【第37回】東京すし物語 その3 -海のブランド物(前編)

海外に行くと日本の魚はどこで食べても新鮮で美味しいと再自覚させられる。 米国のスーパーマーケットに買い物に行くと、確かに魚は売っているが、ショーケースに陳列した段階で生臭い状態である。とても生では食べられない。
日本でなぜ美味しい魚や刺身が食べられるかというと、それは漁師や鮨屋のおかげではない。
日本人の心の中にある、魚サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)のフィロソフィーのおかげである。
またお前は訳のわからないことを言い始めるんだろうと思われるかもしれないが、これはシステム工学的にも真剣な話なのである。
SCMを完成させるにはプログラムだけでは不可能である。それを運用させる人の業務レベルが高くないと実現は難しい。
いくらICタグやバーコードを使って納入を指示しても肝心の現場が速やかにアクションを起こさなかったら折角の指示も徒労に終わる。
「魚を美味しく食べる」ために日本人は魚サプライ・チェーンのフィロソフィーをDNAの中に刻み込んでいるのである。

筆者の釣りの師匠の友人が、ある夏の暑い日にサンフランシスコの乗合い釣り船に乗ったときのエピソードであるが、まず始めに釣り人全員に船頭がコーヒーの麻袋のような袋を配った。
何でこんなもの配るんだろうといぶかっていると、米国の釣り師は炎天下で釣った釣果をそのままその麻袋に入れていたというのだ。
誰もクーラーボックスなどに入れない。
たまに大きなクーラーボックスを持っているおじさんがいても、その中にはキンキンに冷やしたビールがずらーっと並んでいるだけで、魚を冷やすためには使わないらしい。
外国人には魚サプライ・チェーンのDNAがない。

これが日本人だとどうなるかというと、筆者はある日、お客さんに連れて行ってもらった八本木のキャバクラで、およそ料理が全くできそうもない女の子達に質問してみた(実に10人とも同じ回答でした)。
「今、自分の目の前に新鮮な魚が落ちていたらどうする?」
その子達は、「すぐに冷蔵庫に入れなきゃ」とか、「ヤバイ、腐っちゃうからどっか探す」と 即答した。
漁師から市場、トラックの運転手、魚屋、主婦と生の魚のサプライ・チェーンに登場する人々はマチマチであるが、何の教育も指導もされていないのに日本人は魚の鮮度を保つことに全面的に協力するように出来上がっている。
これはDNAである。
だから我々は日々美味しい魚を食べることができるのである。
これは世界中にかなり自慢してもよい玲瓏(れいろう)である。

実はこのDNAが素晴らしく機能していても東京の鮨屋で食べられない魚がたくさんある。
遠州灘のもちかつを、若狭の間人(たいざ)ガニ、冬の新潟のシケの間に漁をしたノドグロ(通常ノドグロ(アカムツ)はいつでも食べられます)、太刀魚の刺身(目玉が黒くないと刺身では無理です)等々、獲ってから食すまでのリードタイムが1日以内のために東京の食卓に登れない魚は多い(最近は朝漁でとった魚 を空輸で仕入れて夕方出す鮨屋もあります。例:青山の海味)。

今回は海のAOC(産地統制呼称)のブランドを紹介したい(死ぬまでには1回は食べて下さい)。
最近はマスコミの発達によって食べ物もルイ・ヴィトンやエルメス(これはHERMESというスペルなのでフランス語を学んでない人は「ヘルメス」と発音すべきです。
ちなみに、CHANELは「チャンネル」と呼びましょう)のようなブランド物が登場するようになった。
昔から食品のブランドと言えば世界三大珍味と言われる、キャビア、トリフ、フォワグラであろう。
キャビアは言わずとしれたチョウザメの卵で、ベルーガ、オシェトラ、セブルーガと粒の大きさによって等級がある。
トリフ(トリュッフと呼ぶ人もいます)は仏ぺリゴール地方の地中に生えたキノコで、豚の嗅覚を頼りに探す香りの珍味である。
最近ではイタリア・ピエモンテの白トリフが有名で、これはキロ30万もする超高級品である。
フォワグラ(太った肝臓)はガチョウに飽食させて肥大化させた肝臓である。
味はあん肝に似ていて、それをもっと不健康にこってりさせたコレステロールの塊のような代物で、筆者は全く評価していないが、現在でもフランス料理の4番バッターである。

海にもブランド物があって特に日本人はこだわる。海の幸がブランドになっている例は外国ではカキくらいしかないかもしれない。
去年1月に本場ニューヨークのグランドセントラル駅のオイスターバーに行った時は、カキの種類だけで何十種類もあって、その全てがAOCであった(ロングアイランドのブルーポイント、ワシントンのクマモト、ブリティッシュコロンビアのステラベイ、という具合である)。

日本にはサバやマグロのような魚にさえAOCが存在する。
海のAOCの4番バッターは恐らく真冬の大間の本マグロではないだろうか。
これは2001年の正月の初セリで1尾2,020万という破格の値段をつけたことによって有名になったAOCである。

このセリには筆者が何件かの鮨屋で聞いた面白いエピソードがある。
通常、正月の初セリはワケ知った2つの仲買が目配せしながら落としどころを考えて落札させる。
初値なのでそれなりにご祝儀相場になるが、この年は事情が違った。訳の分からない仲買がもう1人入って3人でとどまるところを知らずにどんどん競り上げてしまったのである。その結果、2,020万(キロ10万です)という驚異の初値がついたのであった。
このマグロは都内の3件(だと思ったが)の鮨屋に卸された(その1件に時々行くので大間の本マグロにものすごいこだわりを持っているのは知っていました。
因みに、漫画の美味しんぼに最近特集された荒木町のあの店です)。

切り取ったサクの部位にもよるが、仮にこれが1貫どれくらいするか計算してみよう。
202Kgで2,020万だと仮定すると、1/3は頭とか骨とか尻尾で食べられないので、2,020万/134Kg=150,746円/Kgということにな る。中トロだと赤身より値が張るのでキロ200,000円とすると、1貫は約40gなのでキロで25貫とれるから中トロ1貫の値段は原価で8,000円に なる。
2貫つまんで約16,000円になるわけである。
もちろんこんな値段では客に出せないのでオーバーした分は店がある程度負担するのである。
ちなみにこの初セリの大マグロはやけていて美味しくなかったそうである(マグロの1本釣りのい場合、漁ってから港までのリードタイムが長かったり、打身とかして出血(シミ)が出たりすると、身がやけて鮮度品質が著しく落ちます。
もともと回遊魚なので体温が高く血が回ってしまいやすいのです)。

次回に続く。