー論―一人の天才をつくるより、「和」をつくるほうがずっとむずかしい
ジーコ (著), Zico (原著), 広瀬 マミ (翻訳)
出版社: ごま書房 (1993/12)