【第33回】転職は麻薬 -ヘッドハンターは麻薬密売人、青田買いによる人材の劣化に物申す!

今から20年程前に実際にあった話であるが、某通信系大手の会社が米国に最新鋭の半導体工場を建てたことがあった。その開所式のスピーチで当時の社長が開口一番、「わが社は未曾有の危機である」とのたまった。 その社長は従業員の緊張感と危機意識を煽って鼓舞するくらいの気持ちで日本で普段喋っているように演説しただけであった。ところが、米国は人材の流動性が高く終身雇用などない社会なので、日本のように終身雇用を前提に働く社会ではない。
社長が会社が潰れそうだと言ってしまたので、その演説の翌日には入社したばかりの従業員が怒涛の如く会社を辞めてしまったのである。
当時この話には腹を抱えて絶倒してしまった。

この10年間、日本のソフトSIerは大ベンダーも中小もおしなべてオフショア(主に中国)にシステム開発を発注してきた。その代表的理由を列挙してみよう。

1.中国のSEは一流大学を出て優秀である
2.1人月の単価が日本の半分以下である
3.中国は人口が多いので日本の開発ニーズに対応できる


日本のSIerが中国に仕事を出すようになってちょうど10数年が経過していると思うが、未だにブリッジSEというスーパーマンが必要である。ブリッジ SEとは、日本と中国の間に入って全てのトラブル、不具合、設計思想の伝達、仕様の伝達、調整、デバック、品質管理、テストを1人で一手に引き受けるスー パーSEである。日本人のPGに発注するように中国のPGに仕事を頼むと大変な事態になるケースが未だに多発していて、ブリッジSEなしでは中国オフショアのソフト開発は困難を極めると言えるかもしれない。

中国におけるソフトウェア開発のトラブルを寓話風にまとめるとこんな感じである。

ある船主が山の国に船を注文しましたとさ。
山の国の技術者は海も船も見たことも乗ったこともないので、船の甲板に立派なスクリューを取り付けて納品しましたとさ。船主は怒って「何で船の甲板にスクリューを取り付けたりするんだ!」と怒鳴りましたとさ。
山の国の技術者は平然と、「だって、スクリューをどこにつけるか仕様書(スペック)に書いてなかったもん」と言いましたとさ。
船主は常識も技術力の要素だと悟ったとさ。

どうしてこんなことになるのかを考察してみたい。

筆者は米国とフランスと中国の社会がとても似ていると思っている。それはお金が人生の価値の中心にあるという社会である。
即ち、金持ち=成功者、成功者=金持ちであり、人生の目的=お金、お金=人生、という拝金主義社会である。さすがに十数億人もの人口を抱えるので、全ての人がそうであると言うつもりはないし、日本でも団塊ジュニア世代はこういう価値観の人は多いと思う。そういう傾向が強いとビジネスシーンでどういうことになるのかといえば、人々がお金のために職業を変えるという行為が常態化するという現象を引き起こすのである。
要するに、人材の流動性が高くなるのである。冒頭の「わが社は未曾有の危機」の時に、その危機を救うために「頑張ろう」と思う人は少なくて、それならあっ ちの会社の方が安定して給与がいいから転職しよう、ということになる。そうなると雇う方も心得たもので、会社の業績が悪くなるとすぐに従業員を馘首(くび)にするのである。これは技術立国にとってあまりいいことではない。

例えば、20代~30代で2回転職すると、まずSEとしては使いものにならなくなる。
なぜなら、当人はステップUpしますよ、キャリアUp間違いなしですというヘッドハンター、エージェントの甘い言葉に騙されて転職するのだが、受け入れ側 (雇用者、会社)は中途採用=即戦力として期待しているので育てる気持ちなど全くないのである。よしんば育てる気持ちがあったとしても、その人間のスキルを正確に判定するのに2年くらいかかってしまって、それから再教育するとキャリアは2~3年自動的にロストするのである。それを10年の間に2回やると6年分のキャリアをロストすることになる。しかも、スキルの継続性は全く保証されないので、まず一流になるのは難しい。

