【第38回】東京すし物語 その3 -海のブランド物(後編)

通称本マグロと呼ばれているのはクロマグロ、もしくはミナママグロを指す。
これは子供のときはメジ(相模湾のメジは美味です。味はカツオ系ですが)、40Kgでチュ-ボーと呼ばれる。
通常マグロはマイナス50~60℃でないと身がやけてしまうので保存できない。三崎港とかにマグロが集まるのはこの冷凍設備があるからである。
本マグロは近海ものと呼ばれる日本の近海でとれたものが最上等である。
本マグロのAOCは何と言っても冬の青森大間、それから北海道戸井、松前、噴火湾である。
これらは全くもって別格である。これらのマグロは冬の脂の乗ったサンマのような青魚やイカを食べて美味しく成長するのである。
春であれば紀州和歌山、夏であれば対馬、夏から秋にかけては佐渡、金華山沖が有名である。
海外ブランドも近年有名で、日本人は世界中から高級マグロを取り寄せている。なかでも有名なのはボストン、スペイン。
南半球のミナミマグロでは、インドマグロの名のインド洋、ニュージーランド、オーストラリアも有名である。

このほかにもと筆者が考える海のブランドAOCはたくさんある。一例を紹介してみる。
まずはサバ。これは奥が深い。
「サバの生き腐れ」という言葉が昔からあるように、サバは相当痛んでいても匂わないので鮮度が落ちてもわからない。
昔の人はこれを生食して散々(死ぬ人もたくさんいました)な目にあったので、敦賀の焼サバ寿司や奈良五条の柿の葉寿司、京都いづうの鯖寿司のように加工して食べるのが普通で、昔は刺身では滅多に食べなかった。近年はサプライ・チェーンが発達して、鮮度のいいものが鮨屋で握られるようになった。
その代表が大分豊後水道の佐賀の関産の関サバで、最近は関サバの名を騙ったニセモノ(先日はだだちゃ豆のニセモノもありました。 だだちゃ豆は通常の枝豆と違って2個しか粒がないので見た目にも香りでも味でも歴然だと思うのですが)が多く出回っているのが、関サバの特徴はそのコリコ リとした食感である。通常のサバの刺身のようなネチョネチョした食感ではないのである。豊後水道は急潮なので魚の身が締まるらしい。その伝でゆく関アジもまた食感のよいAOCで有名である。
サバAOCは他には屋久島の首折れサバ、土佐清水の清水サバ、東京の鮨屋の高級ブランド、三浦半島の松輪のサバ等がある。
最近は五島列島も有名で、これはゴンサバ、ゴンアジと呼ばれる、とても大きいサバ、アジがある。
食べ応え十分の一品である。

五島列島は魚の宝庫なので何でも美味であるが、中でも筆者が毎年秋から冬に楽しみにしているのがカラスミ(唐墨と書きます)、それも五島列島の海でとれた沖ボラを使ったカラスミが美味である。
沖ボラはきれいな海で育っているのでボラそのものに臭みがなく、また大型である。従ってカラスミも上品で立派なものができる。
これは幻のカラスミである。
大分の豊後水道を書いたのでついでに大分名物AOCを紹介すると、何と言っても城下鰈であろう。
これは別府湾でとれる独特の鰈で、マコガレイの一種である。
大分県日出(ひじ)の特産で、江戸時代は将軍への献上品の1つともされていた。
城下鰈は日出城跡の崖下の海中に清水が湧くところがあり、そこの汽水域に繁殖する特殊な藻や小魚を食べて育つ。筆者は新橋の料理屋で食べた。
もちろん大分直送である。身が柔らかく、サッパリとして上品である。ふぐより美味い。通常キロ1万円以上するので星ガレイ並みの高級品である。

鯛は日本全国でとれるし、日本人に最もなじみの多い魚である(英語ではred snaperと言います)。
この魚の日本一ブランドは明石。明石の鯛は別格に美味である。
これは鳴門の渦潮にもまれて育ち、とにかく味がある。口に含むと鯛らしい甘味と塩味がじわじわとしみ出してくるのである。
これは全くもって別格であるが、残念ながら東京ではほとんど口にすることはできない。
全て大阪・京都の高級料亭で消費されてしまうからである。
同様に明石のタコもAOCである。
このタコは煮ても固くならないし、もちろん生でも柔らかい。別格に美味であるが、いかんせんこれも東京にはほとんど入って来ない。
仕方がないので東京の鮨屋は番茶で煮た佐島のタコを使う(これは葉山マリーナ沖でタコ壷にかかったものが佐島港に集まるものです)。

こうした海のAOCも海の環境が破壊されないことが全ての前提条件である。
筆者は土建屋を潤すために門を閉ざした有明湾の映像を見る度に、誰のためにこんなに巨額の税金を使って自然を木端微塵に破壊しなくてはならないのかと心が傷むのである。
原発の立地もそうだが、海は漁師だけのものではない。
日本の国民皆のものなのである。
漁師が廃業したいからといって、勝手に国に海を売り飛ばして破壊してはいけないと思うのである。
ちなみに日本には入会権(いりあいけん)という江戸時代からつづく既得権が存在していて「海は漁師のもの」である根拠となっている(ちなみに既得権という権利を認めている国は日本だけであります)。
それゆえ海の環境破壊を一般の日本人は法的に阻止できないようになっている。
国も海岸をぶちこわして原発や巨大土木工事を行うために敵を漁師チームに絞って交渉できるようにしているのである。
その結果日本の海岸線はコンクリートだらけになってしまっている。
昔あった松原の海岸はいまはもう見られない(筆者の故郷もバカな漁港や土木工事でズタズタです)。
いつかこういう自然破壊に税金を投入することをやめて、有明のムツゴロウや検見川の赤貝が食べられる日本になることを願ってやまない今日この頃である。