【第15回】ハインリッヒの法則とシステム事故

ハインリッヒの法則をご存知だろうか?
別名「1:29:300の法則」とも呼ばれ、労働災害や医療事故などの発生率を分析した法則で、米国の保険会社の経営に役立てられているものである。
「神は細部に宿る」というこの思想は一般的には以下のように紹介されている。


ハインリッヒの法則とは

米国の保険会社の安全技師だったH.W.ハインリッヒ氏は、約5,000件の労働災害事故を分析して、「1:29:300の法則」を導き出した。
300の小さなミスを見逃し、さらに29の中位のミスを見逃すと、1つの大きなミスにつながるというわけである。

「1回の重症災害は海面上の氷山の一角であって、海面下に多数(29回)の軽症災害とさらに一段と多数(300回)の無傷害事故が潜んでいる。すなわち、 重傷災害の発生した底辺には作業者がヒヤリとした無傷害事故があったはずであって、このヒヤリとした事柄を1つ1つ対策をたて改善する事によって、災害を未然に防止する事が出来る」
とハインリッヒ氏は言っている。

現在はビジネスにおける失敗発生率としても活用されており、例えば1件の大失敗の裏には29件の顧客から寄せられたクレーム、苦情で明らかになった失敗が あり、さらにその裏には、300件の社員が「しまった」と思っているが外部の苦情がないため見逃しているケース、つまり認識された潜在的失敗が必ず存在するという具合である。



先日、数年ぶりにNYに行ってみて、街の治安(地下鉄を含めて)が回復していることに驚いた。
ジュリアーニ前市長が「割れ窓理論」を全警察官に実践させて効果を上げたのだそうだ。彼らは治安の悪い地域に同じ車(新車)を用意して路上駐車させて、この「神は細部に宿る」ということを実験したのだった。
まず1台は落書きを放置した。もう1台は落書きがあったらすぐにきれいに清掃したのである。
すると、落書きを放置した1台は1週間後にはボディに傷を付けられたり、窓ガラスを割られたり、しまいには車のエンジンまで盗まれてしまったそうである。
一方、落書きを毎回消していた車は、それ以上荒されることはなかったそうである。ジュリアーニ前市長はこの結果をもとに、NYの犯罪撲滅、治安回復に乗り出したのである。
まず、「割れ窓作戦」。これは、窓ガラスが割れている家に5,000人の警官を訪問させて「お宅の家の窓が割れていますよ」と1件1件注意して回らせたのである。
また、今までにNYの名物であった地下鉄の落書きをいちいち丁寧に消していったのである。

その結果、数年後にはNYの治安は見違えるように回復したのであった。
ちなみに、「割れ窓理論(Broken Windows)」とは、米ニュージャーシー州ルトガーズ大学刑事司法学部教授のジョージ・ケリング博士が提唱した理論で「割れ窓とは、この言葉のとお り建物やビルの窓ガラスが割られ、そのまま放置しておくと外部からは建物やビルは管理されていないと認識され、割られる窓ガラスは増える。建物やビル全体が荒廃し、それは更に地域全体が荒れていくという理屈である」。

すなわち、「神は細部に宿る」ということである。

些細な事件にならない、小さなミスを潰すことこそ、大きな事故を防ぐ手立てになるのである。
これはハインリッヒの法則と同じである。

1つのプロジェクトの破綻の影には29件の軽いミスが連なっていて、その背後には300件の目に見えない、潜在的なミス、正しくない仕事のやり方が内在しているのである。
大事故を起こす管理職の特徴は、部下の行動に対して細かい注意を一切せず、寛容で大雑把に放置しておいて、そのうち目が点になるような大事故を突然発生させるというものである。これにはホーレンソー(報・連・相)もくそもない。無数の予兆に無関心であったツケである。
また、起きた事故の原因を遡っても、次の事故を直接予防することには繋がらない。同じ上司の下で違う部下が新たな事故を起こすからだ。
何もしない、何も言わない、無為無策の管理職がこうした事故を導き出すのである。これはシステム開発ではよくあることである。

筆者は長年、このことが分からなかった。
「小さなミスを細かく指導しない」というオペレーションが傍からは見えないからである。1週間に1度の報告書や、提出される設計書をつぶさに調べても、このことは分からない。それが分かっていれば、大事故になる前に中事故は防げるし、中事故が起きる前に小事故も防げるはずだからである。基本的には上司が部下に無関心であることにその遠因がある。
ということは、指導力のないPLは全て大事故を引き起こす要素を抱えていると言えるのである。

どうやって小さな落書きをいちいち消すか?
それがマネージャーの属人的な問題であるだけに、根本的な解決は難しい。
ジュリアーニ前市長は、ローラー作戦で警官を5,000人動員したが、1つのプロジェクトにPLを5,000人投入して、全てのメンバーの仕事を細かくウォッチすることは出来ない。

事件として顕在化しないために、放置された潜在的失敗をどうやってこまめに潰すか?
それが問題なのである。

ドキュメントの書き方、ユーザーとの対話の仕方、コーディングルール、設計ルール、身だしなみ、勤務態度などなど、当のリーダーにしか気づかない重要な躾が現実の仕事の中には山のように存在する。
その小さなミスに全く無頓着なPLにどうやって注意を喚起するか?それが問題なのである。

重要な管理能力の一端がここにあるのかもしれない。
筆者も未知の大事故を未然に防げる人材の教育に関しては特効薬がない状態である。

皆さん、いいアイディアがあったら教えてください。