そうなると、どこまで成長したら転職しても大丈夫かという問題が浮上してくる。
筆者の経験でいうと、1つの会社で平から主任、主任から課長になって3期くらい勤めあげないとダメである。
なぜならば、課長に昇進しただけでは課長が勤まるかどうか判らないからである。少なくとも3期やれれば部下が離反しないとか予算をある程度達成できて自分の組織が運営できると証明される。そうなった人は転職しても大丈夫である。

中国で一流大学を出てIQの高い技術者がどうして一流のSEになれないかというと、金のために会社を移動する人が極めて多いからである。米国も同じで、それでは一流の技術者には育たない。SEの一流の技術者というのは、単独で育つことは難しいので指導する師匠も重要である。そういうギルド社会は継続的な雇 用からしか生まれないのである。
何故未だに中国にブリッジSEが必要かといえば、それは言葉の問題というよりも、優秀なSEが育ちにくい社会構造の問題なのではないかと筆者は思っている。

最近、中国元が変動相場制に移行しているが、現在日本のPG単価は50~80万(地方は安止まりしている)で、中国は40万内外である。仮に中国の元が現 在よりも20%切り上がると、単価48万である。中国PG 48万 VS 日本PG 50万の戦いとなる。この差2万円には殆ど差はない。
価格優位がどこまで続くか、それは中国の通貨政策にかかっていると言えよう。
日本の技術を逆に中国に輸出する時代が来るかもしれない。そうなった時に30%の口銭を稼ぐために転職してはいけない技術者を甘い言葉で誘い出してキャリアダウンさせる転職情報サイトやエージェントは、日本のソフトウェア産業を衰退させるガン細胞となるのである。

最近では「1人で3度おいしい」と言う悪いエージェントもいて、1人の人間を同じエージェントが3年サイクルで3回転職させて500万→600万→800万と給与を吊り上げ、エージェントはその間に150万+180万+240万=570万のフィーを手にして、当人はスキルダウンし続けているにもかかわらず、3年間で300万も年収がUpするというハッピーなトレードが実現するのである。
こういう連中は真面目に求人する会社を食い物にする詐欺師のようなものである。騙される会社は極めて多い。

肝心の3年で給与が大幅にUpした当人は典型的にどうなるかというと、まず、責任感や義務感や使命感がないので、部下の人望はない。従って通常の管理職としては通用しない。このくらい転職するとスキルは殆ど素人なので通常の設計はまずできない。
スキルがないから部下の指導育成もまず不可能である。不釣合いな給与とスキルのアンバランスのために会社にいられなくなり、40を過ぎると転職のサイクルを2年→1.5年→1年→半年と短く繰り返しながら坂を転がり続けるのである。こういう転職ジプシーはIT業界にゴマンと存在する。

転職は麻薬と似ている。両方ともやってはいけないと思いつつ、短絡的な利のためについついやってしまうのである。麻薬は現実の厳しさを忘れ、すぐにハイになれるし、転職も現実の厳しい仕事から解放されてなおかつ給与がUpするのである。
これはわかっちゃいるけどやめられない。

日本の工業社会は終身雇用という継続的な雇用を前提として技術力のある人材を育てて発展してきた。
IT業界の人材が何故世界に通用しないレベルに留まっているのかと言えば、こういう不良人材がたくさんいるからである。グレシャムではないが、悪貨は良貨を駆遂するのである。

日本が貧乏であった時代、人々は歯を食いしばって働いていた。利によって仕官先を変えるという日本人は殆どいなかったのである。
卵が先か鶏が先かは判らないが、雇用する側も雇用される側も倫理観や使命感が劣化しているような気がするのは筆者の老化のせいか?

竹中さんのように、もはや米国流の功利社会を目標としてはいけないのである。
そうでないと技術立国日本の未来は暗い。

皆さん、狼ヘッドハンターにはくれぐれもご用心を。